第一部 苺の物語
第一章 「フルーツファンタジー」
ある少女が風邪をひいてベッドで寝込んでいる。その傍らには寄り添うように少女の母親が心配そうに見守っている。
「コホン! コホン!」
「水樹…大丈夫?」
「うーん…だいじょうぶじゃない…」
「そう…困ったわね。お母さん、ちょっと出掛けなくちゃならないの…」
「え~! やだっ! どこにもいかないで! いっしょにいてよ!」
「すぐに帰ってくるから。ね? お利口さんに留守番してくれていたら、帰りに水樹の大好きな物をお土産で買ってくるから」
「えっ? なに、なに~?」
「内緒。楽しみに待っていてね」
それから十年の月日が流れ、水樹は高校二年生に。
テニスコートを隔てる金網フェンスのそばを上聖高校のテニス部員たちが肩を落としながら歩いている。一年生の杏が、力ない声で先輩の梨穂に話しかける。
「団体戦、負けちゃいましたね…」
「うん…」
もう一人の一年生、柚も力なくぼそっと呟く。
「やっぱり、水樹先輩がいなきゃ…」
もう一人の二年生、桃子が思い詰めた顔で相槌を打つ。
「そうだね…」
水樹が自宅で父親と母親の遺品を整理している。近くの仏壇には母親の遺影が。
「お父さん? これはどうする?」
「ああ…」
「お父さん?」
「うん? あっ。ごめん、ごめん。ちょっと、ぼーっとしていた」
「うん…」
整理をしていても二人とも整理できないでいる。
「ん? この木箱は何だろう?」
「あっ。それは、へその緒だよ。懐かしいな。水樹が生まれた時の物だよ」
「へその緒…」
「お母さんと水樹が繋がっていた物だよ」
「お母さんと私が繋がっていた物…私、お守りとして大事に持っておくね」
「うん。お母さんもきっと喜ぶよ」
テニス部の部室にて水樹が皆に話をしている。
「皆、ごめんね。部活を休んじゃって。今日からまた、よろしくね」
柚と杏が申し訳なさそうな顔で応える。
「いえ…そんな…とんでもないです…」
「もう…大丈夫なんですか?」
「うん。心配かけてごめんね。さあ!練習頑張ろう!」
水樹の親友である梨穂と桃子は掛ける言葉が見つからずに無言で頷く。
皆の練習を眺めている水樹に梨穂が駆け寄る。
「水樹。はい、これ。この前の大会の試合内容」
「ありがとう」
「ねえ、水樹。まだ無理しなくても良いんだよ? もうちょっと部活、休んだら?」
「うーん…ちょっと練習方法を見直さないと」
「ねえ? 聞いてる?」
「えっ? あぁ。もう大丈夫だよ。それより次の大会にむけて頑張らなくちゃ!」
「う、うん…」
「あっ。桃子~!」
ラリーをしていた桃子を呼び寄せる水樹。
「はーい。何?」
「ちょっと練習内容を変えようと思って。先ずは走る量を増やして、それから…」
「ねえ。戻ってきたばっかりなんだから少しゆっくりしたら?」
「大丈夫だよ。それに部活してた方が気が紛れるし…」
梨穂が急に水樹の両肩を掴んで詰め寄る。桃子もそれに続く。
「私にできる事があったら何でも言ってね!」
「私も!」
「二人とも…ありがとう」
練習終わりの部室で梨穂が水樹に話しかける。
「ねえ? 水樹。帰りにちょっと寄り道しない?」
「えっ。良いけど。どこに行くの?」
それに桃子が答える。
「駅前の角に新しいカフェができたんだよ。そこに行ってみよう」
「へぇ。そうなんだ。良いね。行こう」
カフェにて三人が思い思いに注文をしてデザートが運ばれてくる。
「お待たせしました。ショートケーキになります。」
水樹が驚いた顔で店員に話しかける。
「えっ? あれ? 注文したのと違うんですけど…」
「えっ? あっ! クレームブリュレでしたね。申し訳ございません…お取替え致します」
「あっ。大丈夫ですよ。ショートケーキを頂きます」
「えっ。でも…」
「実はショートケーキと迷っていたので。だから大丈夫ですよ」
「そうですか。ありがとうございます。では」
その側で桃子が微かに笑う。
「ふふふ」
「ん? 何が可笑しいの?」
梨穂が不思議そうな顔をして桃子に聞く。
「クレームブリュレだけにクレームだと思って」
「何それ? 駄洒落じゃん。ふふふ。可笑しいの」
水樹が笑顔で応える。梨穂もつられて笑う。
「あははは」
三人とも笑顔でカフェを楽しむ。
カフェから家に帰ってきて玄関のドアを開ける水樹。
「ただいま~。って誰も居ないか…」
灯りを点けて脱衣所に向かい、洗濯物を洗濯機に。そして台所に行って弁当箱を洗い、夕飯の支度をしていく。
「ただいま~」
父親が帰ってきて台所に居る水樹の元へ。
「あ、おかえり~。すぐに夕ご飯、作るからね」
「水樹…部活で疲れているだろうに大丈夫か?」
「大丈夫だよ。お母さんみたいに美味しくできるか分からないけどね」
「そうか…」
夕飯が出来上がり、二人で食べ始める。
「う~ん。何かが一味足りないような」
「そんな事無いぞ。十分、美味しいよ」
「そう? なら良かった」
夕飯を食べ終え、後片付けをする水樹。
「洗い物は俺がするから」
「本当? 助かるよ。じゃあ私はお風呂を入れてくるね」
「あぁ。よろしく」
湯船に入る水樹。
「ふ~。疲れたなぁ。でも、頑張らなくちゃ…」
寝る前に洗濯機のタイマーを予約する。
翌朝。水樹は早起きして洗濯物を干し、朝食と弁当作り。
「おはよう~」
「おはよう。朝ご飯、出来たから食べよ」
朝食を二人で食べ終える。水樹は仏壇前に座って、手を合わせる。
「行ってきます。お母さん…」
水樹は部活の朝練へと向かう。
夕方。練習終わりの部室で水樹は急いで帰り支度をして、部室を出ようとする。
「待って。一緒に帰ろう」
梨穂が呼び止める。
「ごめんね。急いで帰って夕飯をつくらなきゃいけないから」
「そっかぁ…バイバイ」
水樹は自転車で本屋に立ち寄り、料理の本を買う。そしてスーパーへと。
「えっと。まだ買ってない物は…」
食材を見ている水樹の側を親子連れが通る。
「おかあさん。きょうのごはんはなに?」
「今日は大好きな親子丼だよ」
「やった~。わ~い」
水樹が寂しげに呟く。
「いいな…」
