初の宿
二人がギルドについた頃には日は完全に落ち、街灯の明かりは魔法の明かりで濃い赤に光り輝き道を照らす。ギルドに入った二人だが、すでに受付に人はいなかった。
「日が落ちると受付はいなくなるが、呼び鈴があるだろ、ならせば誰かしらは来る。まぁ呼ばれるまでは、奥で休憩してたり、寝てたりするから、不機嫌な対応になっても、そいつを怒らないでくれよ。遅いやつが悪い。急用じゃなきゃ、日が落ちたら次の日にするべきだ。そのほうが受付の身としてはありがたい。」
「了解です、そうしますね。」
「あぁ、そうしてくれ、とりあえず証明を出してくれ。」
リュクスが言われるままに証明を出すと、ドーンも証明を取り出し重ね合わせた。
「冒険教官として、アタックラビット3匹の討伐を確認、ギルド依頼戦闘指南の終了だ。報酬1000リラを受け取れ。」
「え、そんなに?あんな兎3匹でもらっていいんですか?」
「あぁ。ただ素材は戦闘指南をした俺が3匹分もらうことになってる、それは問題ないか?」
「はい、おそらくですけど3匹分の素材じゃ、1000リラもいかないのでしょう?」
「あぁ、よくわかってるじゃねぇか。アタックラビットじゃ質のいい素材状態で露店でうまく売ったとしても一匹分で30リラ行けばかなりいいほうだな。この受け取った炭だって識別したが、正直どう扱うのか、俺にはわからん。だが初回の冒険者への軍資金の意味も含めて渡すことになってるんだ。」
炭の使い道なんてリュクスにも当然わからないことだったが、お金のほうは初回ボーナスのようなものなのだと納得しつつ、リュクスが証明を見ると記載が増えていた。
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リュクス
冒険者ランク:H
職:テイマー
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【不可視】
リュクス・アルイン
歴:18
金:1000リラ
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「あの、証明の見えないところにリラの項目が追加されてるんですが。」
「それは初めからある機能だからな。特に申請しなくても金が入った時点で記入される。」
「そうなんですね。ありがとうございます。」
「それよりもだ、俺はさっきの証明を重ねたことでお前の戦闘指南をしたことが記録されてる。どうやらお前が教官評価を満点くれたおかげで俺にも5000リラが入るからな。俺のほうこそ感謝するぜ、戦闘指南は基本3000リラなんだからよ。」
「え、教官評価って何ですか、聞いてないんですけど。」
「ははは、そりゃ言ったら評価の基準が変わっちまうからな。そもそも指南相手がわざと高く、低く評価しないように、戦闘指南の終了まで評価があることを教えられないんだ。報酬1000リラ渡した時点で指南相手の思うままに評価が決まるんだ。ただまぁ、大体が普通の評価だからな。他のやつにはそんなのがあることはまず言わねぇよ。」
「それも証明の力なんですか?」
「あぁ、依頼達成報酬の上乗せってやつだな。ギルドから報酬が出る場合に上乗せるかを判断するために証明を持つ者同士なら依頼相手の満足度をはかれるらしい。どういう基準かは詳しくは俺も知らないけどな。」
リュクスはそのまま証明を見つめる。内心まではかってしまうというのは危険にも思えたが、冒険者ギルドには必要なことで、異世界なのだからこそ作り出されたのだろうと一人納得した。
「おっと、あんま長々話すと闇の刻になるな。隣の大通り挟んだ宿なら受付の水晶に証明払いするようになってるからな。」
「闇の刻、ですか?」
「おいおい、時間についても知らないのか?今俺から話す時間はねぇな。闇の刻になると街灯も消える。月明かりはあるが夜目が効かねぇと危険だぞ?かざせば100リラでいつでも入れる。水晶から鍵が出てくるから番号を見るといい。今日は人は多かったがまだ空いてるだろう。」
「わかりました、ありがとうございます。また明日来ます。」
「あぁ、そうしてくれ。」
軽く手を上げて挨拶しあうとドーンは受付の扉から奥の部屋へ入り、リュクスはギルドを出てさっそく宿に向かう。人通りがなくなった大通りを渡り横にもでかい5階建てほどのでかい宿に入る。カウンターに濃い青の水晶が3つおかれている。どれでもいいのかとリュクスは一番右の水晶に証明をかざす。
水晶に文字が浮き出てきた。客名リュクス期限3日後の闇の刻まで部屋番504、それだけの単純な内容だ。そして水晶から濃い青の長方形のキーホルダーのようなものが出てくる。どうやらそれが鍵のようで504と書かれている。まるで水晶から生み出された小さい水晶のようにも見えた。
