戦闘訓練
冒険者ギルドの横にある北門へと続く大通りに並ぶ露店は、すでに商品も店員の姿もなく、武具を扱うだろう店もほとんどが入り口を閉めている。
リュクスはそんな光景をちらちらと見ながら歩いていたが、いつのまにか石壁にある門へとたどり着いていた。
その大きな門に目を奪われていたが、ドーンに言われるままに門の横に備えられた受付口のような場所へすぐに移動する。
受付口の中には鉄鎧を着た兵士風の男が一人しかいなかったが、ドーンが軽く挨拶すると、置いてある青い水晶に証明をかざした。リュクスも同じように証明をかざし、大きく開いたままの門から外に出た。
この街の北門は流通で一番使われる門で、馬車が三台並んで通れるほどである。
槍を持つ、受付口の中と同じ格好の兵士風の二人が門の外の両端を守っていた。少しそれを見てリュクスは緊張したが、すれ違いに草原からぞろぞろと街に入っていく人々に意識が向く。
「これ以上暗くなると、南兎平原でも初めての奴にはあぶねぇのが出るからな。もう店なんかはほとんど閉まってただろ。いろいろ見れないだろうけど、こんな遅くに来たお前が悪い。というわけで、少し急ぐぞ。」
ドーンはずしずしと早歩き気味に、街からまっすぐ続く石畳を歩きながらリュクスに軽く説明を始めた。
「この街道の石は教会やあの街壁にも使ってる石でな、聖域としての力のある石だ、聖域って言ってわかるか?」
「えっと、魔物などが寄ってきにくくなってて、人が過ごすための区域、ですかね?」
「あー、まぁそんなとこだな。教会があのでけぇ崖壁に埋まってただろ。あの崖壁の素材は聖域の力が込められててな、安全にしたい場所にはよく使われるんだ。残念ながら、万能というわけじゃないがな。」
「万能じゃない?」
「あぁ、魔物が聖域素材に触れると、著しく弱くなるといわれてるが、俺としては誤差だな。過信するのは危険だ。この街道にだって魔物が乗ってくることはある。まぁ、街道の聖域の力は弱いが、街の壁のほうは強いぜ。ドラゴンが降ってきても崩れなかったほどだとさ。」
ドラゴンとはまた壮大だと思ったリュクスだが、ここはファンタジーな世界なので実際にあった話なのかもしれないと考え直した。
「おっと、くっちゃべってる場合じゃねぇな。草原のほうを見ろ。地面が盛り上がってるだろ。」
ドーンが指をさすのは街道から結構離れたところだったが、確かにほんのり地面が盛り上がって、そこだけ草がない場所がちらほらと見える。
「あそこにアタックラビットってのが潜ってる、見境なく突撃してくるあいつらが、この草原の問題児だ。何を思って突っ込んでくるのやらな。ただあいつらははっきり言って弱い。なんかの拍子に街道に入っただけで、震えて気絶するようなのもいるくらいだ。」
「ラビットってことは、兎なんですよね。」
「そうだな、でも兎じゃ魔物じゃなく動物だな。んじゃいくぜ。」
ドーンはずしずしと草原に入っていく。リュクスも追うように草原に入り、一つの盛り上がった土に近寄ると、ガサッという音とともに、くるぶしほどの大きさの兎が土から出てくる。
「よし、自由に戦ってみろ。他のが来そうになったり、危なかったら助ける。」
「えぇ!?」
説明からして初心者向けの魔物とはいえ、まさかの自由戦闘宣言にリュクスは左手にずっと持ち歩いていた一メートルほどの杖を両手に握って構える。
彼はVRゲームプレイヤーで、リアルでは戦闘経験などなかったが反射神経は悪いほうではなかった。
ダダッと兎が駆け寄ってきて、そのままリュクスに向かって飛びついてくる。血走ったような赤い目を持つその顔に、相手の勢いも利用して杖を叩きつけた。
「ギュ!」
兎は悲鳴とともに地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。まさか一撃で倒せたのかとリュクスは識別をかけてみる。
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対象:アタックラビットの死体
顔面強打による一撃で召天したため、肉体の素材状態が良い
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薄青く透明なボードが現れて、目の前の兎の状態が簡潔に書かれている。
リュクスから見て兎の顔はぐちゃぐちゃだ。グロいのが苦手な人はきついだろうが、そういった映像にも見慣れている彼にとっては、リアルでも特に何とも思わなかった。
兎を叩きつけた感触も、生物を殺したという実感もあったが落ち着いたままでいられたのは、神から与えられた耐性の一つである。