夜。瑞希は部屋で宿題をしながら目をこすっている。
「明日も早いしもう寝なきゃ…」
そんな毎日が続いたある日。
授業中に水樹は机の上で腕を組み、そこに顔をうずめて寝ている。
「じゃあ次、宮田、読んでみて」
寝ている事に気付いた近くの席の桃子が水樹に小声で呼びかける。
「水樹…水樹…」
「宮田? 早く次を」
「えっ? あっ…はい!」
急いで本を持って席を立つが教科書が逆さまになっている。
「えっ? あれれ?」
教室に笑い声が響く中、桃子が教える。
「教科書が逆さまだよ!」
「あっ。ありがとう」
それから十数分後。また寝ている水樹に先生が気付いて近寄るが、桃子が見逃してくださいといった風に手を合わせ、目配せしてお願いする。
「先生…」
「ふ~。分かった。」
「ありがとうございます…」
桃子は先生に頭を下げる。
ある日の部活中。杏が水樹に指導を仰ぐ。
「水樹先輩。ちょっと教えて欲しい事が」
「うん? あぁ。良いよ。何?」
「サーブする時なんですが…」
「えっと。それは腕やラケットの向きをこういう風にね」
ラケットを持つ杏の腕を掴む水樹。
「えっ! 先輩の手、熱い…熱でもあるんじゃないですか?」
「えっ? あぁ。平気、平気」
「だって…あっ! 梨穂先輩~! 桃子先輩~!」
水樹の異変を感じた杏は二人を呼んで伝える。それを聞いた梨穂が水樹のおでこを触る。
「桃子…一緒に保健室までお願い」
「うん!」
二人で支えながら水樹を保健室へ連れて行く。先生が体温を測ると凄い熱が。
「もう今日は帰って病院に行きなさい」
「はい…」
梨穂と桃子も一緒に帰り、病院に付き添う。
診察の順番を待っていると親子連れが来る。
「おかあさん…ちゅうしゃ、こわいよ」
「大丈夫。お母さんが付いているからね」
水樹は意識が朦朧となりながら呟く。
「はぁ…いいな」
その言葉を聞いた梨穂と桃子が悲しげに顔を見合わせる
水樹は診察が終わって二人に連れ添われながら自宅に帰り、ベッドに入って寝付く。台所でおかゆを作ってあげている二人。
「ねえ…桃子。私たちで何か水樹の事を元気づけてあげられる事って無いかな?」
「そうだね…考えてみるよ」
置き手紙を書いて二人は帰る。
「無理せずにゆっくり休んでね。おかゆが台所にあるから食べてね 梨穂 桃子」
幼き頃の夢を見る水樹。
「コホン! コホン!」
「水樹…大丈夫?」
「えっ…あれ? おかあさん? どうして…」
「どうしてって…水樹がずっとそばにいてって言ったじゃないの」
「そっかぁ。ふふふ。コホン! コホン!」
「ほら。ずっとそばにいるから安心して寝なさい」
「はーい。ゴホン! ゴホン!」
咳をして目を覚ますとぼんやりと人の顔が見える。
「お母さん?」
「水樹。大丈夫か?」
「あっ…お父さん」
父親が水樹のおでこを触る。
「凄い熱じゃないか…病院は行ったのか?」
「うん…友達が付き添ってくれて」
「そうか。今、氷枕を換えてくるからな。あと、水樹の友達が作ってくれたおかゆも温めて持ってくるから」
「うん…ありがとう」
父親は水樹におかゆを食べさせて介抱する。
「明日は学校を休みなさい。連絡しておくから」
「うん…」
「じゃあ、ゆっくり寝なさい。おやすみ」
「おやすみなさい」
父親が部屋を出て行った後、水樹は先程見た夢を思い出す。
「なんでよ…ずっとそばに居るって言ったじゃない…なんで…」
涙が頬を伝わり、眠りにつく。
翌日の昼前頃。水樹は起きてきて、父親が作ってくれていたおかゆを温める。
「お腹すいたなぁ…」
おかゆをリビングに持って行って食べ始める。すると「ピコーン」と音が。
「えっ? 何?」
周りを見渡すと棚の上に飾ってある家族写真の横でスマホが光っている。
「お母さんのスマホだ。お父さん、まだ解約してないんだ。そっかぁ…そうだよね」
水樹が携帯を見ると女性の宛名でメールが届いている。
「誰だろう? お母さんの友達かな?」
メールを開いて、内容を確認してみる。
「ご無沙汰しております。お元気でしょうか? 近々、帰省する予定なのでお会いできたらと思います。冬も近づき、寒くなってくるので風邪などに気を付けてご自愛ください」
「この人、お母さんが亡くなった事をまだ知らないんだ…伝えてあげなきゃ」
「母は先日、」
メールを打つ指が途中で止まってしまう。首を横に振り、作成中のメールを削除して棚の上にそっとスマホを戻す。夜に事情を父親に話して返信してもらう。それから幾日が過ぎて季節は冬へと。
桃子が自分の部屋で机に座り、勉強をしながら考え込んでいる。
「どうすれば水樹の事を元気付けられるかな…」
「桃子? 入るわよ」
「はーい」
桃子の母親が部屋に入って来る。
「何?」
「これ、友達に貰ったんだけど興味無い?」
母親は封筒に入ったチケットを見せる。
「え? 何これ? ジャム?」
「何か、アイドルのライブらしいよ。良かったら友達と行って来たら?」
「そうなんだ。一度、友達に聞いてみるね。ありがとう」
桃子はスマホでジャムについて調べてみる。
「へぇ~色々なアイドルが出るんだ。何だか楽しそう」
翌日。練習終わりの部室で水樹、梨穂に話しかける桃子。
「ねえ、二人とも。これ、良かったら行ってみない? 何か色々なアイドルが出るライブらしいよ」
水樹が答える。
「アイドル? 行っても良いんだけど…あまり詳しくないから楽しめるかな?」
柚が桃子の後ろから覗き込むようにチケットを見る。
「えっ! ジャムのチケットじゃないですか!」
近くに座っている杏がピクンと反応する。
「何? 有名なの?」
「今をときめくアイドルたちが集まって開催される最大級のお祭りですよ!」
「へぇ~そうなんだ。凄く楽しそうだね」
「私、行きたいと思ってたんですが、ちょっとお小遣いがピンチで…」
桃子が柚も誘う。
「五枚有るから良かったら一緒に行く?」
「え! 良いんですか? やった~。嬉しい!」
近くに座っている杏があたふたしている。桃子は柚に条件をつける。
「その代わり、私たち、あまり詳しくないから色々と教えてね」
