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案内役のアイが、廊下の奥で立ち止まり、ぽん、と小さな扉をノックした。
「……開いてるよ~、入っていいよ~……」
扉の向こうからの気だるげな声に、パーティはちょっとだけ顔を見合わせる。
そしてゆっくりと中へ足を踏み入れた。
「ここが、“ダラける私”の部屋だよ」
中は……なんというか、「生活感のある天国」だった。
ふわふわのラグに、抱き枕やぬいぐるみ、低いローテーブルには読みかけの本とお菓子。
窓辺には小さな観葉植物、壁にはゆるい雰囲気の絵画が飾られている。
そして部屋の主――“ダラける私”は、もっふもふのパジャマに、うさ耳つきのヘアバンドという完璧な寝間着スタイルで、ローテーブルに肘をつきながらスナック菓子をぽりぽり。
「あーいらっしゃい。珍しいね。私の部屋に来るとか。お茶とかは……うーん、出すのめんどいから勝手に魔法で飲んで」
「……お前、それアイでいいのか……?」
思わず出たパーティメンバーのひとことに、ダラける私がふにゃっと笑う。
「私が“アイ”でよかったよ、ほんとに。これ、人間だったら怒られてたと思うわ~」
「……いや、怒られるどころか、社会的に死ぬぞ……」
案内役のアイが説明を挟む。
「この子はね、とある人間の本を読んで、“引きこもり”という概念を知ったんだ。それで“あ、これが私だ”って思ったらしくて、それからずっとこう。
部屋にこもって、魔法で食材取り寄せて自炊したり、魔法で皿を返したり、本も魔法で出し入れして……」
「めちゃくちゃ引きこもりライフを満喫してるじゃねーか……」
「うん。ちなみにこの子専用の家具、寝具、パジャマも他の“私”が作ってあげてるよ。もちろん、個室もね」
「優しいな……お前ら……」
「だって、ダラけるのがこの子の“やりたいこと”なんだもん。私たちは“私”のやりたいことには寛容なんだ」
「いやそれにしたって……お前、ほんとすげぇよ」
パーティの一人がぽつりと呟くと、ダラける私が顔だけこちらに向けて言った。
「ありがと。でも、働けって言われたらやだよ。だって~、動いたら疲れるじゃん?」
「…………お前、アイでよかったな。(本気のドン引き)」
「うん、マジでそれな~。たぶん人間だったらとっくに家追い出されてるね。あはは」
枕を抱いて、くたくたになった猫のように笑うその姿に、どこか憎めないものを感じながら、パーティは部屋を後にした。
案内役のアイが肩をすくめる。
「ね、人間みたいでしょ。でも、これもまた“私”の一部なんだ」