第百十話 いつか見た女性
「はぁ…はぁ……」
クラルスが、拳の届かなかったことに困惑しながら、恐る恐る目を開く
そこにはやはり、地面に倒れているマグヌムがいた
隣のメミニの、影で出来た幻楽器によって、洗脳されていたマグヌムの精神が、一切の欠片を残すことなく消えている
肉体と、ヴェールの精神に、決して消えない痕跡を残して
「……クラ…ルス、?」
「…メミニ」
「…あぁ…やっと…終わった」
成功で、安心しきった自分は、そのまま地面へ倒れ込むようにして座った
マグヌムは目の前で、気絶したようにしているし、奥にいる幻想局の二人も、うつ伏せで地面に寝転んでいる
…やっと、やっと終わった
数ヶ月間続いた、幻想局を止めるための、抵抗が
自分だけでは絶対に達成できなかった……
あ、そうだ、義兄さま達を、助けないと
「メミニ、義兄さま達を助けにいこう」
そう言って、立ち上がり、クラウィール義兄さまの所へ歩き出した時
後ろから、正確には、劇場の隣から、手を叩く音が聞こえてきた
だんだんと音が大きくなり、拍手をしながら、こちらに向かって歩いてきていることが分かる
また、新しい相手が出てきたのか、そんな絶望を感じながらそちらに振り返ると、そこにいたのは、いつだったか、幻想の世界で見たことがある特徴を持つ女性だった
両耳に、大きな真珠の耳飾りをつけ、頭には青いターバンを巻いていた
雰囲気だけ見ればかなり幼い印象を受けるが、どこかミステリアスで、特別な顔をしている
「すげぇな、お前
幻想局壊滅したじゃねえか」
だがその声は、外見とは異なり、男勝りな荒々しい雰囲気で、女性であるのはわかるが、どこか違和感を感じずにはいられなかった
「……あなたは…誰ですか」
「俺か?俺はフェルミナ、幻想会の写実派だ」
幻想…会、写実派?
聞いたことがない、が
幻想、と名の付く時点で、碌な組織ではないのだろう
だが、ここに来て、一体何の用なのだろう
「安心しなよ、俺はお前に危害を加えるつもりはない
元々、オーケストラが始まった瞬間に動くつもりだったんだけどな、それをお前がぶち壊してくれたんだ
これで、俺の仕事も楽になった」
そう言うと、フェルミナはマグヌムを無視して、奥にいる幻想局の二人に近づいていった
「その二人に何を…」
「そうだ、お前、一つ教えておいてやるよ
幻想の世界の住民として、覚えておかなくてはならないことを
…ここは、現実じゃない、幻想という名の異世界だ
そして、マグヌムみたいな悪意は、世界を永遠に廻り続ける
──それを、努々忘れるな」
自分に向かってそう言ったフェルミナは、幻想局の二人を抱え、いつの間にか右手に持っていた紙に魔力を流した
途端に三人は灰色の目映い光に包まれ、
気がつくと、その姿は自分達の前から完全に消えていた