杏が急に立ち上がって答える。
「はい! えっとですね。ジャムには今回、あのハロフレからスマイリングピースも出るんですよ!」
梨穂がびっくりして杏に尋ねる。
「えっ? 急にどうしたの? ハロフレ?」
「ハロフレとはですね。カフェ娘やフルーツ工房、Cute Cuteが所属するアイドルグループの総称で…」
「杏も詳しいんだね」
「はい! 両親共、ハロフレファンでして、小さい頃から親の影響を受けて私も大好きになりました!」
桃子が杏も誘う。
「ふふふ。杏も良かったら一緒に行く?」
「はい! ヨッシャー!」
杏は喜びのダンスをする。それを見た柚がある事に気付く。
「あっ! それ、スマイリングピースの歌のハイアガールの振り付けだよね?」
「ふふふ。よくぞ気付いた。お主、中々やりますな」
水樹がお腹を押さえて笑う。
「あははは。何、それ。可笑しいの。あははは」
水樹の笑顔を見た梨穂と桃子が嬉しそうに顔を見合わせる。柚は水樹たちにMVの鑑賞を勧める。
「YouTubeでMVが見られるんで是非、観て下さい!」
「うん。わかったよ。帰ったら観てみるね」
真夜中。水樹は寝ていたが、目を覚ます。
「う~ん。今、何時?」
目覚まし時計を見ると三時過ぎ。
「もうちょっと寝よう…」
もう一度、眠ろうとする水樹だが眠れずにいて、幼き頃の母親との思い出を回想している。
「すぐに帰ってくるから。ね? お利口さんに留守番してくれていたら、帰りに水樹の大好きな物をお土産で買ってくるから」
「えっ?なに、なに~?」
「内緒。楽しみに待っていてね」
「あの時のお土産って何だったけ…あっ。忘れてた。MV、観なきゃ」
ベッドから起き上がり、灯りを点ける。ハート型のクッションを胸に抱えながらスマホで「ハイアガール」のMVを再生して見始める。
「どんなに どんなに 今は辛くとも 笑顔の未来まで さあ行こう
ディア マイ フレンズ~」
水樹は口を開けて少し驚いている
「悲しくとも? 淋しくとも? 落ち込むとも?」
水樹はクッションを強く抱きしめる
「私たちがいるじゃないか どれだけ離れていようとも 必ず笑顔にさせてあげるから~」
水樹は目を輝かせて体でリズムを取り出す。
「凄い良い歌…」
「君の涙なんか見たくない 君の笑顔がみたいんだ 君の幸せが私たちの幸せだから 一緒に ハイアガール~」
水樹は笑顔で楽しむ。
ハイアガールが終わり、次のMVである君に伝えたい物語が自動再生される。
「君に届くかな 届けば良いな 届け 届け 恋のテレパシー 気持ち 届け 愛のテレパシー 届いて欲しいな~」
「わぁ。こっちは凄く可愛い歌」
「君に出会った日 君を想い続けた日々 全部 全部 まるごと伝えたい マイ マイ ストーリー」
水樹は一気にスマイリングピースを興味を持ち、ウィキペディアなどで調べる。
「へぇ。九人グループでリーダーは宮田亜弥ちゃん…ふむふむ」
そうこうしていると家の外からガタンゴト~ンと音が聴こえてくる。
「えっ! もしかして、もう始発の時間? 何で? 目覚ましは? やばっ!」
急いでやることをやって、仏壇にお参りして部活の朝練へ向かう。
朝練前の部室。梨穂と桃子は水樹が来るのを待っている。
「水樹、どうしたんだろう?」
「寝坊したのかな?」
柚が梨穂に尋ねる。
「先に始めちゃいます?」
「う~ん。もうちょっとだけ待ってみようか」
部活の開始時間を少しだけ遅れて水樹が来る。
「ごめ~ん! みんな!」
皆に手を合わせて謝る水樹に桃子が答える。
「もう…心配したじゃん。どうしたの?」
「訳は後で話すから先に練習してて!」
「う、うん?」
朝練終わりの部室。桃子が改めて水樹に遅刻の理由を尋ねる。
「で、寝坊したの?」
「うん…実はね」
「ふふふ。私が説明しましょうか?」
突然、柚が会話に参加してくる。
「え? 何か知ってるの?」
「水樹先輩。ハイアガールのMVだけじゃなく、君に伝えたい物語のMVも観ましたね?」
「えっ! どうしてそれを…」
「やっぱり!」
杏はそれを聞いて気付く。
「あっ!」
「え? 何? 話しが全然、見えないんだけど」
「論より証拠。こちらをご覧ください」
柚がスマホで君に伝えたい物語のMVを再生して皆に見せる。MVでは宮田亜弥が遅刻して、皆に謝っているシーンが映る。
「ふふふ」
「あっ。本当だ…今朝の私と一緒だ」
杏は君に伝えたい物語の振り付けを踊っている。桃子と梨穂もびっくりするが、我に返って水樹を注意する。
「って、MVどおりに遅刻されても困るんだけど…」
「はっ! そうだよ。心配してたんだからね!」
「ごめんね…気を付けるよ」
練習終わりの部室。柚が水樹、梨穂、桃子にメモを渡す。
「先輩、これどうぞ。ジャムに関する予備知識と持っていく物などを書いてあります」
「わぁ。こんなに丁寧に。助かるよ。ありがとうね」
それに続いて杏も水樹、梨穂、桃子にCDアルバムやDVDなどを渡す。
「私からはこれを。特にこのDVDのコンサートは最早、伝説でして…」
「嬉しい。凄い量だね。重かっただろうにありがとうね」
「いえいえ。スマイリングピースの事を好きになってもらえれば私も嬉しいので」
水樹、梨穂、桃子の三人はジャム当日までCDを聴いたり、DVDを観たりして楽しみながら歌などを覚えていく。そしてとうとうジャム当日。
ライブ会場では色々なアイドルたちのライブが進んで行く。
「梨穂! 桃子! 楽しいね! 楽しいね!」
「うん! みんな可愛くてキラキラしてて素敵だね」
「うん! こんな夢のような世界があるなんて知らなかったよ」
柚と杏が水樹に話しかける。
「次はとうとう、スマイリングピースが登場しますよ!」
「スマイリングピースと言ったら対バンっていうくらいですからね! 盛り上がっていきますよ!」
「うん! え? たいばん?」
スマイリングピース九人がステージに登場してきて大きな歓声と拍手で迎えられる。グループ紹介とメンバー紹介が行われる。
宮田 亜弥
前川 由加
福島 紫音
清川 佐紀
