第二十層
翌日は予定通り17層に突入したリュクス。聞いてた通り数匹の馬を見つける。ポニーと聞いていたのだが背中の高さはリュクスの腹上ほど、頭は胸元くらいまである。
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対象:フットマウンテンポニー
山のふもとに住む馬。馬の中では体格は小さい種族である
比較的温厚で余計なことをされなければ、ほか生物に自ら襲い掛かることはあまりない
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聞いてた通り温厚だと識別にも出る。ベードが気配を出して進んでいても、臆せずにじっと見るだけ。リュクスもじっと見てると敵対行動と思われるかと、下手に刺激しないようにさっさと進見始める。
しかしなぜかベードが走り始めると、なぜか馬たちも共に走り始めてついてくる。かなりの速さで、ベードの後ろにとしっかりついてきていて、ベードも困り気味な感じだ。
「一度気が付かれると振り切らなきゃ気配消せないよね。気になるならもうちょっと速度上げる?僕たちは大丈夫だよ。」
「ば、ばぅ。」
乗っているリュクス達が楽なように速度を調整していたベードだが、耐えられるギリギリまで一気に加速する。さすがに追い付けない速度になかったようで、いつの間にか馬たちは見えなくなっていた。ベードも気配を消し、他の馬は近づいても気づく様子はなくなった。
あまり敵対的じゃない魔物と無理に戦うこともないと、気配を消したまま3層全部抜けてもらい、20層へ到着した。聞いてたボス格馬の姿はすぐには見えず、抜けるだけならこのまま気配を消して階層の端っこ通り抜けちゃえばいいのかもと、リュクスは進みきり、予定通り階層ボスに会わずに階段前までたどり着いたのだが、階段の入り口を黄色いテープがふさいでいた。
「痛っ!やっぱダメか。」
リュクスは思わず声が出てしまった。テープをよけて階段のほうに手を伸ばしたはずなのに、静電気のようなバチッとした痛みに手を引っこめる。
ここまでの階層にはなかったものだが、ボスを倒さないと通れない仕組みなのだろう。聞いていなかったものだが、仕方なしとリュクスはベードに頼み、階層の中央にと向かった。
地面に生える草をもしゃもしゃしてる大きな影を発見する。あれがマウンテンブルトンホースかと識別する。
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対象:マウンテンブルトンホース
山に住む馬のとても体格の大きい馬
非常に気性が荒く、他の生き物を見つけるとすぐさま襲い掛かってくる
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ベードより少し背丈は大きく、横幅は完全に馬のほうがでかい。おそらく術法の類は使ってこないからだろうが、タフそうな見た目と、下のポニーとは真逆の性格。とはいえ倒さなければ進めないなら戦うまでだと、リュクスは先制攻撃を狙う。
「2手に分かれよう。僕は下りて戦うね。ここまでの魔物はそんなでもない相手だったけど、あの体格だから油断しないように行こう。」
「ばぅ!」「――――!」「コ!」
リュクスは右手に杖を持ち、フリップスペースを、左手にはフレイムランスを準備し、ベードから降りると一気に突っ込む。馬が気が付いたようだが、馬が動くより先に、リュクスは頭に目掛け思い切り炎の槍先を打ち込んだ。そしてフリップスペースを込めた打撃を打ち込んだ。
「んなっ!ふっとばなっ、うげふっ!」
フリップスペースを受けたにもかかわらず、吹っ飛ばなかった馬は体を翻し、後ろ足で思い切りリュクスを蹴り飛ばした。油断するなといった手前これかと思いながらリュクスは立ち上がる。
馬の蹴りの威力はそれほどでもなかった。しかし頭に突き刺したはずのフレイムランスは頭にやけど跡ができているくらいだ。
馬は完全にリュクスに意識が集中してる。後方からベードが近寄り、頭上のフレウが油弾を放った。
急に後ろから浴びせられた液体に慌てて馬が振り向く。リュクスはすぐさま炎を小さく集めるよう集中した。
「フレイムスフィア!」
「ブルヒィィィ!」
放った炎の球体が命中し、激しく燃え上がり始めた馬が抵抗するようにその場をうごめきまわる。リュクスは追撃のフレイムスフィアを放ち、合わせるようにベードは影の槍、フレウは炎の矢、モイザは粘土の矢をそれぞれ放つ。
囲んで殴る戦法を続ける間、リュクスの炎が消えることなく、ただひたすらに暴れまわっていた馬は、最後はその場に倒れこんで消失した。
体感的には長く戦ってた気がしたリュクスだが、1刻も時間は経っていなかった。タフではあったが苦戦したとは思えない相手だったと振り返る。
無駄に一撃食らってしまったことで、接近戦するなら相手を考えるべきだと。もっとも安全策なら術法による遠距離戦が一番いいだろうと思ってしまった。
