第九十九話 拐かされる
一日の大半をピアノを奏でて生活していたマグヌムの元へ、一人の研究者が訪ねてきた
H研究所の職員ではなく、どこに所属しているのかが一切不明なその人物は、普段のマグヌムの、実験を行う時間を見計らい、マグヌムの手を握って外へと連れ出した
普段と道が違うようにも感じたマグヌムだが、答えが聞こえるはずもないし、疑うことなく、引かれるがままにその人物と歩みを進めた
少し歩いてたどり着いたのは不自然なほどに捲れた地面で、自然や事故の影響では断じて違う、人為的なものだとはっきりとわかるものだった
捲れた地面の下には巨大な空間が広がっており、マグヌムの身長ほどの土を降った先には、赤い煉瓦が積み上がった一本道の通路が表れた
落下した時点で可笑しいと感ずいたマグヌムだが、掴まれている腕を振りほどくことも出来ず、ただ暗闇とだけはっきりと分かる空間を、目の前の人物だけを頼りに歩んでいく
そして、しばらく歩いた先で、マグヌムの腕を掴んでいた人物は、もう片方の手でドアノブに触れ、そのまま扉を開いた
まるで太陽が目の前にあるのかと錯覚するほどの光が広がり、そんな中でもその人物は、目をすぼめる様子もなく、マグヌムの腕を引っ張りながらその部屋へと入っていった
無数の楽器が無造作に積み重なっているそこには、すでに一人の男が立っていた
そして男の隣には、絵具で汚れた一つのカバンが置いてある
耳が切り落とされたように見えるその男は、その手に五本の指揮棒を持っており、それは見るまでもなく、アルカナタクトそのものであった
その内一本を、マグヌムを連れた人物が、奪い取るようにして魔力を流す
そして、それをマグヌムの手に持っていった
マグヌムは、手に触れた冷やかな物質に少し怯えながらも、なんとかそれを握りしめる
少し懐かしさを感じる、そんなアルカナタクトは、一瞬にして、マグヌムという所持者の心を引き寄せた
指揮棒を握ったマグヌムが、引き寄せられるという不思議な感覚に包まれていると、体に、特に顔全体に、少しの違和感を覚え始めた
まるで脳に直接何かを送られているような感覚を覚え、幼いながらもそれが普通の感覚ではないことに気がついた
普通ではない、特殊な道具による、特殊な現象
そんな、何が起きるか一切不明な状態で、次にマグヌムの身に起きたのは、マグヌム自身でさえも理解を拒んでしまうような"光景"だった




