第三十層
ダンジョンに到着したがやはり転移の際は眩暈が起きるが、以前と同じようにベードの上で少しへたり気味に休むリュクス。もこもことした気持ちよさを感じつつ、すぐに眩暈は直る。
26階層までは気配を消して駆け抜ける。虫たちに気づかれることなく26階層まで到着。ベードの走る時の音が以前よりも小さくいたように感じたリュクスだが、虫は熱に集まるもいる。そんな相手にはベードの熱源で位置がばれるのではと考えてつつ27層に進む。
蜘蛛達を見つけ識別できるほど近づいたのだが、どうやら隠密中のベードには気が付いていないようだ。
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対象:マウンテンスパイダー
山に住む蜘蛛。
集団的な行動で翻弄し口と臀部から放たれる粘着性の高い糸で動きを封じると
毒牙によって獲物を仕留める
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識別結果からも侮れない相手だとリュクスは思い、ここから上層の相手はもっと強いだろうと考えていると、モイザがいつの間にか降りて蜘蛛達に近づいていた。
「――――!」
モイザが大きな声で何か叫ぶ。こんな大きな声を追出せるのかとリュクスが驚いていると、周囲に散らばって見えていた8匹の蜘蛛がびくりと体を震わせたかと思うと、モイザの前に4匹ずつ二列で並ぶ。
ご主人さまと言わんばかりにモイザが右前脚で並んだ蜘蛛たちに何かするように促す。
「いや、無抵抗なのを倒すつもりないのはわかってるよね?まさかテイムしてってこと?」
「――――!」
「違うんだね。んじゃあ解散してもらってくれる?蜘蛛達とは戦いづらいなと思ってたし、今回はモイザが戦闘を鎮めてくれるなら、戦わずに進もうか。」
モイザの張り切りは意味をなさなかったが、集まった蜘蛛はモイザの号令でまた散っていく。ベードに気配を消さずに進むように頼み、新たに気づいた蜘蛛の9匹の集団がベードの前を囲む。モイザが前に飛び出して何かを言うと、蜘蛛達は綺麗に散っていく。
悪くないが気配消しながら進んだほうが早いと、結局隠密で進みつつ、モイザを慰めながら27階層を難なく突破。ちょうど昼過ぎな時間だとサンドイッチを食べながらリュクスは28階層に突入するがここも蜘蛛地帯。次の29階層も蜘蛛地帯で戦闘もなく突破してしまった。
30層に到着したリュクスはあたりを眺める。森という雰囲気ではなく、ところどころに木々が生えているだけで、何もないスペースが広い。
そして丁度正面にはリュクスの胸元ほどの大きさのカマキリが、鎌と鎌を合わせてシャキシャキ音を鳴らしながらリュクスたちのいる階段側をじっと見つめている。
リュクス達に気づいているわけではなく、ここから冒険者が来ることを理解できるほどの知能があるようだ。
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対象:マウンテンマンティス
山に住む協調性のない蟷螂
常に一匹でいることを望み、己の縄張りを犯すものを両腕の鎌によって切断する
鎌を使って飛ばす斬撃すら強力である
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ギルドの情報で鎌が強力、鎌が危険といくつも書かれて居たが、直接的な鎌を食らわなければいいだけではなさそうな識別結果にリュクスは顔をゆがめる。
さらに用心しないといけない相手だと気合を入れたが、階段位置から識別できるほどの距離ならば、いっそここから攻撃するのもありかとリュクスは考えた。
「フレイム、ランス!」
まっすぐ飛んでいったフレイムランスは、さすがに真正面からの攻撃すぎたか、鎌によって切り払われてしまった。そしてリュクス達をギロっと睨んだ。
「後ろに逃げて!」
「ばぅ!」
正面はカマキリがいるので後ろしかないと、リュクスの指示で階段を駆け下りるベード。29階層に戻ってきたのだが、カマキリが追ってきていた。
