お嬢様と三人娘。2 彼女が心配……?
「――あーっ、なんか、しんどーっ……」
――坂場さんとのやり取りでどっと、疲れてしまった。
そんな中、
「たっだいまーっ!」
――能天気な声をあげながら、私の疲労の元凶たちが帰ってきた。
「――やっぱりただ食べてるだけじゃ逃げられちゃうよね。今度は携帯グリルを持ってきて目の前で肉を焼いてみよっか? さすがに目の前でおいしいにおいを漂わせてたらさすがの首藤さんも食いついてくれるんじゃない?」
「確かに効果はありそうだけど、さすがにそこまでやったらカフェテリアを出禁にならねぇか?」
……なんか、バカ二人がおかしな計画を立てているっぽい。
「――ちょっとォ、あんたたち? わざわざ首藤さんのところまで出張っていって何やってんのよ……。私の所にまでクレームが来て迷惑なんですけど? 聞けば、首藤さんってダイエットしているらしいじゃないの。そんな子の前でわざとものを食べるとこを見せつけるだなんて、かわいそうだと思わないの? ……いい加減、あの子たちをからかうのはやめなさい」
すると、ゆかりがこう言って反論してきた。
「……いや、あたしらは首藤さんのダイエットをやめさせるためにわざとあの子の前で食事をしてるんだよ。 あたしらがうまそうにご飯を食べていれば、つられて首藤さんもご飯をきちんと食べるようになるんじゃないかって思ってさ……」
……え? それってどゆこと?
「ちょっちょっちょっと待ってよ。話が見えないんですけど? なんであんたたちが首藤さんのダイエットをやめさせようとしてんのよ?」
「……実はさ、ちょっと前の話なんだけど、カフェテリアで飲み物を買いに行った時に、首藤さんが三人組と食事をしているのを見たんだけど、その時の様子がおかしかったんだよ」
「おかしいって……。何があったのよ?」
「首藤さん、サラダの小だけを頼んでドレッシングもかけずに味気なさそうにそれをちびちび食べていたんだよ。 三人組と一緒に。無言で、押し黙って。 ……正直、なんかの儀式みたいでメチャメチャ異様だった」
「……まあ、ダイエット中だっていうんだから……。無言で黙々と食べてたというのはなんか変な気もするけど……」
……正直言ってダイエットなんてしたことがないからそれが正しいのか正しくないのかが、よく、わからない。ただ、ゆかりの話だけでもなんか鬼気迫るというか、病的なものは感じる。
「その時の様子があまりにも異様だったもんで、気になってその次の日もその次の日も首藤さんたちのことを観察していたら、毎日毎日そんな食生活をしていたの。毎日毎日、塩だけかけたサラダをまずそうに黙々とかみしめているの。そんな食生活に付き合わされている三人組のことも正直気の毒に思った。……あたし、あの子たちのことは別に好きじゃないんだけどさ……」
「まあ……確かにちょっと、健康的にはどうかと思うけどさあ……。でも、それについて部外者の私たちがとやかく言える話じゃないんじゃないの?」
「……それだけじゃないんだよ。首藤さん、体育の着替えの時に自分のおなかや体形をほかの人のと比べて確認して満足そうにニヤニヤ微笑んでたりとか、洗面所で自分の顔をじーっと見ながら「……まだまだ太い」って独り言をつぶやいてたりとかしてて、明らかにやばいんだよ、あの子っ!」
「……あんた、そんなに首藤さんのことをいちいちチェックしてたの?」
「……だって、一度気になりだしたら、イヤでも目に入っちゃうんだもんっ! ……それに、なんでか知らないけどあの子、私と行動範囲がかぶってて会いたくもないのに会っちゃうしっ!」
「……それってさ、もしかしてダイエット自体が中毒になっているやばいやつじゃないの?」
ゆかりの話を聞いた理愛ちゃんが心配そうな表情で言う。
「あたしもさ、そう思ったんだよ。んで、なんか怖くなってきたんでマリリンに相談して、首藤さんの様子を見てもらったらさ……」