中西 舞美
高橋 芙由香
矢島 あかり
西田 莉奈
植村 愛生
紹介が終わり、最初の曲であるハロースマイルを歌い始める。
「ハロー ハロー 始めよう 世界中のみんな 笑顔になれる時間を」
他の観客と同様に水樹たちもペンライトを振って、合いの手を入れる。
「オイっ! オイっ!」
「やっと出会えたこの奇跡 やっと平和なこの時代 楽しい 楽しい 笑顔溢れる ハロー ハロー 始めよう」
楽しんでいる水樹の姿を見て、梨穂と桃子が目を合わせて笑っている。続けて曲が進んでいき、MCコーナーで宮田亜弥が新曲をアピールする。
「ここでお知らせがあります。来年の二月四日に私たちの新曲が発売されます。ダブルA面でtiny bandと乙女の逆説という歌になります。この後、会場内にて新曲を予約して頂いた方々との握手会がありますので是非、是非お願いします!」
柚が水樹に話しかける。
「スマイリングピース全員と握手できるんですよ。もちろん行きますよね?」
「行きたいけど緊張しちゃうよ…どうしよう」
ライブが終わり握手会に並ぶ水樹
「やばい…凄くドキドキする」
水樹の順番になり、宮田亜弥と握手をする。
「あ、あの…初めまして…」
「え? 初めて? ありがとう! また来てね~」
他のメンバーとも順番に握手していき、最後の福島紫音との握手。
「初めまして…」
「え? ありがとう! バイバイ~」
握手会を終えて皆の元へと戻る。柚と杏が感想を聞いてくる。
「どうでした? 初めての握手は?」
「緊張しすぎて、あっという間だった…」
「何か話せましたか?」
「ううん。初めましてと挨拶するだけで精一杯だったよ。あっ。でも最後に握手した紫音ちゃんが凄くギュッと手を握ってくれたの」
柚と杏が相槌を打つ。
「それは良かったですね」
「最初は緊張しますよね」
水樹は楽しさや感動、興奮などの余韻で恍惚の表情を浮かべている。
「みんな凄く可愛かった…夢見てるみたい…」
その水樹の姿を見て梨穂と桃子が話しをしている。
「ふふふ。水樹ったらもう完全にスマイリングピースファンだね」
「うん…そうだね」
柚が水樹に話しかける。
「誰推しになります?」
「誰推し?」
「メンバーの中の誰のファンになるかって事ですよ。グループ全体のファンになる箱推しってのもありますよ」
「う~ん。まだちょっと決められないや」
杏が水樹に話しかける。
「後ですね。メンバーみんな、ブログやってるんで見てみてください。良かったらコメントも」
「うん。見てみるね。ありがとう。」
ライブ会場を後にして帰路へ。
梨穂と桃子の二人で歩く帰り道。
「あ~本当に楽しかったね、桃子」
「そうだね…」
「どうしたの桃子? 何か元気無いね?」
「うん…何か複雑だなと思って」
「え? 何が?」
「水樹が楽しんでくれてたのは嬉しいんだけど…」
「あっ! スマイリングピースに焼きもち焼いてるんでしょ?」
「違う! 大体、焼きもちってまだ正月には早いし!」
「あははは。大丈夫だよ。大体、今日の事は桃子が誘ってくれたおかげじゃん。水樹が元気になったのも桃子のおかげ。水樹が笑顔で楽しんでくれた。それで十分じゃん」
「うん…そうだね。ごめんね。何かありがとう。梨穂って良い奴だね」
「何? 今更、気付いたの? 遅いよ~。遅刻厳禁だよ!」
「何それ。あははは」
水樹は家路に着き、部屋のベッドに座っている。
「今日は最高に楽しかったな~。そうだ、ブログ、ブログっと」
宮田亜弥のブログをスマホで読んでコメントをする。
「へぇ。みんな、こうやってブログ書いてるんだ。これからチェックしてこっと」
「初めてコメントします。今日ジャムで初めてスマイリングピースのライブを観ました。
凄く楽しかったです! ありがとうございました。後、初めて握手会にも参加しました。また行きたいと思います 329」
上聖高校テニス部が朝日高校へ出向いて練習試合(団体戦)を行う。柚と杏が話しをしている。
「初めての試合だね! 頑張ってね!」
「うん!」
対戦相手が知らされて、杏の相手は小田亜佑美と聞かされる。
「えっ! 杏の相手って前の大会のシングルスで優勝した人じゃん…」
「え…」
「大丈夫? 杏」
「胸を借りるつもりでやれるだけやってみるよ…」
試合が始まるが、多彩なショットを操る相手に圧倒され、一方的な試合に。
「ハァハァ…」
杏は何度も倒れ込みながらも懸命にボールを追うが、1ゲームも取れずに負ける。
握手をする二人。
「ハァハァ…ありがとうございました」
「ありがとうございました」
団体戦は二勝三敗で上聖高校は負ける。柚と梨穂が心配して杏に声を掛ける。
「杏…」
「杏…大丈夫?」
「手も…えっぐ…足も出ませんでした…」
水樹も心配して声を掛ける。
「杏…これから帰って練習する? 私が付き合ってあげるから」
「えっぐ…やります…やらせてください」
柚が手を挙げて、申し込む。
「私もお願いします!」
「梨穂、桃子。一緒にお願いできる?」
「もちろん!」
「よ~し。ビシビシ行くから覚悟してね」
「ひえ~。よろしくお願いします…」
上聖高校に戻り、練習に励む水樹と杏。
「さあ、来い!」
「はい!」
水樹がスマイリングピースの曲であるスマイルリンをスマホで流して歌いながら、夕飯を作っている。
「スマイルリン 笑顔大好き~ スマイルリン 平和大好き~ スマイルリン 夢見る乙女~」
父親が帰宅してきて台所に顔を出す。
「ただいま~。ん? 水樹?」
「あっ! ごめん、ごめん。早かったね。おかえり~」
「随分、楽しそうに歌っていたな」
「えへへ。この前、ライブに行ってから完全にハマっちゃってね。スマイリングピースってアイドルなの」
「へぇ~。スマイリングピースっていうんだ」
クリスマスイブの商店街。サンタの恰好をした店員がケーキを販売している。
「クリスマースケーキはいかがですか~」
水樹が自転車で通りがかり、立ち止まる。
「ケーキかぁ…」
買うかどうか迷う水樹だが、買わずに帰っていく。