ドロップ品を確認するとマウンテンブルトンホースの皮である。これも裁縫とかにいいのかと、モイザに確認したが、使うつもりはないようだ。これもリプレに売ってしまおうと決める。
階段につくと先ほどの黄色いテープは消えていて、普通に上ることができる。リュクスが踊り場の祭壇に手を触れると、蝋燭に青い炎が付いた。
すこし時間は早かったが、昼食のために一度宿に戻ると、受付でリプレと目が合う。素材を売ってしまうなら今がちょうどいいかとリュクスは声をかけた。
「リプレさん、ドロップ品の売却お願いしてもいいですか?」
「あらま、やっぱりお肉売りに来てくれたのかしら?」
「はい。それとマウンテンブルトンホースの皮ですね。これもモイザは使う予定はないみたいなので。」
「えっ、1日半で20層まで超えちゃったの!?ほ、ほんとに早いのね。普通1日かけて1層なのよー?」
「その辺はベードのおかげですね。戦闘しなければあっという間に駆け抜けてくれるので。」
「なるほど、狼くん本当に早いのねー。まぁここまでも早かったものねー。でもそれであの量の素材でしょ?今日も多いのかしらねー。」
「うーん、肉は豚も牛も合わせて646個ですね。」
「な、なるほど、結構な数ねー。見せてもらうわね。豚肉のほうが344、牛肉のほうが302ね。豚肉は1つ50リラ、牛肉は1つ80リラ。ブルトンの皮は500リラね。合計41860リラよ。それで大丈夫かしら?」
「それでお願いします。」
こうしてダンジョン素材をコツコツ売るリュクスだが、金は店の売り上げも合わせるとかなりの余裕がある。また何か買い込むのもいいかもしれないと考えてしまう。
お金を受け取った後は部屋でお昼を済ませてから冒険者ギルドへ。目的は資料室。目的のダンジョン情報のある棚を発見する。ディヴィジョンマウンテンは40層まで、バレーカタコンベのほうは30層まで、それぞれ10層ごとに情報がまとめられてるようだ。リュクスはディヴィジョンマウンテンの21から30層までの資料を手に取る。
21層からは木々がたくさん生えた森のような空間で、20層までの草原と違って視界が悪いので注意が必要と記載されているが、ベードにとってはより気配を消しやすいだろうと考える。
21,22層にはマウンテンアントが生息しているようだ。巣に住む集団タイプではなく、個々生息する習性らしい。接近的な行動しかしないらしく苦戦するような相手ではないそうだ。
23,24層はマウンテンローカストというバッタらしい。瞬発的な動きで飛びついてきて、蹴り飛ばしてくるそうだ。5,6匹の集団で動いてるそうなので、しっかり対応しないとその動きに翻弄されるそうだ。
25,26層はマウンテンイアーウィグでハサミムシのような虫のようだ。動きはそれほど早くないが、口元のハサミのようなアゴは強力で噛まれないように注意と記載されている。
そして27から29層はマウンテンスパイダー。蜘蛛が相手かとリュクスは少し悩む。モイザは平気なのだろうが、同じ蜘蛛を相手にするのはちょっと抵抗があるのだ。集団性が高く糸による絡め手、毒をもつ牙と結構危険な相手のようで油断はできない。
そしてボスとなる30層はマウンテンマンティス、いわゆるカマキリのようだ。その鎌はかなり凶悪なので、薄い装備では下手に食らうことのないようにと記載されていた。
リュクスは自分のローブを見つめる。せっかくのモイザの素材を使ったローブだが、マンティスを相手にする前には切り替えるのもありかもしれないと考えた。
ローブにほつれや切れ目ができたときにはモイザの糸によって修復してもらえてることを考慮すれば、またモイザの糸を使ったローブにしたいともリュクスは思う。商業者ギルドで依頼するか、モイザに頼んで作ってもらうかと悩む。
「モイザはローブって作れる?もうちょっと頑丈なローブを作りたいんだけど、いけそうかな?」
「――――…」
「うーん、作れそうだけど材料不足という感じかな?モイザの糸だけじゃ難しいか。」
強度のある皮が必要かと考える。この街の商業者ギルド直営店でリュクスが見たのは1階部分の必要雑貨的なものだけであった。素材を見に行くのも含めてまた買い出しに行こうと思い至る。
フレウは宿で待機し、レイトとベードとモイザをつれて直営店到着する。商業ギルドは10階建てだが、直轄店は4階建てのようで、素材系は2階に並べられていた。
リュクスはは料理に使えそうな素材を見繕う。果物類が多く、桃、ミカン、梨、さらにはスイカもあり、料理に使えるかは悩んだが、モイザが気になってたようなので買いこんだ。
本来の目当ての強そうな皮素材を見つける。あのフォーアームベアの皮だ。モイザに確認すると2枚もあればローブにできるようだ。1枚2万リラという値段だが、リュクスは財布的には問題なく購入した。
さらに染用に黒の染色剤も購入して宿に戻る。モイザは出来上がるまで宿待機で2日かかるようだ。しばらくモイザなしのダンジョン攻略になるだろうと思いつつ、リュクスは夕飯食べてた後、空間術練習を終えて眠りについた。




