第百一話 沈んだ精神
女が、マグヌムに向けて語りかける
「君はこれから、いつも通りの生活を送って下さい
何の変化も、変異もなく、いつも通りのマグヌムとして、生きて行くのです
ただ、一つ守ってもらうのは、七日おきにここへ来て、自分を解放すること、それだけです」
その言葉を聞いたマグヌムは、その言葉に従って動き始める
普段通りの、普通のマグヌムとして
沈んでいる本来の精神を、底に閉じ込めたままにして
「それでは、戻りましょう」
まるで一年前に戻ったかのような、それでも間違いなく歪みの影響が残っているその顔で、マグヌムは、女と共に煉瓦の道を引き返した
男は結局、何の言葉を発することもなく、静かにその二人の背を見つめていた
「七日後に、また」
煉瓦に合わない梯子を登り地上に出た後、女はそう言い残し、いつの間にか、まるで霧のようにその姿を眩ませてしまった
「…とりあえず、研究所に戻らないと」
そうして、アルカナタクトを隠し持ったままH研究所に戻ったマグヌムだった
三日ぶりに戻ってきたマグヌムがH研究所で目にしたのは、懐かしいM研究所の人々、そして、父と母の姿だった
普通であれば、孤独な世界から解放され、久々に出会えた親愛なる人々に、喜びなんて感情では表せないほどの、大きな感情が動いただろう
だが、マグヌムが命じられたのは、いつも通り、だ
そんなに喜ぶのは、いつも通りではない
そして、今の空の精神には、未だに感情というものがなかった
「……ただいま」
マグヌムは、引きつった笑顔で、研究所の前で言い合いをしている親や研究者に向けて、そう言った
普段通りであるはずの、だが、どこか冷たく感じるその声に、マグヌムの親とM研究者の研究者達は、静かに、ゆっくりと、振り返った
「……マグ…ヌム」
その姿を見た者、特にマグヌムの親二人は、今までに流した事がない程の、大量の涙を流していた
そして、心の底から安堵し、震えた声で、その名を言葉に紡ぐ
気づいた時には、二人はマグヌムに向けて走り出しており、周りの目を一切に気にすることなく、マグヌムの体を抱き締めていた
「……よかった……よかったぁ……本当に……
……………………よかった」
あぁ、懐かしい
一年ぶりの、完璧な状態での、親愛なる人との再開
そんな、誰もが喜べるはずの、最高の出来事
──だが、マグヌムには……いや、その肉体には、それを喜ぶことが出来る権利は、残っていなかった
泣きたかった、抱き締めたかった、そして───
───好きだと、言いたかった
沈み込んだ深い意識の底で、マグヌム・"ヴェール"はそんな、叶うはずもない夢を見る




