ランダムで選ばれたのは
「では、まずはこちらをお渡しします。」
リュクスの前に、薄青く透明なボードが現れる。一番上にはリュクス・アルインの名前が刻まれており、他には職業を記す一行の欄と、スキルを記す大きな欄がある。もちろんどちらも空欄のままだ。
「それは職業ボード。この空間に来訪された方に貸し出す力の一つです。それを使えば、あなた自身の職業とスキルが分かります。今後、識別のスキルを得れば、自身を識別することで、それと同じような情報を読み取れるようになります。」
「なるほど、これで覚えたスキルを見ていけばいいんですね。」
「その通りです。それでは職業とスキルを授けます。」
リュクスの足元に青い魔方陣が展開され、体の周りに青白い光が瞬き始める。そして、ボードには授けられた職業とスキルが記載され始めた。
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職業:〈テイマー〉
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スキル
発現〈料理〉〈集中〉〈火術〉
付与〈テイム〉〈識別〉〈看破〉〈従魔待機〉〈地形調査〉〈生命探知〉〈痕跡調査〉
統合〈看破〉〈地形調査〉〈生命探知〉〈痕跡調査〉⇒〈六感分析〉
付与〈時術〉〈空間術〉
統合〈時術〉〈空間術〉⇒〈時空術〉
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魔方陣は残っているが、体の周りの光は消えていた。結果として、付与されたはずの9つのスキルが統合されたとはいえ4つに減ってしまい、リュクスは困惑する。すると、様子を見ていたイリハアーナ様が語りかけてきた。
「予測通りあなたには統合するスキルの発現がありましたね。」
「発現した料理とか集中はなんとなくわかりますけど、火術って何ですかね。僕は手から炎とか出してませんよ?」
「おそらくですが、頻繁に火を使って料理をしていたのではありませんか? たしか、あなたの世界には電気を使って熱を生み出す料理法もあるはずですが、火を使っていたことで、その恩恵が現れたのだと思います。」
「そんなんでもなるんですね。」
「火に近づくということは、火を知るということですからね。」
リュクスの家で唯一こだわっていたのがキッチンだった。最近では珍しく、電化せずにガスの炎を使っていたのだ。そのほうが料理をしている実感があり、ご飯もおいしく感じる。そんな理由だったが、思わぬ恩恵を受けることになったようだ。
「えっと、もらったほうのスキルについて教えていただいても?」
「わかりました。一つ一つ説明していきましょう。
識別は今も見ていただいてるその青い画面で見たいものの情報が識別できます。
ただし相手によっては識別阻害されることもありますね。
従魔待機は待機とは言いますが、従魔を一定の場所で自由行動させるスキルですね。先だって細かい指示をしておけば狩りとかもしてくれますよ。
六感分析は魔力生命を感じる生命探知と、足跡や自然の状況から相手をたどる痕跡調査と、地形によって歩き方を変えたり、進んできた道を把握するための地形調査、隠れた相手や、偽装した相手を見破る看破が合わさってできたスキルですね。
今言ったことがすべてできるようになるだけでなく植物や鉱物の識別する際にさらに詳しく分かることもあるでしょうね。
時空術は時を操る時術と空間を操る空間術が合わさったスキルです。確かにテイマーは術法適性がありますが、とても珍しいものが発現したようですね。」
「なんか時空術ってすごいスキルな気がするんですけど。」
「ふふ、そうかもしれませんがこれからまだスキル付与するのですよ?ではいきますね。」
どこかはぐらかされたような気もしたリュクスだったが、再び体の周りに青い光が輝き始める。そして、更なるスキルが付与されていく様子を、職業ボードでじっと見つめた。
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職業:〈テイマー〉
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スキル:〈料理〉〈集中〉〈火術〉〈テイム〉〈従魔待機〉〈識別〉〈六感分析〉〈時空術〉
付与〈個別指示〉〈分担指示〉〈統制指示〉〈魔獣言語〉
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「これでまた9つですか。指示系統のスキルが付与されたんですが、これがないと細かい指示ができないんですか?」
「そうですね、大まかに突っ込めや戻れくらいは伝えられますが、どういう攻撃をするかなどの細かい指示は通じにくいです。
もっとも、しばらく従魔と共に過ごせば自然に発現するスキルだと思うので、少しもったいない気もしますがね。
それよりも魔獣言語ですね。これも通常は選んで付与できるスキルではありませんよ。魔獣の言葉が理解できるようになる能力です。
