表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

プラットホーム

作者: 砂石 一獄

 たった一つ。

 乗った電車が違うだけだった。

 たった一つ。

 向かった場所が違うだけだった。


 彼女とは、いわゆる幼馴染のような関係だ。郊外の住宅街で、たまたま家が近かっただけ。同じ幼稚園に通っていて、親同士の交流があっただけ。

 特別、彼女と親しかったわけじゃない。顔を合わせれば挨拶をし、他愛のない世間話をする。所詮その程度で、一緒に遊んだり、部屋でゲームをしたり、なんてことは全くなかった。

 遊ぶなら男友達とゲームしてる方が盛り上がるしな。聞いたわけではないが、向こうだってきっとそうだろう。

 ……だけど。たった一度だけ一緒に海に行ったことがある。

 中学の時かな。テスト勉強に嫌気がさしたことがあったんだ。友達を誘っても良かったんだけど、あいつらみんな真面目だからさ。

 じゃあ一人で行けって話だったんだけどさ、一人で行くのもなんか馬鹿馬鹿しくて。

 俺はそこで何をとち狂ったんだか彼女を誘ったんだ。一緒に海を見に行こう……って。

 正直、断られるとは思っていた。クラスメイトにその姿を見られればなんて言われるか分かっちゃいたしな。冷やかしの対象となるかもしれない、と誘った直後に後悔したよ。だけど彼女はついてきた。 自転車に二人乗りしてさ、一段と重くなったペダルを無理して漕いで。

 アスファルトの段差に揺られて。

 ふとした瞬間に触れる彼女の体温に柄にもなくどきりとして。

 そして、二人で見た海の景色は心地よかった。何となく、彼女を誘ってよかったって、本当に思ったんだ。


 けど、関わったのはその日が最後だった。

 受験勉強が忙しくなり、俺達は各々の道を進まざるを得なくなったから。

 そこから、俺と彼女は違う電車に乗り込んだんだ。


 高校に入ってから、俺は部活動に専念するようになった。

 部の全国大会に向けて、練習に励む日々。そうなると勿論帰りは遅くなる。薄暗い街中で、照らす街灯はまるで廃れたスポットライトのようだった。

 当然、彼女とは顔を合わせる機会すらなくなった。別に親密な関係でもなかったが、徐々に距離が離れていくような感覚があった。


 遠くから、電車が通り過ぎていく音が響いていた。


 そんなある日のことだ。

 俺は朝イチから部活動の練習のために、ジャージを着て家を出る。

 すると、ちょうど向かいの家から一人の女性が出てくるのが見えた。どこかの制服を着た、お淑やかな女性が。

「おはようございます」

「……あっ、おはようございま……えっ」

 何故だか、その女性は歯切れ悪く言葉を返す。

 なにかおかしな姿をしていただろうか。思わず俺は自身のジャージをまじまじと見直すが、どこにも違和感は感じなかった。

 すると、目の前の女性は何故だかショックを受けたように、表情を曇らせながら震えた唇で言葉を紡ぐ。

「……覚えて、ないの?私、私だよ。ほら、中学まで仲良くしてた……」

「……?」

 俺に、仲良くしていた女性がいた記憶などない。関わりのあった女性と言えば、強いて言えば——。

「……もしかして、■■……?」

「……うん」

 女性は、悲しみに満ちた表情でそう頷いた。

 答え合わせをされたとしても、どうにも俺は記憶にある彼女の姿とまるで一致しなかった。昔は活発な雰囲気を持っていたはずだったが、今は大和撫子を体現したような、可憐な女性の姿となっていたから。

「ごめん、気付かなかったよ」

「ううん、大丈夫。今から部活?」

 明らかに大丈夫ではない表情を浮かべていたが、どう返せばいいのか分からない。とりあえずは質問に答えることにする。

「ん?ああ、そうだけど」

「あの、頑張ってね……あ、あと……」

 彼女は歯切れ悪く何か言葉を続けようとしていた。しかし、そのタイミングで鳴り響くスマホの通知音。ちらりとその通知を覗けば、「間もなく電車が到着します」とインストールしていたスマホアプリの通知が届いていた。

「ごめん!そろそろ電車が来るから行くわ!また帰って来てから話聞くよ」

「あ、あっ……気を付けてね!!」

「……ありがとう!!」

 彼女からの応援を受けて、どこか気恥ずかしくなる。

 俺自身、とても単純なもので、そんな些細なやり取りの中で「好かれてるんじゃないか」と願わぬ期待が脳裏を過ぎった。

(……いや、そんなことないか。幼馴染のよしみで応援してくれてるだけだろ)

 見違えるほど容姿端麗になっていた彼女。きっと、そんな彼女が俺へと振り向くことなどないはずだ。

 朝焼けの日差しを感じながら、俺はそう自分に言い聞かせる。


----

 ずけずけと自分のプライベートに踏み込んでくるような人間関係が苦手だった。自分が自分でいることを許さないような、過干渉な他人が多いことに嫌気がさすことが多かった。

 そんな中、近所に住んでいた彼はずっと距離感を保って接してくれていた。

 些細な気遣いがとても心地良くて——いつしか私は彼に恋をしていた。

 そして誰にでも気遣いの出来る彼は、当然周りが放っておくわけがない。鈍感だから気づいていないかもしれないけど、何度も女性からのアプローチを受けていたんだよ。「自分にはそんな魅力ないから」って笑いながら言ってたけど、それを聞く度にどれだけ冷や冷やしたのだろう。

 中学生の頃、テスト期間のある日。勉強に嫌気がさしたという彼は、唐突に私を海へ行こうって誘ってくれた。まさかデートのお誘い!?と思っていたけど、そんな思考回路に彼がならないことは知っていた。それでも、一緒に居られることが嬉しくて、私は二つ返事で彼について行った。

 気づいてたよ。

 カッコつけて立ち漕ぎもせずにペダルを踏みこんでたこと。

 何度も「降りようか?」って聞いても、強がって「大丈夫」って答えてたこと。

 そんな、ひたむきで打算なんて何一つ考えていない彼の姿がとても愛らしく見えて。彼との時間をずっと大切にしたいと思っていた。


 なのに、どうして彼と違う高校を選んじゃったんだろう。将来を考えて、偏差値の高い高校を選んだことを、本当に後悔してる。

 将来を本当の意味で考えるのなら、彼と同じ高校を選ぶべきだったのに。ずっと、一緒にいるという将来を描くために。


 ほら、見てよ。

 高校生になった私を。君に振り向いて欲しくて、頑張って身だしなみを整えたの。周りからの見る目が変わっていくのを感じる。

 周りからの評価が、私に自信をくれる。

 今なら、彼を振り向かせられるって。

 ——けど、一番振り向いて欲しかった彼は、振り向かない。何なら,私ということさえ気づいてなかった。私、そんなにどうでもいい存在でしかなかったの?

 ねえ、どうすれば振り向くのかな。

 どうすれば、私のことを見てくれるのかな。

 鈍感な彼だから、きっと簡単な方法じゃ気付かない。

 ——そうだ。特別だって気づいてもらわなきゃ。


「……気を付けて帰って来てね。待ってるよ」

 ——もう、二度と彼を離しはしない。

 電車が、ホームに到着する音が聞こえた。


「……ふふ」


 たった一つ。

 乗った電車が違うだけだった。

 たった一つ。

 向かった場所が違うだけだった。


 俺達は。

 私達は。

 一体、どこで間違えたのだろう。

 どうすれば、間違えずに済んだのだろう。


おしまい。


ちょっとだけ不穏じみた終わり方にしてみました。

ちょっとだけ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