四腕熊
今日はいよいよフォーアームベア戦だと、リュクスは改めて気合を入れる。戦いの後そのまま北熊壁街を目指す予定で旅支度を済ませた。
北と南の熊壁街間の森には街道は敷かれていない。熊たちのせいで街道を敷くことができないのだ。馬車は森を囲う壁を大回りする街道はある。
リュクスは方位磁石を直轄店で購入しておいたが、ベードも方角をわかっているようなので、念には念をといった準備ではある。
リュクスが向かう四腕大森林は東西方面に広く、南北方面は東西のおよそ半分ほど。ただし、南北の熊壁街へまっすぐ進むと、ちょうど森の中央に鎮座する熊と出くわすことになる。
中央にいるフォーアームベアこそ、森で一番に強い個体であるというのが、ギルドの資料に書いてあった内容だ。最強格と戦うのを避けて、違う熊の縄張りを通るのも一つの手ではあるだろうが、縄張り範囲は確認できていないため、森の中を大回りするルートになる。
南熊壁街の北門は内側に門兵が立つ。リュクスが軽く尋ねると、この門は時々森側からの攻撃で軋むので中で守っているとのこと。門兵が常に見張り、門への攻撃がやんでからも2刻ほど待たないと、門の開閉は行われないと説明された。危険だと思ったならすぐに帰還石を使うようにと、リュクスは門兵から一つ渡された。
説明を聞いて今まで聖域の壁や門を仰々しいと思っていたリュクスだが、必要な圧だったのかと改めて認識する。今は門への攻撃は来ていないようで、街中からベードに乗って準備する。ベードに乗った姿に門兵は緊張気味な目を向けながらも開門する。
帰還石が必要なら今後は購入するようにと門兵に付け足されたが、戦闘中でも使える緊急脱出手段なのだろう。リュクスは用意していなかったので、本当に危険なら使おうと考える。時空術があるからと買い忘れていたのだが、術法ではいざというときにはすぐ使えないのだ。
門を出たリュクスは受け渡された帰還石を識別して確認する。
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対象:帰還石
帰還の術式が込められた魔道石
手にもった状態で帰還と声を発すれば発動し、その所持者とパーティー登録したメンバーが帰還場所へと転移する
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なるほど便利な道具だと、リュクスはすぐ取り出せるようにローブのポケットに入れつつ、森の中にと意識を集中させた。まだ壁の近くだが、いつ熊に襲われてもおかしくないのだ。
ベード自慢の速さはどこに行ったのかというほど、ゆっくりと1刻ほどをかけて北にと進んだだろう。ベードがいつも以上に低い姿勢になり唸り声をあげる。フレウとモイザもベードの視線の先を注視した。
刹那、ベードが思い切り横に飛びのいた。先ほどまでベードのいた場所を、ベードよりも2周りは巨体な熊の、大きな二つの左腕が地面ごと切り裂いていた。
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対象:フォーアームベア
前の腕部分が左右二本ずつの四本腕に分かれた熊
凶暴性が高く目についたものを襲う
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即座に識別したリュクスだが、識別結果はあてにならないと、ギルドの情報を思い出す。術法の基本属性はそれほど効き目がなく、術法を使うなら氷か雷で攻めるのがいいと記載されていたが、今のリュクス達ではレイトの雷以外に対応属性はない。
レイトが参戦するかは気分次第だ。リュクスはできるだけ自分たちでやるんだと気合を入れる。予定通り、熊が殴ってできた隙をついて、フレウは油弾を発射した。
「グルァ!」
熊は乱暴に左腕の一本で油弾を振り払う。回避行動をとらずに防ぐのかと驚きながらも、リュクスはすぐさまフレイムボールで追い打ち。フレウも合わせてフレイムボールを放つ。
「グラァ!」
熊も対応して右ストレートの2連打で炎弾をかき消してしまう。すかさずベードが影術を、モイザが糸をとばして、二匹で熊を拘束する。
だがそれも無駄に終わり、拘束はあっさりと力で引き裂かれる。それでもリュクスは十分時間を稼いでくれたと、クイックアップを拘束を解く隙にかけ、相手との距離を引き離す指示をベードにとする。
「クイックアップをかけたから効果時間に注意して!ベード一気に離れて!フレイムウェーブ!」
接近戦するべきではないと、リュクスはフレイムウェーブで少しでも足止めを試みる。熊は乱雑に腕を振り回して炎の波をかき消そうとしたが、左腕の油に引火して腕部分が炎上し始めて、さすがの熊もほんの一瞬怯んだ。チャンスだとリュクスも従魔たちも一斉に攻撃を始める。
「フレイムランス!」
