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長い石造りの廊下の先、両開きの分厚い木扉を開けると――そこは、重厚な空気が漂う巨大な図書館だった。
天井は高く、壁際には天井まで届く書棚が並んでいる。中心部にはテーブルと椅子、そして明かり取りの大きなガラス窓。
静かで、少し埃の香りがするが、ここは確かに――生きていた。
「うわ、まじで本ばっかり……」
脳筋枠のパーティメンバーがぼそりとつぶやく。
だが、案内役の“知識のアイ”は嬉しそうにふふんと鼻を鳴らす。
「ようこそ、私たちの知の宝庫へ。ここにあるのは、主に二種類の本だよ。一つは――この城が建つ前からあったもの。そしてもう一つは――私たちが書いたもの」
「え、書いたって……」
「その通り。私たちはとても暇――もとい、知的探究心にあふれてるからね! 研究結果や発見を記録するのは当然でしょ?」
棚を指差すと、整然と並んだ本の背表紙には、著者名がすべて「アイ」で統一されていた。
『瘴気の変化と魔物の挙動』『魔力式変換応用考』『保存食レシピ101』――なかには『つよつよ勇者とかわいい姫の恋物語♡』なんて小説まで。
「うわ、ジャンルの幅がえっぐい」
「書いてる私たちの数だけジャンルがあるからね」
と、そこへ背の高い梯子からスルスルと降りてくる人物がいた。
クラシックなメガネに分厚い本を抱えた、“司書のアイ”だ。
「しぃー。声をおさえて。書いてる私が集中できなくなるわ」
「ご、ごめんなさ……え、今、書いてる?」
「ええ。小説の続きよ。ちょうどヒロインが拷問部屋に連れて行かれるところなの」
「……内容ヘヴィだな!?」
「私たちには、そういうのが好きな私もいるのよ」
別の机では、“校閲のアイ”が、他のアイの原稿に赤を入れていた。
「ふむふむ……語尾がくどい……比喩が多すぎる……はい、書き直し」
「いでっ!? 校閲、手厳しくない?」
「文学をなめるな」
奥では、“研究記録を勝手にまとめるのが趣味のアイ”が机に向かっていた。
「ふふ、○○のアイが発見した“スライムの体組成変化”……これも面白いデータだね。表にして、図にして、あとあと目次を追加して、はい完成。本人は面倒くさがるけど、私、こういうの好きなの」
「……ねぇ、アイってさ、誰かが何かやり始めると、それを手伝ったり、面倒を楽しむ私が出てくるの?」
「そうだよ♪ “私”たちは、興味に対してすごく素直だから」
そして、本棚の陰で本を黙々と読んでいた一体のアイが、ふと顔をあげて言った。
「そろそろ晩ご飯の時間じゃない?」
「……あ、あの、本読んでるだけの人もいるんですね……」
「当たり前だろう? 本の虫の私だ」
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廊下に続く出口のそば、壁一面に設けられた書架の間に、古びたプレートが掲げられていた。
> “知識とは過去を刻む記憶であり、未来を拓く遊びである”――私
パーティメンバーはこそっと聞いた。
「ねえ……この“私”ってさ……」
「うん。アイだよ。たぶん、“言い出しっぺの私”が作ったんじゃないかな?」