水樹が部屋でスマイリングピースの曲である愛降れのMVをスマホで
観ている。
「愛降れ 沢山 この地球に 離れて暮らす あなたの元にも」
水樹がふと窓の方を見ると雪が降り始めている。
「遠距離恋愛の歌かぁ。淋しいよね…あっ。雪だ」
幼き頃を思い出す水樹。
「おかあさ~ん! みて、みて! ゆきだよ!」
「わぁ。本当だね」
「ゆきだるまがつくれるくらい、いっぱいふるかな?」
「いっぱい降ると良いね」
「うん!」
ベッドに入る水樹。
「もう寝よう…」
夢を見る水樹。
「あれ…ここどこ? まっくらでなにもみえないや。でも、なんか…あったかいな」
どこからともなく音楽が聴こえてくる。
「なんだろう…でも、なんか…すごくおちつくなぁ」
目覚ましが鳴り、水樹は目を覚ます。
「ん…朝かぁ。何か不思議な夢だったな。ん? 何これ?」
枕元にラッピングされた袋が置いてあり、開けてみる。
「もしかして…クリスマスプレゼント? えっ! 昨日、発売されたばかりのスマイリングピース主演ミュージカルのフルーツファンタジーのDVDじゃん! 嬉しい!」
瑞希が朝食と弁当を作っていると父親が起きてくる。
「おはよう~」
「おはよう。お父さん、ありがとうね」
「ん? 何の事だ?」
「ふふふ。さあ、朝ご飯出来たから食べよ」
それから幾日が過ぎて新年を迎える。
練習終わりの部室で水樹が皆に練習試合の予定を次々続々、発表していく。
「○月○日は牧野高校。○月○日は白花高校。○月○日は紅高校。○月○日は…」
梨穂が補足して説明をする。
「試合に出るメンバーは練習内容や試合を見て、その都度で選んでいくから」
それを聞いた柚と杏がぼそっとつぶやく。
「ひえ~。ほぼ毎週じゃないですか…」
「選ばれるように頑張らなくちゃ…」
桃子が皆に気合いの言葉を投げかける。
「よし! みんな! 頑張ろうね!」
一月十五日。練習中に柚が転んで靴が片方、脱げてしまう。水樹が心配して駆け寄る。
「痛っ!」
「どうしたの! 大丈夫?」
「痛たたたた…。大丈夫です…あっ! シューズが…」
「シューズが壊れちゃったみたいだね」
「どうしよう…これじゃ練習できないよ…」
「今から買いに行く? 私も付き合ってあげるから」
「えっ! 本当ですか? ありがとうございます!」
柚は一旦、家に寄って、母親からお金を貰う。
スポーツショップで柚がシューズを選んでいる。
「う~ん。どれにしようかな?」
「あっ。これはどうかな? セールで安くなってるし」
「えっ! これ、ずーっと欲しかったシューズです!」
「じゃあ、これにする?」
「はい! このチャンスを逃す手は無いですから!」
「ふふふ。良かったね」
水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
西田莉奈のブログ。
「今日、買い物に行ったらね 前から欲しいと思ってた靴がたまたまセールで安くなってたの! 買っちゃうよね(笑) やった~」
水樹は少しびっくりするが、莉奈のブログにコメントをする。
「えっ! なんか今日の出来事と似てる…」
「ハロー 欲しかった靴が買えて良かったね 私も今日、偶然セールしてる靴をみつけたの! りななんと一緒でなんか嬉しいな 329」
一月十六日。練習前の部室で水樹と柚が話しをしている。
「水樹先輩! 昨日のりななんのブログ、読みました? びっくりですよねっ!
昨日の私たちと一緒でしたよね? 嬉しすぎてコメントめっちゃ長く書いちゃいましたよ! 水樹先輩もコメントしました?」
「うん」
「後で水樹先輩が書いたコメントも見てみますね!」
「え? ちょ。待って。見ないで。恥ずかしいよ!」
「さあ、練習頑張ろうっと!」
一月二十日。水樹がスマイリングピースの曲であるスマイルリンをスマホで流して歌いながら、肉団子を作っている
「スマイルリン 美味しいな~ スマイルリン 嬉しいな~ スマイルリン みんなニコニコ~」
父親が帰宅してきて台所に顔を出す。
「ただいま~」
「あっ。おかえり~。夕ご飯出来たから食べよ」
二人で夕飯を食べる。
「んっ! この肉団子、凄く美味しいな!」
「えへへ。良かった。料理の本を見ながら作ったんだ」
水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
前川由加のブログ。
「昨日のブログで夕飯は何を食べたでしょう?というクイズ 答えは肉団子でした! コメント見たら一人だけ正解者がいてびっくり! ほぼノーヒントだったのに(笑)」
「えっ! 今日の夕ご飯と一緒だ…」
ゆかにゃのブログにコメントをする。
「ハロー 私も今日、夕ご飯で肉団子を食べたよ りななんと一緒でびっくり! 美味しいよね~ 329」
一月二十一日。水樹がスマイリングピースの曲であるスマイルリンを携帯で流して歌いながら、唐揚げを作っている。
「スマイルリン アゲアゲてこ~ スマイルリン 踊っちゃおうよ~ スマイルリン 歌っちゃおうよ~」
水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
清川佐紀のブログ。
「今日もまた唐揚げを作って食べました! 毎日でも食べられる(笑)」
「また一緒だ…偶然かな?」
サキサキのブログにコメントをする。
「ハロー 私も今日、夕ご飯で唐揚げ作って食べたよ なんか最近、スマイリングピースのみんなと一緒の出来事が続いて不思議! 329」
一月二十二日。スマイリングピースの新曲であるtiny bandのMVが公開されて鑑賞する水樹。
「良い! 最高! 凄く心温まるMVだな~。CD届くの楽しみ~」
一月二十三日。練習中に杏にアドバイスを送る水樹。
「杏。ちょっといい?」
「はい?」
「杏はサーブのスピードも速くて強いんだけど、もうちょっと変化球系とか駆け引きを覚えればサービスエースが増えると思うんだ」
「エースをねらえって事ですね! 任せてください!」
アニメ、エースをねらえ!の歌を歌いながらラケットを持ったまま華麗に舞いだす杏。