「……ああ、あれは明らかにおかしなことになってた。あれは、ほっといたら健康にかかわるどころか、命にかかわるやつだわ、マジで」
真凛が真面目な表情で言う。
「……マジで?」
「……それでさ、二人で話したんだよ。あのままじゃどう考えてもまずいから、どうにか首藤さんにちゃんとご飯を食べさせる方法はないかってさ……。だけど、私たち、首藤さんたちに嫌われてるから、正面切って忠告しても話なんか聞いてくれないだろうし……」
「それで、俺が考えたのが、とにかく目の前でうまそうにメシを食っていればそのうち我慢できなくなって首藤のやつもちゃんとしたメシを食べるようになるんじゃないか、ってことだったんだけど……」
「……なに? あんたら、それで毎日わざわざ首藤さんの前でご飯を食べに行ってたわけ? 嫌がらせとかじゃなくって」
「失礼なっ! あたしらはね、首藤さんの体が心配でこんなことをしてたんだよっ! ……だけど、全然、効果がなくって……」
そういってうなだれるゆかり。
……まあ、そうだろうな……。首藤さんたちから見たら、この二人のやってることはただの嫌がらせにしか見えないだろうしな……。
「……ゆかりちゃんや真凛ちゃんだったらそれで素直にご飯を食べるかもしれないけど、首藤さんにはそれは逆効果じゃない?……首藤さんって繊細で神経質そうだから、下手にそうやって刺激すると、かえって意固地になって事態が悪化するんじゃないのかなぁ……?」
「……なんだよ理愛っち。それじゃあまるであたしらが繊細で神経質じゃないみたいじゃん」
……「みたい」じゃなくって理愛ちゃんはやんわりとあんたらが「無神経だ」って言ってるんだよ……。
「……でも、だったらどうすればいいんだ? あのままじゃ首藤、マジでヤバいことになっちまうぜ?」
普段は明るい真凛の表情がどんどん暗くなっていく。
……それにつられてみんなの空気も重苦しいものになっていく。
――その時だった。
「……なあ、そもそも首藤がダイエットをしている理由は何なんだ?」
今まで黙ってみんなの話を聞いていた澪ちゃんが私たちに聞いてきた。
「理由って……。そりゃあ、痩せたいからに決まってるんじゃ……。……あ、そうかっ! その痩せたい理由自体に何か原因があるんじゃないかってこと?」
「ああ。もともと太っているわけでもない首藤がそれだけのことをするには、恐らく何らかの理由があるんじゃないかと思うんだ。そこの理由を探っていけば、首藤にダイエットをやめさせる糸口もつかめるんじゃないのかと思うのだが……?」
澪ちゃんの意見に、ゆかりの表情がぱあっと明るくなる。
「……そうかっ!その理由を取り除けば、ダイエットを続ける必要がなくなるかもしれないよねっ! 澪ちゃんナイスっ!」
「……首藤さんがダイエットを始めたきっかけ、ねぇ……。……でも、そんなのどうやって探れば……」
『――……あの方のために』
その時、私は坂場さんが言ってた言葉を思い出した。
「『あの方』のために……。……『あの方』って誰なんだろう……?」
「どうしたんだよ由奈? 何ぶつぶつ言ってんだよ?」
「――ねえ、理愛ちゃん、澪ちゃん。さっき、坂場さん、首藤さんが『あの方』のためにダイエットをしているみたいなこと、言ってなかった?」
「ああ、そういえば坂場、そんなことを言っていたな」
「……『あの方』って一体誰なんだろうね。もし、それが誰だか分かればその人経由で首藤さんを説得とかできないかなあ?」
――すると、理愛ちゃんがある人物の名前を口にした。
「『あの方』ってさ、もしかしたら彼のことじゃないかなあ? ……うちのクラスの百合岡くん」
「……げっ、百合岡ってアイツかよ。あのクッソ生意気そうなやつ」
……彼の名前を聞いた真凛が心底イヤそうな顔になった。