6
「……あのさ、アイ」
「うん?」
「もしかして、玄関ホールにいたのが……“全部”ってわけじゃないよな?」
「ん、ああ、違うよ」
アイはあっさりと言った。
「たまたま手が空いてて、なおかつ君たちに興味がある“私”が、あそこに集まっただけさ」
「“たまたま”で30体……?」
「え、ちょっ、じゃあ全部で何人いるのよ!?」
「さあ?」
アイはにっこり笑った。
「もう、数えるのもめんどくさくてね〜」
「…………ひええ」
---
広大な回廊の奥、パーティは一歩一歩を慎重に踏み出していた。
右を見れば、部屋の中でキャンバスに絵を描いているアイ。
左を見れば、無音でひたすらパイを焼いているアイ。
廊下の片隅で、詩集を読みながら涙ぐんでるアイもいれば、
柱にもたれて寝てるアイ、窓辺でぼーっと夕陽を見つめるアイもいる。
どのアイも、やっていることもテンションも違う。
でも、不思議とどこかに「同じ人感」があるのが、余計に脳が混乱する。
「いや、え、なんで寝てるの? ここ廊下じゃん!?」
「うん、眠かったからね」と、寝そべったまま返すアイ。
「この人に話しかけてもいいの……?」
「私に?」と、そのアイも微笑む。
「アイってアイだけど……その……“同一人物”なんだよね?」
「“全部の私”で、“私たち”で、時々“お前ら”でもあるよ」
「うわあ哲学!!」
---
城の中庭。
そこでは“ガーデニング専門のアイ”が、花の手入れをしていた。
整然と咲いた花壇の中に、明らかに毒草っぽいのが混ざってるのを見て、
パーティのヒーラーが青ざめる。
「あ、これ……触ったら皮膚溶けるやつじゃ……」
「うん、綺麗でしょ?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
---
別の部屋。
彫像と噴水のある美しいホールでは、バレエ衣装を着たアイたちが、完璧なシンクロで踊っていた。
「美しい……けど多い! すごい……けど多い!!」
「ねえ、アイって毎日こうなの?」
「そうだねぇ、誰かが何かやりたいって思ったら、その“私”がやるってだけさ」
「え、じゃあ料理人のアイが料理して、食べるのは――?」
「食べたいアイが、食べるよ」
「じゃあ眠いアイが寝て、遊びたいアイが遊んでるのか……」
「うん、完璧な分業制ってわけでもないけどね。だいたいそんな感じ」
---
途中の小部屋。
無表情で天井を見つめてるアイがいた。完全に無言。微動だにせず。
「………………こっわ!!」
「あれ? アイ? あれはどうしたの?」
「あー……多分あれは、考えごとしてる“私”だね」
「寝てるんじゃないの?」
「いや、たまにそういうモードになるんだ。“一人で考えたい気分の私”」
---
そんなこんなで、パーティはとにかく**アイ!アイ!アイ!!**に囲まれて、感覚がバグり始めていた。
でも――
ふと、先頭を歩く元のアイが振り返って言う。
「どう? うちの家族たち、ちょっと変わってるけど……悪いやつはいないよ」
その笑顔は、いつものように、どこかのんびりしていて――
でも確かに、あたたかかった。