「見事なもんじゃねぇか。杖持ってるから術法使いたいとわめく他の来訪者の奴らと同じかと思ったんだが、近接戦闘訓練したいって言ってただけのことはある。」
「えっと、ありがとう?」
少しこそばゆくなったリュクスだが、ドーンはすぐにアタックラビットの死体を指さした。
「さて、倒した魔物はどうするかってのは知ってるか?」
「えぇと、その肉体全部をギルドに提出して素材にしてもらったり、その場で解体して自分で素材にしたり、ですかね?」
「ほぉ、大まかにはその通りだ。解体はその場だと危険だから、街道横なんかのセーフエリアで行ったりもする。一応聞くが、解体のスキルは持ってるか?」
「いいえ、持ってないです。」
「そうか。解体のスキルがあればスキルアーツで触れずに解体もできるが、おすすめはしない。なぜなら素材が少なくなっちまうからだ。この兎なら、こうやってナイフを使えば皮、肉、足、余すことなく入手できる。」
ドーンは倒した兎を小さなナイフで手慣れたように解体した。
何をどうしていたのか、あまりの手さばきにリュクスにはわからないほどだ。そしてドーンが腰に下げた革鞄から革袋を取り出す。
「死体を持っていく場合は、こういうアイテムポーチを持っていればそれに入れるといい。この鞄も袋もアイテムポーチなんだぜ。ちなみに俺が袋に分けてるのはわかりやすくなるし、なにより多く入れられるようにだ。」
ドーンはカバンを広げ中を見せるが、リュクスからはカバン内に仕切りがあるだけで、中身はしっかりと見えなかった。
「鞄は分割されてるが量が入りにくいから、袋に入れておけばスペースを取らなくなる。逆に袋は量が入るが、あんまりごちゃごちゃ入れると後で仕分けづらい。一つ一つイメージして手を突っ込めば袋から出せるが、何入れたか忘れたら一気に出す羽目になるだろ?俺だとこうやって解体したら、その種族の素材は一つの袋に入れておく。あとは袋ごと鞄にしまって、あとで種族ごとに袋から素材を出すってわけだ。 」
「なるほど、いい使い方ですね。」
「まぁ今はお前はアイテムポーチ持ってないからな。いったん俺が預かるが、問題ないか?」
「はい、ありがとうございます。」
「良いってことだ。俺だから今はいいが、普通は預けたりするなよ?さて次だな。今度は俺が指示するようにやってみてくれ。」
「はい。」
リュクスはドーンの指示通りに、まず息を殺して草原と一体となるほどに体をかがめて進む。土の中に兎がいることを意識し、気づかれないように音をできるだけ立てない。
そして感じ取る。足元の盛り上がった土の下に兎がいることを。リュクスは杖を縦に持ってその土へ突き刺した。
「ギュ!」
土の中からかすかに兎の悲鳴がしたので、リュクスが掘り起こせば兎の死体が出てきた。
あまりのあっけなさ。土が威力を緩和しただろうに、兎たちの弱さがよくわかっただろう。
「センスあるじゃねぇか。今のは冒険者としては必須と思ったほうがいい。どんどん練習するといいぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
「この兎のような鈍いのに対しては今くらいのでいいだろう。だが、狼みたいに嗅覚の強いやつ、蛇のように熱で相手を見るやつには、その程度の付け焼刃は通用しないからな。」
リュクスはその通りだとうなづく。気配を消すスキルだって持っていないのだから。
「さーて、次だ次だ。仕留めたのをこれで解体してみろ。ナイフは貸してやる、指示通りやってみろ。」
「はい。」
リュクスは言われるままにナイフを手にして、まずは四つ脚を切り取る。兎の首に刺し、腹沿いに一気に切り裂いたら、皮と肉の間に刃を入れる。
面白いように皮が取れたが、肉のこびりつきがあるのがわかる。
「ふむ、まぁまぁだな。練習しとけよ。次はそうだな、攻撃を一発受けてみろ。」
「う、了解です。」
リュクスは一瞬不安になったが、攻撃を絶対受けないなんて冒険者ではないと覚悟を決めた。今度は気配を消そうとせずに盛り上がった土に近づく。
そして出てきた兎は、やはり躊躇なくリュクスに向かって突進してくる。少しおじけづいたが、リュクスはよけずにそのまま受けた。
「ぐっ!」
リュクスのお腹に激突した。かなり痛かっただろう。だが屈んだりするほどではなく、少し顔を歪めた程度。そして腹部に激突後、跳ね返った兎は再びリュクスに突進してくる。
今度のリュクスはそのままは受けなかった。体にぶつかった瞬間に捕まえてしまったのだ。
