新たな空間術
作業員たちにとってリュクスが配ったサンドはかなり好評だった。トレビス商長までなぜか作業員たちとともにリュクスからサンドを貰い、立ちっぱなしで食べていた。
作業の下準備が完了。ここからペースアップし、明後日の光の刻には完成するので、トレビス商長も一度商業ギルドに戻ると話し合う。
作業員たちは契約者であるリュクスがいなくとも仕事を進めると伝えられたので、一旦土地から離れ冒険者ギルドへと向かった。
元々リュクスは作業中ずっと見ていても仕方ないので、どこかで出かける予定ではあった。それなら依頼を受けるとかとギルドに顔を出したのだが、相変わらず端の席に座っていたドーンが出てきて、リュクスを連行しギルド長室に向かった。
「なぜ呼ばれたのかわかっておらぬ顔じゃのう。」
「おそらく土地のことなんじゃないかと思いますけど、それについて何の話があるのかと身構えただけです。」
「ならばまずは礼を言うかの。ベード殿とおぬしのおかげでかなり楽に狼討伐が終了したからの。」
「僕とベードのおかげですか?」
「俺のとこのパーティーの一人もその狼に助けられたそうだ。ちょうど違うのに俺が気を取られてるときに、後ろから3匹に襲われそうになったらしくてな。そのとき横から助けてくれたんだと。襲われてる気配にすぐ気が付いて戻ったんだが、そんときにはもういなくて俺は見かけなかったんだが、他に人助けする狼もいないだろうからな。」
「そっか、人助けまでするなんて結構頑張ってたんだね。」
したり顔のベードをリュクスがわしゃわしゃと撫でると、ベードは気持ちよさそうに目を細めて喜んでいた。
「あのインヴェードウルフが従魔となるとここまでおとなしくなるとはの。ベード殿を見ておると討伐隊を組まなくてはならぬほどだったのかと少し思ってしまうわい。もっともリュクス殿とベード殿の出会いのようなものがなければ、そうはならないじゃろうがの。」
「そりゃそうだ。こんな従順なのばっかりだったら俺たちは苦労してねぇよ。」
「一応報告した方がいいんですかね?ベードなんですけど、インヴェードウルフではなくて進化してナイトバイトウルフになってるんですよ。」
「ぬぅ?しっかりと見ておらぬかったから気が付かなかったわい。討伐の際に進化を果たしたのかの?ならば十分な戦果じゃったのだろう。」
「ナイトバイトかよ。まぁ言ってもしょうがないな。お前がしっかり見てくれてるなら問題ねぇだろ。」
「従魔というよりもすでに仲間とか家族みたいな気分ですから、見捨てたりするつもりはないですよ。」
「見ている限りリュクス殿とベード殿の仲は良いのじゃから何も問題ない。ベード殿とは別件でもう一点、そなたの露店がかなりの速さで知れたようでの。馬車で来れる南肉の街より旅商や冒険者が来ておったので、冒険者は討伐隊に数人参加してくれた。おかげでかなり討伐に役立ってくれたのじゃ。旅商の者もこの街の物よりも効能の高い治癒薬や、より飛びやすく獲物を貫きやすい矢などをかなり安値で売ってくれたのでこれだけ早い討伐となったのじゃ。」
「あの街も結構新しい物好きがおおいからなぁ、商長がなんか情報流したんだろ。」
「それって僕のおかげといえるんですかね?」
「何を言っておる?おぬしの露店のおかげでありあやつは情報を流しただけにすぎん!ひとまずそなたには感謝を伝えたかったのじゃ。では別の話をするのでおぬしは先に戻ってよいぞ。」
「なんだよ俺無しの話か?まぁいいけどよ。俺が直接助けられたわけじゃねぇが、パーティーが世話になった。ありがとな。」
ドーンにまで礼を言われたリュクスはむず痒くなったが、悪い気分ではなかった。ギルド長に追い出されたドーンが立ち去ると、さっそくギルド長が話し始める。
「そなた、空間術は練習しておるかの?どのくらいになったのか見せてくれぬかの?」
「夜に少しづつですが練習してました。ちょっとやってみますね。」
リュクスはすぐに集中し始め、両手の間にバスケットボールほどのスペースボールを作り出す。さらに手の間から動かし、片手で持ち上げるように浮かばせた。
このスペースボールは空間をはじく力ではなく、中に別の空間を作るイメージで作られている。参考はアイテムポーチ内の空間の複製だ。
以前のスペースボールはリュクスのイメージが弱く、ポーチの所持者以外は中に手を入れられない特性の複製が強く出てしまい、ただ弾き出す空間ができてしまっていた。
「すさまじい安定性じゃの、それに性能も変わっておるようじゃな。どのくらいできるようになったのじゃ?」
「一応この状態で1刻以上継続できるところまで行きました。」
「それだけ維持できるのであれば次のステップに進んでも問題ないじゃろう。異空間倉庫を作るにはもっと安定性が必要じゃが、この世界でつながりやすい場所である神殿や教会の空間につなげる帰還の技ならば見出すことができるはずじゃ。」
「ぜひやってみたいです!それが使えれば帰還石などは必要なくなるのですよね?」
「そなた一人ならば問題はないじゃろうな。しかし従魔も共に移動したいのであればより強い帰還の術法が必要になるじゃろう。帰還石も使った本人しか戻れないものと、周囲まで転送するものと2種あるからの。」
さすがに帰還の魔法を覚えても、今のリュクスでは従魔たちとは帰れないようだ。地道に練習し空間術を上げていくしかない。合わせて時術も上げようと考えていたリュクスだが、手が回らない現状は空間術を特訓することで、時空術の練度が上がることを期待することにした。
「わかりました。とりあえず現状覚えられる限り覚えたいです。」