受付隣はすぐ階段でその横に見取り図がある。外から見た通り5階建て、1階ごとに16部屋あるようだ。5階まで登れば左には501と書かれた扉、右には516と書かれた扉がある。
リュクスはちょっと好奇心で、516の扉の取っ手に手をかけてみる。しかし取っ手がびくとも動かない。リュクスは結構力をかけているはずだが、下にも上にもどうにも動かず、当然扉が開いたりもない。だがこれなら間違えた部屋に入る心配はないなと安心もした。
504の部屋の扉には鍵の差込口も何もないが、取っ手は簡単に下げることができて、リュクスが扉を開くのに力は全く必要がなかった。リュクスの持つ鍵に認識機能がついているようだ。
ベッドの横のランプには街灯と同じ赤い明かりがついている。それだけで部屋中はかなり明るい。窓はあるがカーテンはない。しかし外は完全に暗くなったようで明かりが差し込んできたりもしていない。
室内はシングルサイズベッドに四角机と背もたれのある椅子。鎧かけまで入ってるクローゼットに、小さな個室の洋式トイレがあった。流す取っ手などがないがどうなっているのかとリュクスが便器の中のぞくとそこのところで透明の何かがうごめいていた。
リュクスはみなかったことにしてどうしても催したら使おうとトイレを出る。ローブを脱いでクローゼットにしまいこんでおく。ローブの下は麻布のパンツと服。元リュクスのパジャマだが着心地的には問題ないようだ。
この麻布上下姿はこの世界では別段変な恰好なわけではない。大通りを歩く人々の中には今のリュクスと同じ格好の人もであるいていたからだ。貧相な見た目というほどではないが、もう少しいい格好をした人のほうが多く、防具として皮鎧やローブを着ている人も歩いていた。
神からもらったものではあるが、リュクスはこの麻布インナーもそのうち変えようと決める。茶色のローブ以外でうろつくよりももう少し私服っぽい姿でうろつきたいと思ったからだ。ふと脱いだローブを見つめる。一日だけで草の跡などでほんのり汚れている。
道行く防具を着た人たちも汚れてなかったわけではないが、リュクスとしてはこういう汚れたままは少し気になってしまったようだが、それでも麻服よりもこれのほうがいいだろうと明日も着ていくことにきめたようだ。
リュクスが思い切ってベッドに背中からダイブイン、バネがしっかり入っているようで少し弾む。安い宿だが寝心地はわるくないようだ。時間としては半日も動いていないかもだがリュクスにとっては何より新しい体験だらけで楽しい時間だっただろう。とはいえまだすこし眠気がたりないようで、机に置いた部屋の鍵を識別する。
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対象:南端の街簡易宿504号室の鍵
所有者:リュクス・アルイン
有効日数:3日
呪い:所有者にしか扱うことができない
有効日数が0日になった際、闇の刻と同時に消滅する
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呪いという項目を見て少し不安に思ったリュクスだが、別段体に異常をもたらすようなものではない。むしろ勝手に鍵が消えるという呪いをみて、もし消えた後も部屋に居たらどうなるのかと考え部屋を見回すと、部屋の扉に看板が付けられているを見つけ、ベッドから立ち上がった。
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注意
鍵の消滅後に室内にいるお客様には延滞料として一刻が過ぎるごとに1000リラ必要となります。
お支払いが済まない限り扉が開きません。
2万リラの延滞金が発生した時点で強制退去となります。
強制退去後に即座にお支払い頂けない場合犯罪歴に加えられます。
滞在延長したい方はこちらの看板かまたは受付水晶に証明をかざしてください。
1度かざすと100リラが支払われ有効日数3日分が追加されます。
ごゆっくりとおくつろぎください。
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看板には注意事項が書かれていた。鍵は別に返す必要はなく勝手に消えるが、延長したいなら鍵のあるうちにこの看板にかざしておかなくてはいけない。
不安をあおる文章にリュクスも気を付けなければいけないと思ったが、この街にどのくらいいるか決めているわけではない。すぐに出発する可能性もあるので、今は延長しなくていいだろうと改めてベッドにダイブインした。
少し横になっているとリュクスにちょうどいい眠気が襲ってくる。ランプの明かりを消せば外から入る光も薄い月光だけになり、ほぼ真っ暗闇の世界になる。リュクスの意識は眠りにつく。異世界初めての睡眠となった。
7/19 アタックラビットの値段の件など一部修正をくわえました