ただ、今もなお兎は両手の中で暴れていて、ほんのり痛い。しかし毛触りは心地よく、手つきがモフモフしてしまっている。
「へぇ、根性あるじゃないか。それじゃあ、そのままちょっと面倒なこと試すか。杖持ってるんだし、遠距離戦闘の指南も受けたいなら、なんか術法のスキルは攻撃的なの持ってるんだよな?」
「え、はい。火術のスキルもってます。」
攻撃的なのと聞かれ、すぐ浮かんだのは火術だった。鍛えれば時空術も攻撃に使えるだろうが、すぐは無理だと考えた。
「良いの持ってるな。じゃあそいつを燃やそうと念じてみろ。」
リュクスはじたばたする兎を見つめてしまい、少しかわいそうだと考えてしまう。手の中でうごめく様がかわいく思えてきたのだ。
しかし割り切って冷血に行くしかないと切り替え、燃えてしまえと念じた。
「うのわぁぁぁぁぁ!?!?」
「ギィィィ!」
リュクスが念じた瞬間に兎が燃え上がる。ついでにリュクスのローブの袖口まで燃え上がってしまった。
「おぉぉ!ウォーターボール!」
慌ててドーンが魔法を使い、大きめの水球が空中から現れて炎に向かって思いっきりバシャリという音を立ててかけられる。
そのおかげで兎を中心として起こった猛烈な炎は鎮火し、リュクスはその場に跪いてしまった。握った手には燃えカスの炭の塊が残っていた。
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対象:アタックラビットの炭
強力な火によって炭化した、アタックラビットの一部
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「あ、焦った。思わず動けなかったや。」
「いや、焦ったのはこっちだぜ! 火術って言ったじゃねぇか、炎術の間違いじゃねぇのか?初めの火術なんて、アタックラビットでもちょっと焦げ跡つけばいいほうだ。来訪者の他の奴も、こんくらいの火球飛ばせて喜んでたくらいだぜ?」
ドーンは親指と人差し指で目玉くらいの大きさを作って見せる。それくらいが普通なら、初めでこんなことになるなど思いもしなかったのも無理はないとリュクスも落ち着いた。
「今のどういうことなんでしょう。」
「いや俺に聞かれてもな?なんかスキルの影響か?」
「火が強くなるっぽいスキルは持ってないんですけどね。」
「はぁ…まぁいい。まぁいい。魔素切れは起こしてないか?立てるなら大丈夫だろうが、つらいなら素直に言ってくれ。」
「いえ、大丈夫です。立てます。」
「そうか。そうやって自己判断できるのはいいことだ。だがそれだけ強い力があるなら、魔素切れには気をつけろよ。」
「その、魔素切れっていうのは、どういうものなんです?」
「まぁ魔法を使いすぎたときに起きる現象だな。だるくなったり眠くなったり、力が入らなくて立ち上がれなくなったりする。戦闘中にそんなことになったら終わりだぞ?お前がどんくらい魔法を使えるのかはわかっておかないとな。 」
そう言われても、リュクスにとっては今が初めての魔法なのだからわかるはずもない。自分の体にどんな変化が起きたのかもわからない。
困惑するリュクスに頭をかきながらドーンは声をかけた。
「あー、とにかくだ。立てて歩けるなら帰るぞ。遠距離戦闘の訓練はあんまできなかったが、あんな炎を出せるならできるだろ。慣れるまで付き合いたいんだが、これ以上暗くなるとレイスラビットが出てくるからな。」
「幽霊系ですか。苦手なんですか?」
「バカ言え、怖いとかそういうんじゃねぇ。実体がないから倒した感触がしないんだ。肉体がないから物資的なドロップも期待できねぇし、何よりここは無駄に弱いのに数だけは多い。厄介だろ。」
ドーンに先ほどの素材を入れた袋をちらつかされ、リュクスも何となく納得する。
もっと強いレイスなら何かドロップがあるかもしれないが、この兎の霊体では期待値ゼロだろう。
「それは厄介ですね。帰りましょう。」
リュクスもおとなしく街道まで引き下がり、街へ帰還した。門の前まで到着したが、すでに大きな門は閉められ兵士もいなくなっていた。
しかしドーンが水晶の受付に証明をかざすと、門ではなく、受付横の体格の大きい人でも三人は同時に通れそうなほどの扉が横開きに開いた。
ドーンに続きリュクスも水晶に証明をかざして扉を通り過ぎると、ほぼ同時に閉まっていく。まるで自動ドアだ。このドアは証明から個々を認証していて、問題があった場合は警報が鳴る仕組みのようだ。
元の世界で見たような仕組みが魔法で行われていることに感心しつつ、リュクスは町中へ帰宅した。