「よろしい。では一度教会に向かうとするかの。それと帰還の術法が安定したならば、そのうち転移の術法も使えるようになるぞ。」
「もし転移まで使えるようになったら、街の行き来ができるってことですね。」
「そうじゃ。では移動するかの。」
リュクスがこの街に蜘蛛達を置いていくことをアーバーギルド長は予測したのだろう。今のところ大きな問題にはなっていないが、主人であるリュクスが気軽に戻れる状況を作るべきとの判断でもある。
ギルド長とリュクスは冒険者ギルド向かい側の教会に移動し、アールグレンが二人を迎え入れた。リュクスにとってこの世界に来た時以来の顔合わせだったが名前は憶えていた。
「アーバーギルド長様、それとリュクス様でしたかね?どちらともお久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「今日はリターンロケーションの術法を何度か起こすと思うのでの。リュクス殿がなんどかこの教会に現れると思うのじゃが、あまり気にせんでおくれ。」
「何度か使わせていただきます。よろしくお願いします。」
「なるほど、了解いたしました。しかしリュクス様なんですよね?こんなことを聞いて申し訳ありません。しかし前に会った時とは印象が違って感じるのですが、気のせいでしょうか。」
「印象が違うんですか?すいません。よくわからないですけど、この数日のうちに周りから見た印象が変わっているという可能性は否定できません。でも僕自身では確認できないことなので。」
「それもそうですね、変なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした。他の方もご利用する可能性がありますが、その際はアーバーギルド長と同じように帰還石の再確認作業中とお伝えいたしますのでご安心ください。」
「いつもすまぬの。ではリュクス殿そなたは教会の外からこの教会の中に移動することを思い浮かべ、目を閉じてリターンロケーションと唱えてみるのじゃ。とは言うてもすぐ外は人が多いのでの、儂が作った門を通り儂の部屋から唱えるとよい。」
ギルド長が手で空を切り裂いて見せると、切り裂いた場所が歪み、空間として口を開く。歪みの先にはギルド長室が見える。
「ちなみにこの空間門は何者でも通り抜けれるものじゃが、空間術の中でもかなり強力なものじゃ。そなたでもすぐには使えぬとは思うぞ。まずはリターンロケーションからやってくるがよい。」
「わかりました、行ってきますね。ベードは一旦ここで待っておいて。」
軽くうなずいたベードを横目にリュクスは歪んだ空間の先のギルド長室にと入る。振り向く後ろにはまだ空間がつながってるのが見えた。この門で行き来はできるわけだがそれでは練習にならない。
すぐ歩いて行ける場所であり見えている場所だが、本来の距離としては遠いのだ。今いる場所から歩かずに移動するという現象を思い出すリュクス。それはイリハアーナ様の白い世界からこの世界に来た時の記憶だった。
「リターンロケーション。」
リュクスは目を閉じて唱える。真っ暗だったはずの視界は真っ白に染まり、数秒とたたずに真っ黒な視界に戻る。成功したのかと目を開いたリュクスは歩いてもいないのに教会の中にいたのだ。
「まさかこれも一発で成功するとはの。まったく帰還でこの調子では空間門まですぐに到達しそうじゃわい。」
「リュクス様の空間術の発現の為と先ほど聞きましたが、本当にイリハアーナ様の祝福で空間術を授かっているのですね。素晴らしいお力です。」
「確かにこの力はかなり便利な力です。しっかりとものにしたいので、もう何度かやってきますね。」
「そうするとよい。ベード殿は儂がしっかり見ておくからの。ところでレイト殿はどうなったのじゃ?」
「え?あれ、そういえば僕一人しか転移できないはず?」
リュクスが頭上に意識を集中させたが完全にレイトの気配がない。見回したがこの教会の中にもおらず、ギルド長の椅子に鎮座して寝息を立てていた。
「えっと、ギルド長の椅子を勝手に使ってるみたいですいません。」
「よいよい。レイト殿が使った椅子ならば儂にも何かしら恩恵があるかのぅ?」
「そこまでは僕もわからないですけど、とにかく何度か試してきますね。」
「うむ、励むとよい。」
「行ってらっしゃいませ。」
リュクスは日の赤くなる頃までリターンローションを続け、アーバーギルド長から街から祈った教会に一人で帰還する分には問題ないとお墨付きをもらう。
「街中でないとダメなんですか?」
「リュクス殿ならばすぐにどこからでもできるほどになると思うのじゃが、安定性を求めるなら聖域である街中で行うとよいじゃろう。」
「わかりました。ありがとうございます。それとアールグレンさんに頼みたいことがあるんです。」
「はい、お伺いいたします。」
「実はこの街に自分の家を作っているんです。そこに簡易神殿を作りたいんですけど。」
「なるほど。3日後の光の刻を過ぎたころならばお伺いできるかと思います。どちらに向かいますか?」
「えっと、南東にあるでっかい土地の場所です。」
「あそこですか!なるほど、かしこまりました。南側から伺いに行きます。」
「よろしくお願いします。」
「では儂は戻るからの。リュクス殿も宿でゆっくりと休むとよい。」
「そうですね。だいぶ疲れてるみたいなのでゆっくり休みます。」
ここからリュクスの土地に戻るとなると往復時間がかかる。トレビス商長に簡易神殿について話したい気持ちもあったが、いざ終わったと気を抜くと余計に疲れが濃く出てきた。今日は宿に戻りすぐにでも寝てしまおうと思うリュクスであった。




