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第百話 絵具

そうだ、マグヌムの目が、見えるようになったのだ


明るさを判断するのがやっとだったはずの、視覚という情報

それが、くっきりと、はっきりと、目の前の光景が分かるようになっていた


隣に立つ女性の顔も、目の前に立つ男性の顔も、周囲の楽器の数々ですら、その情報が隅々まで分かる

その表情から毛穴、楽器の薄い使用跡まで、どれだけ小さな情報でも、はっきりと認識することが出来た


まるで、広大で美しい花畑を見た時のような、初めて山頂からの景色を眺めた時のような、そんな感動が、マグヌムの脳を犯し尽くし、齢七歳にして、初めて悲しみ以外の涙が溢れた


 

「どうですか?見えますか?」

見えるという感動を味わっている中、マグヌムの耳には、もう一つの情報が届いていた


音、声だ


隣に立つ女性からの、久々に聞こえた完全な音が、マグヌムの耳をも刺激する



「あ……えっ……」

女性に答えるように発した自分の声すらも、懐かしく、美しいとさえ感じてしまう



脳の処理が追い付かず、マグヌムはただ、その目から涙を流していた



「……見えているようですね」

ミステリアスな雰囲気を放つ女性は、マグヌムの様子を伺いそう言った


それに反応するように、耳が落とされた男は、無造作に積み重なった楽器から一つを選び、手に取った



女がマグヌムの腕を、離れないように強く握りしめた時、手に持ったトランペットを、男はなんの躊躇もなく吹いた


マグヌムが動かぬその内に、空気を震わせ響いた幻楽器の音が、男と、女と、マグヌムの耳に、突き刺さる




精神を複製し、洗脳させるその音色が、三人の、肉体と、そして精神へと響き渡り、新たななにもない精神を、その肉体に産み出した




「…………」

それから、かなりの時間が経った

空腹や疲労を忘れたその精神は、肉体が倒れるその瞬間まで、一切の行動を起こすことが無かった



そうして約三日が経った時、初めてその身が動いたのは、マグヌムを連れてきた女性であった

動かぬ体でなんとか、懐に手を入れ、そこから一つの袋を取り出した


白色の絵具が入ったその袋から、なんとか絵具を絞り出す

自身の体に直接その絵具を塗ると、絵具が肌に吸い込まれるようにして消えていく



それから20秒もすると、死んだように青白くなっていた顔が、生き生きとした赤い顔へと戻っていた


なんとか立ち上がることが出来た女は、倒れている男とマグヌムにも、同じように絵具を塗る


すると、同じように青白くなっていた二人の顔も、生き生きとした肌を取り戻した



「起きてください」

それを確認した女は、二人に向けて声をかける


眠っているように、死んでいるように、倒れている二人は、その声が耳に届いた瞬間、まるで先ほどからその通りであったかのように、起きあがり、その場に座った



女は二人をそのままに、近くに置いてあったバッグへとその体を動かす

カバンの中にはいくつもの袋が詰め込まれており、女は迷うこと無く、その内一つの袋を取り出した



緑色の絵具が入ったその袋から、少しの絵具を絞り出し、先ほどと同じように直接肌に塗ると、少しの時間をかけた後、女の体から光が溢れだしていく


魔法や術式を使用した時のような灰色の光が、女の体から直接広がっている

女はまるで、精神が光となって消えていくような感覚を覚え、気づいた時には、複製された女の精神は消滅し、元の精神と肉体へと戻っていた



「なるほどね、こうなるのか」

女はそう呟くと、男にだけ同じ処置を施した


マグヌムをそのままにしたまま、女と男は元の精神を取り戻し、マグヌムへと語りかける

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