「うげっ!?こいつは来るの!?別階層には行けないんじゃなかったの!?」
ボス格のこいつが特別なのだろうが、階段で相手するのは危険だと、29層の森にまで逃げのびたリュクス。ベードがかなりの速さで駆け下りたのにまだ姿が見えている。完全に撒くか、それともこのまま戦うかと悩んでいるとモイザがリュクスに声をかけてきた。
「――――。」
「どうしたのモイザ?まさか、そういう感じで行くの?」
「――――!」
「…気は進まないけど、そうしようか。」
怒りに任せてこっちまで追ってきたならば、上では使えなかった手段を利用しない手はないとリュクスも決意する。上と違いうっそうとした森で、さすがに進みづらいのか蟷螂はそこらじゅうの木をなぎ倒しながら進んでくる。あっという間に木が切れることから鎌の強力具合がうかがえる。
リュクス達を視界にとらえた蟷螂は、鎌を大きく振りかざそうとしたが、そこで動きが止まる。鎌と鎌の根元に糸が絡められ、足元にも糸が絡められて、身動きが取れなくなるカマキリの周りには、蜘蛛達7匹が集まっていた。
蜘蛛達がカマキリを襲った理由はモイザである。近場を通った蜘蛛達に指示していたようだ。糸塗れとなったカマキリに蜘蛛達は噛みつこうととびかかる。
カマキリは思い切り体を回し、少しばかり糸を解きつつ、とびかかった蜘蛛達すらもはねのけてしまった。まだ鎌には糸が絡まり、上手く動かせなくてイラついてるようだ。
その隙にとリュクスは、蟷螂の鎌の形を炎で作ろうとしてみる。握る右手からカマキリの鎌部分と同じ形に炎がまとまった。
「フレイムサイス、かな!そしてヘイスト!」
リュクスはベードから降り一気に蟷螂に駆けよる。絡まった糸をほどこうとする両鎌の根元を狙い切り払った。
叫びにも聞こえた金切り声が聞こえ、リュクスが振り返ると自慢の鎌が切り離されて立ち尽くす蟷螂を目にする。
「とどめを刺してあげるのが優しさかな。ベード、モイザ、フレウ。念には念を込めて手伝って。フレイムランス!」
「ばぅ!」「――――!」「コ!」
リュクスはフレイムランスを、ベードは影の槍先を、モイザは粘土の矢を、フレウは風の矢を放つ。立ち尽くすカマキリは避けることも防ぐこともせず、すべてを受けて消滅した。
悲しいことだが弾き飛ばされた蜘蛛達も消滅していた。蟷螂のドロップを確認した際に、ダンジョンポーチにマウンテンマンティスの鎌が2つだけでなく、マウンテンスパイダーの毒牙が3つ糸玉が4つ収まっていたのだ。
ダンジョンの魔物とはいえ一時的に手伝ってくれた蜘蛛たちに、リュクスは黙とうをささげてから階段に戻る。逃げるために通ってきた道の木々は、蟷螂によってなぎ倒されたはずだが、倒木も切り株も消滅して、通りやすい道となっていた。
そのうち生えてくるだろうが、30階層の木々が少なかったのは蟷螂が切っていたせいなのかもしれないと思いつつ、リュクスは何もいない30階層空間を突き進む。階段の封鎖もなく突破しきり、祭壇に触れて青い炎が灯る。
夕飯前だからとリターンアルターで宿に戻り、受付に出てリプレに待ち受けられているいつもの光景となった。
「お帰りなさい。30階層越えてきたのかしらねー?」
「はい、突破してきました。ただ階段で攻撃当てたら29層まで追ってきたのはびっくりしました。おかげで楽に倒せましたけどね。」
「あらま!?そんなことがあったのね、お疲れさまー。素材換金はするかしら?」
「お願いします。といっても蜘蛛の毒牙3つ糸玉4つ、カマキリの鎌2つですけどね。」
蜘蛛達には世話になったけど、牙はリュクスにとっては使うものではなく、糸玉もモイザの物のほうが断然にいい物だと触れて感じれた。持っていても使うことはないだろう。
「あらま、今回は少ないのね。蜘蛛達は狩らなかったってことなのかしらね。毒牙はめったに落とさないから200リラよ、糸玉は80リラね。カマキリの鎌は1000リラになるわよ。合わせて1920リラね。」
「それでお願いします。」
証明でお金を受け取り、ポーチを受け取り礼を述べたリュクスは、そそくさと部屋に戻る。夕飯も軽く済ませて早めに眠りについた。