初めはなんとなく感覚でわかる程度ですが、次第に明確に聞き取れるようになるでしょう。
ただ、魔物の中には最初から共通言語を話せる者もいるので、その点では少し地味に感じるかもしれませんね。」
「いえ、そんなことはないです。そういうのってかなり強い魔物でしょう?後々にならないとテイムできませんって。」
「それもそうでしたね。それよりもこのままテイマーでよろしいのですか?」
「はい。スキルもいい感じに得られていますし、それに…結局、自分で選んでいたら悩みすぎて決められなかったと思うので。」
神の言葉によってランダムに決められたような感覚はあったが、基本職ですら散々悩んだのだから、リュクス自身で選んでいたらさらに時間がかかっただろう。
もしこれがゲームだったなら、リュクスは職業コンプリートを目指していた可能性もあっただろう。
「では最後にもう一つのスキルを付与させてもらいます。」
「お願いします。」
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職業:〈テイマー〉
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スキル:〈料理〉〈集中〉〈火術〉〈テイム〉〈従魔待機〉〈識別〉〈六感分析〉〈時空術〉〈個別指示〉〈分担指示〉〈統制指示〉〈魔獣言語〉
付与〈愛でる手〉
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スキルの付与が終わると同時に、リュクスの周りの青い光だけでなく、足元の魔方陣も消えていた。
「これでスキル付与は終了です。最後に付与されたのはテイム補助のスキルですね。愛でる手は、テイム可能な生物に触れた際、相手に好意的な印象を与えます。また、スキルアーツには癒しの力が発現する可能性もありますね。」
「回復系にも派生できるのはありがたいですね。」
「では続けていったん職業ボードを消すイメージをしてください。」
「これを消すイメージですか?わかりました。」
言われるままに、リュクスは目の前の薄青い画面を消えるように念じると、まるでモニター画面が消えるかのように、薄青い画面は消えてしまった。
「では次は自身を識別してみてください。自分を識別することを思い描けばいいです。」
「自分を識別、ですね。」
リュクスは自分の胸に手を当て、識別することを意識した。すると、再び薄青いボードが現れた。先ほどと変わらず、リュクス自身の職業とスキルの画面が表示されていた。
「どうやら問題ないようですね。識別以外のスキルも全てはイメージが大切です。大まかな説明はしましたので、後は努力次第となります。何か質問はありますか?」
「いろいろ質問したいことはあったんですけど、それよりも早くいろいろ試したくなってきました!」
「それはとてもうれしい傾向ですが、もう少しお待ちください。旅に必要となる武器と防具をお渡しします。武器は、武器スキルが付与されなかったので、剣、槍、弓、杖からお選びいただきます。防具は、こちらの皮鎧かローブですね。」
並べられた武器はショートソード、ランス、ショートボウ、そして杖といったところだろうか。
リュクスは時空魔法も使えるため、杖を選ぶことに決め、さらに杖に合わせるならと、茶色の皮鎧ではなく茶色いローブを選んだ。
「杖とローブでお願いします。」
「では杖とローブを授けます。」
リュクスのパジャマが光り輝くと、白無地の麻生地で薄手の半袖半ズボンの服に変わり、その上から茶色のローブが着せられた。そして、リュクスの手元に杖がゆったりと飛んできて、それを握りしめた。
「いい格好ですね。ですが、まっすぐ壁の外に出たりなどは絶対にしないように。戦闘を志すなら冒険者ギルドで戦闘指南を受けることをお勧めします。もしくは、料理スキルを生かした仕事をする場合は商業ギルドに向かうといいでしょう。」
「わかりました。ありがとうございます。」
わくわくといった様子を隠しもしないリュクスの様子を見てか、イリハアーナ様の声色が少し変わり、リュクスの頭に響いた。
「いいですか、これはあなたたちの言うゲームではなく異世界です。もし死んでしまった場合、元の世界に帰れるということもなく、生き返るということもなく、そこで終わりです。特に始めのうちは十分に注意してください。」
「…はい、わかりました。」
リュクスの浮かれた気分は一気に落ち着いた。確かに、ずっと夢見ていた本当の異世界転生だが、それは今までの生活以上に、きっと死が目の前にある世界なのだろうと感じた。
「よろしいようですね。どうやら、あなたが最後に転移する来訪者となってしまったようです。訪れていただいたのも遅めでしたが、それ以上にお時間をとらせてしまいましたね。こんなことを言った後ですが、わたくしたちの世界をどうぞ、ごゆっくりお楽しみください。」
リュクスの体が白い光に包まれ、次の瞬間には、白一色の空間に異物のように存在していたリュクスは消えていた。