「バゥ!」「コ!」「――――!」
リュクスは投げ当てで貫通力のあるフレイムランス。ベードも影を槍先のような形状に3つほど固めて飛ばす。フレウはフレイムボール。モイザは粘土の礫弾をそれぞれ一斉に発射する。さすがに防ぎきれないだろとリュクスは思ったのだが、熊は燃えた腕も気にせずに、四つ腕をクロスさせてガードの体勢をとる。
まっすぐと飛ばしたリュクスのファイアランスとフレウのファイアボールは腕に命中し霧散する。モイザの礫弾は体全体に命中したが全く動じず、ベードは影の槍先を操り、ガードの下を潜り抜けて突き刺さした。
「グガァ!」
「ウゲッ!全然効いてねぇ!」
攻撃が止んだのに気が付いたのか、熊はガードをといて雄たけびを上げる。腹に突き刺さった影の槍先に繋がった影を引きちぎり、突進する体勢を取るのを見て、リュクスは慌てて魔法を放つ。
「フレイムウェーブ!」
火の波がぶつかっているはずなのだが、熊は勢いに任せて、気にも留めず6脚歩行で突進し続ける。
「フレイムウォール!」「――――!」
突進上にフレイムウォール、さらに手前にはモイザのクレイウォールもでき上ったのだが、どちらもあっけなく破壊される。ベードも完全に逆を向いて逃げてたのだが、熊の突進のほうが早く追いつかれてしまう。
「クッソ!はじけ飛べ!フリップスペース!」
今にも飛びつかんとする熊に向かって、リュクスはフリップスペースを飛ばしあてるイメージを浮かべ、慌てて対処したのだが、フリップスペースの発射はうまくいったにもかかわらず、熊の勢いは衰えず、熊の腕がリュクスたちを捕らえそうになる。その瞬間、ベードがわざと翻り、リュクスの盾となっていた。
「ギャイン!」
「ぐっ!ベード!!!」
リュクスがベードの上から地面に転がり落ちたが、今のやられ方はまずいんじゃないかと、リュクスはベードに目線を向ける。
ベードの手当てなんて言ってられる状況ではなく、すでに熊はとどめを刺さんと腕を振りかぶってるのだが、その状態でじっと下を見つめ止まっていた。
「レイ、ト?」
「キュ。」
ベードと熊の間にはレイトがたたずんでいた。明らかに熊どころかベードよりも小さい体なのだが、近寄りがたい気配をはなち、リュクスですら威圧感を感じる。
むしろ熊が少し後ろに身じろぐ。リュクスはその様子にハッとしてベードにと駆け寄る。意識はあるみたいだが傷がひどい。
リュクスと同じように飛ばされていたフレウとモイザも近寄ってくる。モイザはポーチから作ってあった痛軽の水薬を傷口にかける。リュクスもヒーリングハンドで手当てしつつ、レイトと熊のほうに目を向けた。熊は明らかに迷っている。振りかざした手を振り下ろしていいものかと。
「グッ!ガァ!」
「きゅ…」
熊が意を決したようにレイトに向け腕を振りかざそうとした瞬間、熊の頭上から雷鳴が落ちた。バリバリドゴン!というてつもない音と光に、リュクスは思わず一瞬耳と目を塞いでしまったほどだ。見開いた先にはレイトだけしかおらず、熊のいただろう場所は黒ずみ跡が残っていた。
「レイトってやっぱり…」
「きゅ。」
「そっか、今はそれよりベードだね。この傷じゃあ戻るも進むもできないもんね。一度家に転移させるよ。悪いけどモイザ、看病頼める?」
「――――。」「コ!」
「フレウもいくのね。よし頼んだ!リターンロケーション。」
3匹を自宅帰還転移させ、残ったのはリュクスとレイトだけになったが、リュクスは方位磁石を確認し、向いたのは北方面であった。
「きゅ?」
「ん?わかるよ。戻らないのかっていいたいんでしょ?でもすすむよ。」
リュクスは南の魔物たち相手に特訓したとしても、熊相手に自分たちだけでは勝てないと考えたのだ。レイトいてこその勝利だ。だからこそすぐに先に進み、更なる特訓をしようとリュクスは思った。
もちろん反省点もリュクスにはあった。ベードにクイックアップをかけたのにもかかわらず、熊に追いつかれたのはリュクスたちに気を使ったのが原因だろう。完治したらもっとベードに乗ることにみんなで慣れないといけないとリュクスは考える。
そもそもリュクス自身もまだまだ戦闘経験が少ないのだ。もっと経験を積み、スキルを磨かなければいけないと自身の手を見つめた。
「レイト、今回はありがとう。でもまた頼らないといけない事態にならないように、できるだけ追いつけるようにするよ。」
「きゅぅ…」
「無理だろっていいたいの?そうかもしれないけど。目標はとりあえず今のレイトだからね。僕の予想だけど、スキルはまだまだ偽装してるんでしょ?」
「きゅ…」
「いいんだよ、偽装したままで。そのうち僕にも見せていいって思う時が来たらでいいから。」
「きゅ。」
「そうだね、しゃべってないで他のくまが来る前に抜けちゃおうか。」
レイトがリュクスの頭上にと飛び乗り、リュクスは北熊壁街を目指して、森林の中を急ぎ気味に進み始めた。




