由奈、中学デビュー!2 雪の日の天使ちゃん。
――それは、受験の日のことだった。
その日は前の日から雪が降っていたので、私は遅刻しないように早めに家を出て行った。
案の定ダイヤは乱れていたけど余裕を持ってきたおかげでほぼ思った通りの時間に聖玉館前の駅に着くことができた。
よしよし、ナイスだ私。ナイス姉ちゃんだ私……とか調子こいてナメたことを考えてた、次の瞬間。
「ギャッ‼」
駅前に捨てられていた、雪の下に埋もれていた選挙のチラシに足を取られて顔面から雪道に突っ込んでしまった。
……許さんぞ、都議会議員金藤太蔵。 ……いや、捨てたのは別の人だろうけど。
……とにかくサイアク。 受験の日にドンずべりするなんて、信じらんない。
周りの人はひしゃげたカエルみたいになっている私を無言でよけて通っていく。
そりゃそうだよね、私だってこんな現場を目撃したら気の毒で見て見ぬふりをする。
……恥ずかしいので、このまま何事もなかったように立ち去ろう、うんそうしよう。……そう思った次の瞬間。
「大丈夫ですかっ⁉」
自分と同じくらいの年の子が心配そうに声をかけてきた。
もしかして、この子も受験生かな。
「あ……」
その子の顔を見て、思わずポーっとする私。
いけない、いけない。きれいな子だなって思って、思わず見とれてしまった。
……男の子? 女の子? 一瞬見ただけじゃどっちかわからないくらい、きれいな子。 しいていうなら……天使?
すると、その子が黙ってポケットティッシュを差し出す。
「……あの……鼻血が……」
そう言われて慌てて鼻の下をぬぐうと指先にに血のりがべったり。
あわてて下を見ると、地面の雪の上についた自分の顔面の跡が真っ赤に染まっていた。
「なんじゃこりゃ―――――っ‼」
静かな雪空に、私の叫び声が響き渡った。
「……ごめんなさい、助けてもらったのに取り乱しちゃって……。」
両方の鼻の穴にティッシュを詰めた私と助けてくれた天使ちゃん(仮)とで学校に続く坂道を上る。
「いいよ、受験の日にこんなトラブルがあったら、誰だってパニックになっちゃうよね。」
笑って答える天使ちゃん。できた人だ。私が逆の立場だったらとてもこんな風に冷静に対応できない。
……どことなく『亡国王女』の弓騎士様を思わせる、立ち振る舞い。彼も熱くなりやすい王女様に対し、こんな風に冷静な対応を、してたっけ。
……それにしても。
なんてきれいな子、なんだろう。まつ毛が長くてきれいな目。
……こんなところも、弓騎士様を、思わせる。
思わず、見とれてしまう。
「どうかしたの?」
「……きれいだなぁって、思って……」
弓騎士様こと天使ちゃんの問いかけに、思わず素直な気持ちを口にしてしまった。
――何言ってんだ、私っ!
「いっ、いやっ、雪がきれいだなぁって思ってっ! ここ何年もこんなにちゃんと積もった雪を見たことがなかったから……」
「……そうだね、僕も東京でこんなに積もったの見るの、久しぶりかも」
……うまくごまかせたっ。
「こんな日に、こんな目に合わなければもっとわくわくできたのになぁ……」
「そうだね……」
そして二人は、小さく笑いあって、空を見上げる。
――『亡国王女』にも、こんなシーンがあった気がする。
いつもは強がっている王女様が純白の雪景色の中、子どもみたいに素直になって、自分の気持ちを弓騎士様に伝える話。 ……あの時の二人も、こんな風に笑いあった後に空を見ていたっけ。
そのまま二人、たわいない話をしながら坂道を上る。
「やっと着いたね」
―残念。……もうちょっと、お話ししたかったなぁ……。
……って、いやいやそんなのんきなこと言ってる場合じゃないだろ、こんな日に。
……でも、天使ちゃんとおしゃべりしながら来たことで、なんだか、リラックスできた。……これなら、余裕をもって試験に臨めそう。
「僕の試験会場は……第一校舎だね」
「私は第二校舎」
「……それじゃぁ、ここでお別れだね」
ちょっぴり、名残惜しい。
「お互い、頑張ろうねっ!」
そういうと天使ちゃんは自分の受験会場の方に歩いていく。
「――あ……ありがとうっ!」
私がそう言うと、天使ちゃんは振り向いて、小さく手を振ってくれた。
……素敵な人だったなぁ。
……それにしても、男の子?女の子?結局どっちだったんだろう……? ……一人称は僕だから男の子? いや待て。僕っ子の可能性もある。
……まぁ、いいや、どっちでも。天使ちゃんは天使ちゃんだ。
今は試験に全集中して、春に天使ちゃんと再会することを考えよう。
――あ、「一緒に合格しようね」って、言えばよかったなぁ……。
そして現在。
「あれ……?もしかして……?」
前に座ってた子と目が合う。
……やっぱり、あの時の天使ちゃんだ。
「あの時はほんと、お世話になりましたっ‼」
再会できた驚きとあの時の醜態を思い出してしまった恥ずかしさから、思わず立ち上がって90度の角度でお辞儀をしてしまう私。
「合格してたんだね、よかったぁ。 あんなことがあったから、心配だったんだ」
「はい、おかげさまで、わたくし五十嵐由奈、無事に合格することが、できましたあっ‼」
「五十嵐さんっていうんだ。そういえばあの時は自己紹介してなかったもんね。 僕は麻生智。あらためましてこれからもよろしくねっ」
――麻生くん、かぁ……。
