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8月のユリ

ユリの花言葉は虚栄心。

開花時期は5~8月。

国語のテストが帰ってきた。

まずは漢字のテストだ。

隣の席の彼女のプリントを見る。

「え、めっちゃいいやん」

思わず声が漏れた。てっきりそんなに頭が良いと思っていなかったのだ。

98点満点中95点だった。

かなり難しいので、漢検2級は余裕で合格できるだろう。

俺は過去に2級を合格して、資格を持ってると彼女に嘘をついた。

本当は持っていない。なんで嘘を付いたかは分からない。

多分、少しでも凄いと思われたい見栄だ。


次に現代文のテストが返ってきた。

僕のテストは998点満点中987点だった。

隣の彼女に自慢した。

彼女は凄いじゃん。と言ってくれた。

それが無関心な言い方だったのか、それとも比較的興味がありげな言い方だったかは忘れたが、そんなにテンションは高くなかったと思う。


僕と彼女は一緒の家に住んで、1年以上経っている。2人で同居している。

いつ付き合ったかは覚えてないが、一緒に住み始めて1ヶ月も経って無い頃だろう。

どちらかが告白したわけでもないが、成り行きでそういう関係になり、改めて彼女に関係を聞かれたので付き合っていると言った気がする。


僕は帰ってきた現代文のテストを彼女に見せて、あと2問やってんけどなーと言った。

でも、センター試験の模試では大体満点近く取ってたから普通やで。そう続けた。

まただ。ここでも見栄と照れ隠しが出ていた。

彼女と過ごした1年はほぼ同じ時間を過ごした。同じ家で過ごしながら、同じ学校にいながらいつも話しをして、ほぼ他の人と話さず一緒にいた。

だから、彼女は僕の話す過去のエピソードは大体全て知っている。

だからそこに対して大きなリアクションを取ることもなくなった。

たまに、それもう聞いたよ。と笑うくらいだ。

それは好きだった。僕の多くを知ってくれてるみたいで。

僕はおしゃべりが好きだ。

でも、それを聞いてくれる人が彼女しか居なかった。

だから、彼女には今まで生きてきた見栄の話は全てしているのだ。


試験が終わって、帰ろうと思った。

教師の前の方にいる彼女に近付いて、話した。

「なあ、帰ろうや」

思ったより大きい声が出た。

多分ざわざわした教室でも、前方1/3には僕たちの声が聞こえたのでは無いかと思う。

僕と彼女が付き合っているのは、だれにも言ってない。

でも、いつも一緒にいて付き合っていている。というのは雰囲気から大体知られている。

そこが僕は誇らしかった。

比較的明るい子で、周りともよく話し周りに合わせるように空気を読むのも上手だ。

でも、自由な校風のため、髪は金色に染めていて流行にも敏感で若者らしいオシャレでもあった。

そしてスタイルも良かった。

顔は普通だが、僕は可愛いと思う。

頭も得意不得意はあるが比較的要領が良い方で悪くはなかった。

そんな彼女がいる事が誇らしかった。


いつのまにか彼女が好きだった事よりも、そんな彼女とずっと一緒にいて付き合って一緒に暮らしてる事を周りに見せつけるのが誇らしくなっていたのかもしれない。


「なあ、帰ろうや」

後ろを向いて返事がなかったので、そう言いった。

「あー今日、遊んでくるから夜に帰るよ」

初めての事だった。

一緒にずっと暮らしてて、そんな事言われた事がなかった。

「あ、あぁ...」

小さい声でそう返した。

僕の動揺は彼女にバレてなかっただろうか。

彼女が廊下に出たのをみて、思わず背中を追いかけた。

「なあ、それって男なん!?」

少し遠い背中に大きな声で聞いた。

言ってから、恥ずかしい事を言ったと思った。

でも、そんなことも考える間もなく彼女に聞かなければならないと思ったのだろう。

「A組の子!」

そう言ってそのまま歩いて行った。

いや、男かどうか聞いてA組かだけ答えられても分からないではないか。

そのまま悶々としながら教室に戻ると、クラス1番仲のいい友達に話しかけられた。

「お、今日は1人じゃん。久々にゲーセンいかね?」

こいつとも久々に話した気がした。

誘われるのは嬉しかった。

ちょうど予定もなく困っていた所だった。

「おー、いいねいくか」

「よっしゃ!」

そんな軽口を叩きながらも、頭の中は彼女の事でいっぱいだった。

いつも一緒にいて、初めて別々に行動した気がした。

少しでも離れてしまう、寂しさか。

それとも他の男と遊びにいってしまうかもしれない不安か。

一瞬だけ離れるだけだったらいい。でも、ずっと離れるのは嫌だ。

周りに分かれたと見られるのも嫌だ。

他の男に取られるのも嫌だ。

自分しか知らない裸の彼女を見られるのも嫌だ。

僕の知らない彼女の裸の先を僕以外のやつに知られるのも嫌だ。

僕の知らなかった顔をする彼女がこれから生きていくのが嫌だ。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ!!!!

「おい!」

友達に声をかけられてハッとした。

「早く行こうぜ」

「お、おお。卓球するんだっけ」

思わず適当な言葉が出た。

「はぁー、何言ってんだよ。ゲーセンだろ。俺はどっちでも良いけど」

そう言って、荷物をまとめてそそくさと廊下に出る友人の背中を見た。

なんだかその背中は、先ほどの彼女の背中と景色が被ったような気がした。

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