「ちょ。あははは。あははは」
水樹が台所で考え込んでいるとスマホにブログ更新通知が届く。
「さあて、今日の夕ご飯は何を作ろうかな? ん? メール?」
植村愛生のブログ。
「やっぱりアイドルになったからにはセンターやエースを目指したいと思っちゃう エースをねらえ的な(笑)」
「何これ! 何でこんなにも偶然が続くの?」
「色んな偶然や奇跡が重なってアイドルになれたから 頑張らなきゃね!」
またスマホにブログ更新通知が届く。
中西舞美のブログ。
「愛知から出てきて 一人暮らしするようになって 前はお母さんが料理、洗濯、掃除なども全部やってくれて 今では自分で夕飯メニューを考えたり 何でも少しずつできるようになりました!」
「何で…一度しか会った事ないのに…」
めいめいとまいみんのブログにコメントをする。
「ハロー めいめいは向上心があって凄いね! 私はテニス部だからめいめいがエースをねらえ!を知ってるの嬉しかったよ 329」
「ハロー 愛知から出て お母さんと離れて…」
水樹はコメントを書いている途中で指が止まり、鼻をすすり、大粒の涙を流している。
「ズズッー…」
なんとか続きを書き始める。
「自分で家事をこなして まいみんは頑張り屋さんで偉いね 329」
「ズズッー…なんか自分に言ってるみたい…可笑しいの」
杏からLINEで驚きや喜びのトークとスタンプが続けて届く。
「めいめいが! エースをねらえって! めいめいが!」
「ちょ。杏。待って。凄い量が届くんだけど」
杏に返信する。
「今から夕ご飯作らなきゃだから明日、学校で話そうね」
ベッドで眠り込んで夢を見る水樹。
「ねむい…。あれ? まただ…なんかきこえる…」
「み…ずき…み…ずき…」
「なに? わたしのこと?」
一月二四日。学校からの帰り道。水樹が梨穂と桃子に話しをしている。
「梨穂、桃子…。なんか最近、不思議な事があって…。スマイリングピースと私が繋がってるみたいなの。どうしてかは分からないけど」
「え? どういう事?」
「ちゃんと説明してみてよ」
「うんとね。私が作った夕ご飯のメニューとスマイリングピースのメンバーが食べた物が一緒だったり、私がセールしてる靴を見つけたら同じようにセールしてる靴を見つけてたり、サービスエースが増えるように教えてたらエースをねらえって書いてたり、上手く言えないんだけど…」
「たまたまじゃないの?」
「う~ん。確かに不思議は不思議だけど…」
「たまたまなのかな? でも…こんなにも続くものなのかな?」
「そういえばそうだよね…」
「テレパシーみたいなものなのかな…」
水樹のスマホに宮田亜弥からブログ更新通知が届いて確認する。
「ん? あややからだ。えっ!」
宮田亜弥のブログタイトル。
「テレパシー」
それを梨穂と桃子に見せる水樹。
「これ、見て…今、届いたの」
「マジでテレパシーじゃん!」
「嘘でしょ…こんな事って本当にあるの?」
「信じてくれた?」
「うん! テレパシーって本当にあるんだね!」
「うん! もちろん! でも何で水樹と繋がっているのかな?」
「それが分からないの…」
一月二十六日。スマイリングピースの新曲である乙女の逆説のMVが公開されて鑑賞する水樹。
「こっちはハロウィンっぽい曲だ! 衣装が可愛いな~」
一月二七日。練習終わりの部室で柚と杏が話しをしている。
「ふぅ…今日も練習、疲れたね~」
「お腹がスキ過ぎスキ過ぎスキスキ大スキきだよ~」
それを近くで聞いていた水樹は思わず笑う。
「何それ。あははは。じゃあ、帰りに何か食べていく?」
梨穂が水樹に尋ねる。
「夕ご飯の支度はいいの?」
「うん。今日はお父さん、外で食べてくるらしいから」
桃子が音頭を取る。
「よし! じゃあ、みんなで行こう!」
ショッピングモールのフードコートで皆、ラーメンを注文して席に着く。桃子が微かに笑っているので理由を聞く梨穂。
「ふふふ」
「ん? 何が可笑しいの?」
「水樹。フードコートでフード付きコート着てる…」
「出た! 桃子の駄洒落!」
皆、一様に笑う。
呼び出しベルが鳴り、取りに行って運んで食べ始める。
「ふぅ~! ふぅ~!」
水樹が麺に息を吹きかけ、冷ましている。
皆で美味しく食べながら楽しむ。
水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
高橋芙由香のブログ。
「家族みんなでラーメン食べに行きました! (ラーメンの写真)」
水樹が涙を流している。
「デビューが決まった時に 誰に一番に伝えたいかと聞かれたんですが ずっと私の夢を応援し続けてくれたお母さんって答えたら 涙が止まらなくなっちゃって…」
ふ~ちゃんのブログにコメントをする。
「ハロー ふ~ちゃんは素敵なお母さんがいて幸せ者だね 私のお母さんも…」
コメントを打つ指が途中で止まってしまう。
「そんなの書けるわけないじゃんか…」
杏からLINEで驚きや喜びのトークとスタンプが続けて山のように止まらず届く。
「ふ~ちゃんが! みんなでラーメン! ふ~ちゃんが! 私たちと一緒!」
「ちょ。また。待って。あははは。全然、止まらないんだけど」
杏に返信をする。
「もう夜遅いから明日、学校で話そうね。おやすみ~」
ベッドで眠り込んで夢を見る水樹。
「おなかすいたな…」
「水樹…水樹…お母さんだよ…」
「おかあさん? わたしの? どこにいるの?」
「水樹…水樹…」
「よんでる…いかなきゃ…」
スーパーで食材を選んでいる水樹。
「さて。今日は何を作ろうかな?」
水樹のそばをベビーカーに乗った双子の赤子を連れた母親が通る。
「オギャー オギャー オギャー」
「あらあら どうしたのかしらね? おなかがすいたのかしら?」
水樹は双子の赤子のそばに座り、あやしてあげる。
「泣かないで。ほら、いない、いない、ばぁっ!」
「オギャ? キャッキャッキャッ」
「ありがとう。良かったね~。二人とも」
「どういたしまして」