「それじゃぁ僕、ちょっと先輩に呼ばれてるから、またあとでねっ!」
笑顔で手を振る麻生くん。
「なに? あのかわいい子。由奈の知り合い?」
「あ、うん、ちょっとね……」
……天使ちゃん、男の子、だったんだ。
――入学式も無事に終わって、教室で自己紹介。
「麻生智です。よろしくお願いします」
出席番号順で並ぶと彼の後ろが私。
……まさか、こんな偶然があるなんて、思わなかった。
彼の後ろで、彼の姿をいつも見ていられる。
背は決して高いと言えないのに、すごく姿形のいい、凛とした背中。……こういうところも、弓騎士様に似ている。 何かスポーツでも、やっているのかな。
高い声なのに、すごく落ち着いた話し方。……聞いてて、飽きない。
しばらく席替えはないみたいだし、しばらくは彼のこの背中を、声を間近で見聞きすることができる。
……席替えなんて、なくってもいいや、とその時思った。
「――五十嵐さんって下竜沢に住んでるの⁉ 僕もだよ?」
ホームルームの後、麻生くんとおしゃべり。
――受験の時の天使ちゃんが目の前にいる。
これだけでも、聖玉館に来て、成功だったな、と思う。
「麻生くんも⁉ 小学校は? 私竜沢小」
「杏里小だよ。じゃあ駅の反対側なんだ」
――やった、電車で一緒に帰れる。
……なんか変な感じ。 麻生くんと話していると、気持ちがうわずる、というか、高ぶってくる。
「ドキドキする」というよりは「なんか楽しい」て感じ。
男の子と話していてこんな気持ちになったの、初めてかもしれない。
――そんなことを考えてたら、
「よーすっ、美少年くん♡」
疫病神が邪魔しにきた。
「美少年て…。」
困惑してる感じの麻生くんに更にたたみかけるゆかり。
「うーん、入学早々由奈の事をナンパかい? 麻生くんはお目が高いねぇ……♡ 何しろ由奈は黙っていれば美少女だし、かわいいし、性格はちょ―――っとめんどくさいけどなんてったって顔はいいし……。」
「……ちょっと待て、それじゃあ私が顔だけの中身のない女と言ってるみたいじゃないの。」
……いや、「美人」ってほめているのか? いやいや、絶対におかしいだろ。
「それになんてったって、このあたしの幼なじみだしっ!(ドヤァ‼)」
「何の関係があるのよっ!(ビシッ‼)」
「……でもね、麻生くん、これだけははっきりしとかなきゃいけないんだけど……。」
急に真面目な顔をするゆかり。
「何?」
つられて真面目な顔になる、麻生くん。
「ゆ…………」
「ゆ……?」
「由奈は私の嫁っ! そんじょそこらの男には、由奈は渡さないんだからねっ⁉」
そういうとゆかりは私に抱き着いて私の頬にほおずりをしてきた。
「キショいわっ!」
思わず手に持ったパンフレットでゆかりの頭をシバく私。
その様子を見て麻生くんが噴き出す。
……メチャクチャ恥ずかしい。
「……ゴメン、なんだかすっごく息があってるなって思ってさ……。二人って、ほんと、仲がいいんだね。」
……まずい、このままでは麻生くんの私への認識が私とゆかりの漫才コンビになってしまう。
「でしょー♡ なんてったってあたしたち、小1のころから仲良しだしってゆうかもはやラブラブだし♡ ……麻生くん、私たちの間に、入ってこれるかなぁ?」
……頭が痛くなってきた。
「……ゴメン、私ちょっとお手洗いに行ってくるから……」
「あー由奈、おしっこ? あたしも行くーっ。それじゃ麻生くん、またあとでねーっ♡」
……麻生くんの前でおしっことか言うな。
「――いい子じゃん、麻生くん。」
「あたしらの夫婦漫才をニコニコと見ててくれるなんて、素質あるよ。」
「何の素質よ…。」
「女子のたわいのないおしゃべりを笑って聞いてくれる彼は絶対にいい人!(ドヤっ!)」
「……バカバカしい。」
「それに、由奈だって嫌いじゃないでしょ?麻生くんのこと。だって、由奈が男の子とあんなに楽しそうに話してるのなんて、あたし、はじめて見たもん。」
「それは……」
麻生くんは恩人だし、優しいし、小学校のバカ男子とは違う。
「……好きなんでしょ?麻生くんのこと。」
――好き、なのかなぁ。
好き嫌いのの感情で好きか嫌いかと言われたら、間違いなく「好き」だ。
でも異性として好きかどうかと言われると、まだ、よくわからない。……だって、現実の男の子を好きになった経験なんかないし。
……麻生くんに出逢った時から感じているのは、弓騎士様の物語を見ていた時に感じていたのと、おんなじ、ときめき。……でも、それを恋愛感情だと言っていいものなんだろうか。
「……まだわかんないよ」
そういうと、ゆかりはにっこり微笑んで、それ以上そのことには触れなかった。
「あ、そうだ由奈。今日の放課後、駅前のバーキンで新入生親睦会やるから、あんたも来なよね?」
「親睦会?」
「つっても正式なものじゃないけど。あたしがクラスメートに手当たり次第に声かけて用事のある子以外、三分の二くらいで集まるって感じ。」
……コミュ力お化けめ。
ゆかりのこういうところは素直に感心してしまう。
――でも、初対面の子と親睦会かぁ……。
正直、そーゆーの、苦手なんだよね……。
聖玉館学園のイメージは成城学園や玉川学園などの小田急線沿線の私立一貫校のイメージを適当に混ぜただけなので特に特定のモデルはありません。
下竜沢はまんま下北沢のイメージです。




