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山に入って、三日目。
霧は深く、空気はどこか濁っていた。
地図上には「危険区域」や「瘴気注意」といった文字が赤く記されている。
……にもかかわらず、獣の姿は少なく、妙に静かだった。
「なあ、これ……やっぱヤバいとこだよな……」
「うん。草一本、音一つまで“整いすぎてる”。普通じゃない」
「ここまで来たのに何もいないって逆に怖いってヤツだ……」
パーティの面々はどこか緊張しながら、森の奥を進む。
そして、ひとり――アイだけが、どこか懐かしそうな顔をしていた。
やがて、木々が割れ、視界が開ける。
そこに。
現れたのは、城だった。
巨大な白い壁。年季の入った門。
まるで西洋の絵本に出てくるような古風で美しい、しかし不気味な静寂に包まれた城。
「……は?」
「お、おい、アイ……お前、見えてるか? な、なぁ、これ……」
「うん、見えてるよ」
「えっ、なんでそんな落ち着いてるの……これ地図に載ってなかったぞ!? いや、そもそもこんなの見逃す規模じゃねぇだろ!?」
仲間の一人が震える声で言った。
「これ……もしかして魔族の根城か? え、引き返す? 引き返そう? 死にたくないんだけど……!」
皆が動揺し、言葉を交わし合う中。
アイは、す、と一歩を踏み出す。
その足取りは静かで、まっすぐ。
振り返り、淡く笑う。
「……入ろうよ。私が案内する」
その一言に、風が止まる。
空気が張り詰め、パーティの全員が息をのむ。
「……え?」
「ちょ、ちょっと待て。何でそんな当然みたいな顔してんの?」
「アイ、お前、まさか――」
「ここが、私の“家”だよ」
一瞬の沈黙。
「……」
「…………」
「ええええええええええええええええっっっ!?」
次の瞬間、響き渡った悲鳴に、森の鳥たちが一斉に飛び立った。
アイは、仲間たちの騒ぎを背に、古びた門に手を添え、軽く押す。
ギィィ……
重々しい音と共に開かれたその向こうには、整備された庭園、
そして塔の連なる本館、窓には美しいステンドグラス。
しかし、どこか異様な気配も混じっている。
それはまるで――
この地が、「人の住む場所」ではないと、森そのものが告げているような、そんな感覚。
それでも、アイは。
「ようこそ、“私の城”へ」
微笑んで、仲間たちを迎え入れた。