水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
矢島あかりのブログ。
「今日の私服コーデです! (BABYと書かれた服を着ている写真)」
「私が今、着てる服と一緒のだ…」
やじちゃんのブログにコメントをする。
「ハロー 凄い偶然! やじちゃんと同じ服を今、着てるよ なんだか双子コーデみたいで恥ずかしいような でも一緒で嬉しい! 329」
ベッドで眠り込んで夢を見る水樹。
「よんでる…いかなきゃ…うんしょ…うんしょ…なんか、あかりが…」
命が生まれる。
「オギャー! オギャー! オギャー!」
「おめでとうございます! よく頑張りましたね」
「わたし…うまれたんだ…」
「水樹…初めまして…お母さんだよ…よろしくね」
母親が笑顔で涙しながら水樹を抱いている。
「オギャー! オギャー! オギャー!」
「よしよし…泣かないで」
看護婦が水樹の母親に声を掛ける。
「お母さんとへその緒で繋がっていたのに、離れちゃったから淋しいのかも。だからできるだけ一緒にいてあげて下さいね」
「はい…水樹…ずっとそばにいるからね」
「おかあさん…」
涙を流しながら寝ていたが、目を覚ます水樹。
「お母さん…ずっとそばにいるんだよね」
再び眠りにつく。
水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
中西舞美のブログ。
「今朝、電車で私の膝に寝てきた甘えん坊赤ちゃんです!(寝ている芙由香の写真)」
「今朝見た夢と一緒だ…。夢までテレパシーで伝わるの?」
二月一日。水樹が部屋でスマイリングピースのブログをスマホで読んでいる。
福島紫音のブログ。
「最近、めいめいがめっちゃ甘えてきます! 赤ちゃん返り可愛い」
「三日連続で赤ちゃん…もしかして、へその緒なの?」
水樹はへその緒についてスマホで調べる。
「臍帯は、いわゆるへその緒と呼ばれるもので、胎児と胎盤とを繋ぐ白い管状の組織。胎児は胎盤を通して母体から酸素や栄養分を受け取る」
水樹はライブの時の杏の言葉を思い出す。
「スマイリングピースと言ったら対バンっていうくらいですからね! 盛り上がっていきますよ!」
「たいばん…tiny band…乙女の逆説…おぎゃ…」
水樹は更に胎盤について調べる。
「胎盤とは、有袋盤類などの雌の妊娠時、子宮内に形成され、母体と胎児を連絡する器官である」
「もしかして…繋がっていたのはお母さんが私の為に…」
涙がとめどなく溢れてくる。泣きながらスマイリングピース全員にコメントをしていく。
「えっぐ…ズズッー…みんな、ありがとうね…」
「ハロー スマイリングピースに出会えて良かった 本当にありがとう! また必ず会いに行くからね 329」
二月二日。練習終わりの部室で皆にスマイリングピースとの繋がりの理由を話す水樹。
梨穂は膝の上に両手の拳を握り締めて涙している。
「そんな…水樹のお母さんが水樹のために…」
桃子は泣きながら水樹に抱きついて寄り添う。
「うわ~ん! 水樹~! 良かったね!」
柚と杏も涙ぐみながら呟く。
「凄い…凄すぎますね母親の愛情って…」
「水樹先輩を今もそばで見守っているんですね…」
「見守っている…しゅごレボだ…」
水樹が柚に尋ねる。
「しゅごレボ?」
「はい。子供向けのアニメなんですが、あややたちが昔、声優をやってたんです」
「そうだったんだ」
「しゅごレボという妖精が女の子たちを見守るアニメで…」
杏が水樹に話しかける。
「今度、CDとDVDを持ってきますね」
「うん。ありがとうね」
二月四日。スマイリングピース新曲発売日。
冬が過ぎて季節は春へ。
春季大会(団体戦)。上聖高校は順調に勝ち進み、秋の大会で敗れた未来高校との再対決となる決勝戦へ。上聖高校はシングルスで一敗、ダブルスで一敗して追い詰められるが、柚がシングルスで勝利を収める。そしてダブルスのもう一戦。
小川梨穂&佐々木桃子VS西崎憂佳&田村あかり。
桃子がボールをトスしてサーブを打つ。
「それ!」
あかりがフォアハンドで打ち返す。
「はい!」
梨穂がバックハンドボレーで打ち返す。
「はい!」
憂佳がバックハンドボレーで打ち返すがボールが浮いてしまい、梨穂の頭上へ。
「桃子! お願い!」
「OK!」
後衛より前に進みながらジャンプしてダンクスマッシュを打つ桃子。
「いっけえ!」
スマッシュが決まり、上聖高校が勝利を収める。喜び合う梨穂と桃子。
「やった~!」
「よしっ! これで二勝二敗だね!」
両選手がネットに向かい、握手する。残すは水樹のシングルス。優勝の行方は水樹に託される中、空に暗雲が垂れ込める。
石田水樹VS橋本佳林。
お互いに一セットずつ取り、運命の最終セットへ。水樹が劣勢の中、突如として雷鳴が轟いて暴風雨になり、試合を一時中断して皆は更衣室へ。水樹はテニスウェアが濡れた為、着替えようとバッグから新しいテニスウェアを出す。その際に何かが落ちて梨穂が水樹に話しかける。
「水樹。何か落ちたよ?」
その時、窓の外に閃光が走り、もの凄い衝撃音が聴こえる。
「ゴロゴロ…ピカッ!。ズガガガーン!」
「キャー!」
水樹は屈んでおへそを隠して目を瞑る。目を開けてみると足元にへその緒が入った木箱が落ちていて蓋が開いている。そのそばには小さな紙が。
「何だろう…これ?」
拾い上げて紙を見る水樹。
「○○○○年 六月○○日 水樹の未来が笑顔で溢れますように」
「お母さんの字だ…」
梨穂と桃子が水樹に話しかける。
「きっと水樹のお母さんも見守ってくれてるんだね…」
「そうだよ! だから逆転して笑顔を見せてあげなきゃね!」
柚がある事に気付く。
「雷のシーンがあるMVといえば乙女の逆説ですよ! 杏!」
「うん!」
杏がスマホで乙女の逆説のMVを再生する。
「悲しい顔してたら 笑顔を強制しちゃうぞ 分かってるのに 分かってるからこそ」
水樹が笑いだす。
「笑顔を強制しちゃうぞって。あはは。桃子~」
「いやいや…そんなつもりじゃなかったんだけど、まあいいや。あはは」
