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14. もう少し


 肉定食は、豚の生姜焼きがメインで、魚定食は、鯖の味噌煮込みがメイン。それぞれに、ほうれん草の白和え、ポテトサラダ、野菜たっぷりのお味噌汁と、大根とキュウリと白菜のお漬物、お替わり自由の白ご飯がつく。日替わり定食のメインは、甘口麻婆ナス。あとの付け合わせは、他の定食と同じだ。

 麻婆ナスは、ナスがとろとろでめちゃくちゃ美味しそうだ。隣のテーブルの親子連れが美味しそうに食べている。


「みかんは、どれにする?」

 周りのテーブルをキョロキョロしながら、みかんが応える。

「麻婆ナス。おナスが美味しそう」

 そう言いながらも、みかんは、別のテーブルに運ばれていく豚の生姜焼きをじっと見つめている。

「じゃあ、僕は、豚の生姜焼きにしよう」

「やった! そしたら、半分ずつわけっこできるね」

「うん。そやな」

 

 生姜焼きと麻婆ナスを運んできた店の奥さんは、テーブルに小皿を2枚置いてくれた。

「これ、取り分け用にどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」「ありがとうございます」

「どういたしまして。両方のお味、楽しんでくださいね」

 彼女はにっこりほほ笑むと、僕とみかんのグラスにお水も注ぎ足してくれた。

 ほほ笑んだ顔は、さっき店の近くでわかれたばかりの、三沢先生によく似ていた。


「美味しかったねえ。野菜たっぷりで、めっちゃ満腹~」

 みかんはすっかりゴキゲンだ。店に入る直前、どこか不機嫌そうだった表情もすっかりどこへやら、だ。

 ぷっくりふくらんだお腹をそっと撫でながら、ニコニコしている。


 美味しいものは人を幸せな気持ちにするのだ。いいかげんな食生活を送ると、日々の幸福感が減ってしまう。

 やはり、レパートリーを増やして、しっかり自炊しよう。みかんに美味しいものを食べさせてやりたい。――慣れない地球の気候で、バテたりしないように。そう思う。


 店を出て歩きながら、僕の頭の中に、不思議な白い部屋で聞いた会話が浮かんでくる。

 隣を歩くみかんは、ふつうに可愛らしい小学生の男の子だ。でも、この子の本当の姿は、一体何なのだろう。

 

 会話から察すると、少なくとも、みかんは小学生ではない。宇宙船に乗って、惑星探査に出るくらいの、それなりの大人のようだ。

 

 2人の言葉が、断片的に浮かんでくる。

(もういいかげん帰っといでよ)

(やだ。それは、やだ。もう少しでいいから、そばにいる)

 

『もう少しでいいから、そばにいる』


 その言葉が、頭の中で響く。


『もう少しでいいから』

 ……ということは、もう少ししたら、いなくなる、てことか?

 そう思うと、なんだか頭と胸の中が、ぐらぐら揺れるような気がする。

 息が詰まるようで、少し苦しい。

 まだまだ、僕は不調なのかもしれない。


 

「今日は、お互い、早く休んだ方がよさそうやな」

 僕は、帰宅してシャワーをすませると、すぐにベッドに入った。

「うん」

 みかんも、素直に自分のベッド代わりの円形クッションの上で丸くなる。お気に入りの、すみっコぐらしのタオルを背中に掛けている。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 お互いの言葉が、なんとなく宙に浮いたように響いた。

 ほんとは、もっと他に口にしたい言葉があるはずなのに、何も言えない、そんな感じだった。

 

  

 その夜、夢の中で、僕は、白いもやの向こうに手を振って遠ざかっていく小さなタヌキの姿を見た。

「行くな! もう少し、おるって言うてたやろ? ここにおってや! どこにも行くなよ……」

 僕は必死で叫びながら追いかけてタヌキを腕の中で抱きしめていた。

 そのふかふかの毛が、鼻の穴をくすぐり、僕は大きなクシャミをして、目が覚めた。


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