天候が回復して試合が再開される。
水樹が空を見上げている。
「お母さん…きっと見てくれているよね? 頑張るね…」
水樹の逆襲が始まり、同点に追いつく。
「ハァハァ…よしっ!」
試合は佳境へ。ジュースの応戦が始まり、試合が長引く中で水樹の笑顔に驚く佳林。
「ハァハァ…もうちょっとで優勝だ!」
「ハァハァ…えっ? 疲れて辛いはずなのに…なぜ、笑っていられるの?」
そして水樹のマッチポイント。ボールをトスしてサーブを打つ水樹。
「それ!」
佳林はフォアハンドで打ち返す。
「ハァハァ…負けないもん!」
水樹は前に進んでバックハンドボレーで打ち返す。
「私だって!」
佳林はバックハンドで打ち返すが、ボールが浮いて水樹の頭上へと。
「くっ!」
水樹は後ろに下がりながらジャンプして、ジャンピングスマッシュを打つ。
「届けえ!」
ボールは佳林のサイドを駆け抜けていき、上聖高校の優勝が決まる。
「ハァハァ…やったよ! 優勝だ!」
水樹と佳林がネットに向かい、握手する。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました…優勝おめでとう」
皆の元へと向かう水樹。
「やったよ! 優勝だよ~」
涙ぐみながら水樹を抱きしめる桃子。
「ふえ~ん…水樹~」
涙を手で拭いながら呟く梨穂。
「水樹のお母さんもきっと草葉の陰で喜んでいるよ…」
片目から一筋の涙を流し、呟く杏。
「凄い試合でした…私も先輩みたいになれるように頑張ります」
号泣している柚。
「えっぐ…頑張ってきて本当に良かった…」
皆の姿を見て笑顔の水樹。
「ふふふ」
表彰式を終えて記念撮影へ。
柚がある提案をして、それに答える杏。
「みんなで水樹先輩を胴上げしましょうか?」
「いいね! しよう!」
びっくりする水樹。
「ちょ。マジ?」
皆で水樹を取り囲み、持ち上げて胴上げをする。
「それー!」
水樹が何度も宙を舞う。
「恥ずかしいんだけど…でも楽しいかも」
暗雲は消え去り、雲の隙間からは天使の梯子が差し込む。
家に帰宅した水樹は仏壇の前に座り、母親に笑顔で報告をする。
「優勝したよ…見ていてくれた?」
お参りを終えた水樹は電話機が光っているのに気付く。
「ん? 何だろう?」
歩み寄って確かめると留守電が入っていて、再生してみても無音だが着信時間に気付く。
「15時29分…語呂で水樹だ…お母さん…」
ベッドで眠り込んで夢を見る水樹。
「たいだいま~」
「おかあさん! おそいよ!」
「ごめんね。はい、これ」
「え? なにこれ?」
「忘れたの? お土産を買ってくるって言ったじゃない? 水樹の大好きな苺だよ」
「えっ! いちご? やった~。わーい!」
「ふふふ」
朝になり、目を覚ます水樹。
「そっかぁ…草葉の陰、お母さん、草冠に母で苺…」
ベッドに寝転がりながら苺の漢字を指で宙に描く。
「ありがとう…お母さん」
時が過ぎ、水樹は大学生へと。
大学の教室で講義が始まるのを、音楽を聴きながら座って待っている水樹。
「隣、空いてる?」
誰かが水樹の肩を手でトントンとする。イヤホンを片方外して顔を相手に向ける水樹。
「えっ!」
そこには西田莉奈が立っている。
「どうしたの? 大丈夫?」
水樹は驚きすぎて声も出せずに首を何度も縦に振る。
「ありがとう。誰の歌を聴いてたの?」
「あ…えっと…あの」
「ちょっと聴かせて」
莉奈が片方のイヤホンを耳にはめると、ハロフレに所属するCute Cuteのなないろライトという曲が流れている。
「え? もしかして…私の事、知ってる?」
「はい…スマイリングピースの大ファンですから…」
「ファンの方でしたか。ふふふ」
「はい…」
「そんな緊張しなくてもいいよ。名前、なんていうの?」
「石田水樹って言います…」
「ふふふ。敬語じゃなくてもいいよ。水樹ちゃんね。よろしく。ねえ? お昼、良かったら学食に行って一緒に食べない?」
「そんな…りななんと一緒にお昼だなんて…夢見てるみたい…」
「あはは。学校では莉奈でいいよ」
そして水樹が二十歳を迎えた年。
スマイリングピース初のドーム公演(6月○○日)
水樹、梨穂、桃子、柚、杏の五人がアリーナ席にいる。Wアンコール後のステージにて宮田亜弥が挨拶をしている。
「Wアンコール、ありがとうございます! 続いてが最後の曲になります! 私たちの始まりの歌…一期一会!」
「初めまして あなたと出会えた奇跡 いつか思い出に変わっても 決して忘れないよ」
水樹は一緒に歌いながら幼き頃を思い出す。
「わぁ~ん! おかあさ~ん!」
「もう…よしよし。心配したじゃないの…もう迷子にならないようにちゃんと手を握ってようね」
「初めてのデート お気に入りの服 可愛いって褒めてくれたの 凄く嬉しかった」
「みてみて~。どう? へんじゃない?」
「うん! 可愛いよ。幼稚園の服、凄く似合ってるよ」
「えへへ。やった~」
「一緒に行った夏祭り」
「おいしいね! いちごのかきごおり」
「うん。美味しいね」
「一緒に歩いた紅葉狩り」
「みずきのおてて、こんなちいちゃかったの? もみじみたい」
「そうだよ。生まれてすぐの時のだからね」
「一緒に作った雪だるま」
「ゆきだるま、じょうずにできたかな?」
「じょうず、じょうず」
「一緒に見た桜並木」
「おかあさ~ん! おはなをちかくでみたいからだっこして、たかいたかいして!」
「はいはい」
「わぁ! きれい!」
最後の曲を笑顔で楽しみながら涙する水樹。公演が終わり、最後の挨拶。
「ありがとうございました! 以上、スマイリングピースでした!」
歓声とともに大きな拍手が送られる。
ドームの外に出てくる五人。柚と杏が感想を言い合う。
「凄く楽しかったね!」
「うん! スマイリングピースってほんと最高だね!」
桃子と梨穂が夜空を見上げると満月が。
「満月だ…綺麗…」
「知ってる…確かストロベリームーンだ」
水樹も同様に夜空を眺めて微笑んでいる。
「お母さん…忘れてないよ…大好きなもの…ずっと…」