破滅の地との境界戦
リュクスが大樹の元へ転移したころ、魔王は軽く息をのんでいた。
転移の力自体はデモナの中にも持つ者はいるが、彼ほど容易に扱える者はいない。
「リュクス君は、大樹の元へ行ったのか?そして、君たちはここを手伝うと。」
魔王がベードの背に乗るレイトに問うと、頷きが返ってくる。
魔物の言葉は理解できずとも、会話の内容からある程度は察することができていた。
さらに、こちらの言葉を従魔である彼らが理解していることも。
「それはありがたい。」
「…しゃべれなくては不便だな。仕方ない。」
「っ!?こちらの言語を、しゃべれるのか!」
「己だけだがな。それより、再びブレスが来るゆえ、壁を張るぞ。」
「ありがたい!氷のブレスが来るぞ!再び雷の防壁を展開する!総員注意せよ!」
砂でできた魔物たちへ放っていたデモナたちの魔法が止まる。
そして砂のキメラと砂のアイスドラゴンが同時に凍てつくブレスを放つ。
レイトが巨大な雷の壁を作り上げ、ブレスを防ぐが、やはり完全に冷気は防げない。
肌寒いどころでない風が吹き抜け、寝こけていたフレウが飛び起きた。
『コケッ!?くっそさみぃ!』
「起きたか。ちょうどいい。お前も手伝え。」
『コ?何を…うわ、なんだあれ。』
レイトが足を向けた先を見て、フレウは顔を歪める。
デモナたちが魔法攻撃を再開したその先で、様々な魔物の姿を象る砂がこちらへ進んできていたからだ。
「そういうわけで、こちらもデモナを手伝わせるが、いいか?」
「もちろんだ。皆の者!癒し手の従魔たちも加勢するそうだ!くれぐれも巻き込まないように!」
「では行け。」
魔王の号令の直後、レイトが飛び降ると、ベードは残る従魔たちを乗せたまま、前線の魔法砲撃に参加する。
一匹、魔王の隣に残ったレイトは、足場のレンガに片足を強く押し当てると、小さな青い塔を作り出す。
その上に乗ることで、レイトの高さが魔王の肩くらいにまで上がった。
「このほうが話しやすいだろう。」
「…そうだな。」
この青いレンガ防壁はデモナの魔素が込められている。
最前線であるここは大樹の防壁に比べれば薄いが、非常に小さいものとはいえ、そのレンガの性質を取り込んだ塔をレイトは作り出したのだ。
魔王は改めて元四魔帝という存在がどれほどのもかを理解する。
「一応、名を知らせておく。レイトという。」
「こちらの名は、あの時話していたな。」
「己も他の従魔たちも聖族言語は理解できる。従魔となった影響だろう。…だが、魔族であるデモナが聖族言語を使っているとはな。」
「何年この地にデモナが根付いていると思っている。ここに来る以前は専用言語もあったのだろうが、魔王である我ですら今や伝承の一つも聞かぬ。」
「それもそうだな。」
「それでいうと、今でも逆恨みするデモナすら、聖族言語を使っているのは滑稽だった。」
一万年以上前、四大樹のあるこの地は、デモナがくる以前は聖族しかいなかった。
魔王という強力な存在を失ったデモナが、聖族と折り合いをつけるために聖族言語を学んだ。
そして、使いやすく話しやすい聖族言語は、長い歴史の中でデモナの一般言語となり、デモナ特有の言語は聖族を恨むようなデモナからも忘れ去られ、消えていった。
「皮肉な話だな。にしても、お前はまだ動かないのか?」
「我は魔王ぞ?兵の前で容易に動いてはならぬのだ。」
「…面倒な話だ。キメラは待ってくれぬぞ。」
徐々に距離を詰めてきた砂のキメラが、嘶くように鷹の顔を振る。
たった一動作で、青天である空より雷の雨が降り注ぎ始める。
しかしそれも、空に展開された雷の壁によってすべて相殺されていく。
「…さすがだな。」
「このくらいはたやすいが、あちらに力を割けば正面がおろそかになる。」
すかさずキメラとドラゴンが複合アイスブレスの予兆を見せる。
「では我が止めてこよう!」
魔王は背の翼をはためかせ防壁から飛び出ると、携えていたサイスを構える。
「虚滅!」
キメラへ向けて真下に振り下ろした瞬間、禍々しいほど赤黒い刃と同じ色の斬撃波を放つ。
斬撃波は空気を引き裂く音を伴いながら巨大化していき、そのまま砂のキメラの巨体を両断した。
キメラのブレスは中断され、デモナたちはその威力にわずかに色めき立った。
しかし切断されたはずのキメラは崩れず、互いを引き寄せるようにして再びつなぎ合わさっていく
そして何事もなかったかのように、元の姿を取り戻した。
「ほう、ではこちらから処理しよう。空閃!」
すかさずサイスを横一閃に薙ぎ払い、再び斬撃波を放つ。
狙いはキメラの背後を飛んでいた二匹のアイスドラゴン。
かなり距離があったというのに、砂でできた二匹の首はたった一撃で見事に真っ二つになり、ドラゴンの姿を崩してただの白い砂に戻り地に落ちていく。
魔王はそこで一度、防壁の上へと戻る。
「…あのキメラ個体だけ異常だな。他は魔王でも崩せるというのに。」
大量にいる砂の魔物は、ゴブリンにオークやオーガ、サハギンにアスプといった、崖壁より南で見た魔物ばかり。
強力そうな魔物の姿を象る砂の魔物もいるが、ベヒモス個体のいかにも硬そうな装甲すら、デモナたちが大量の魔法で砂を削っていき崩していっている。
かたどった容姿を崩せば砂は崩れる。それがこの魔物たちの性質だった。
だが、キメラ個体は完全に真っ二つになったはずなのに、姿を取り戻したのだ。
そのうえ、キメラがそこらの砂地を強く踏みしめると、大地全体が揺れて砂が盛り上がり、魔物の姿を象っていく。
「…あんな風に魔物を補充されるのも初めてだ。いつもは現れたすべてを倒せば静まるというのに。」
「リュクスの癒しが終わるまで、とにかく耐えるしかないな。」
「どの程度で終わる?」
「知らぬ。あの大樹がどこまで弱っているか次第だ。」
レイトの返答に魔王は顔を歪めた。
「…この恐ろしい地を押しのけ続けたのはデモナよりも大樹だ。時間がかかるだろう。」
「ならば、前線を一度引くか。」
「そうだな。接近されすぎた。キメラ個体により、砂の魔物が増殖している!ここは前線を引くぞ!」
魔王の指示でデモナたちはすぐに羽を広げひとつ前の防壁へと飛んでいく。
ベードもレイトと合流し、背に乗せてデモナたちを追う。
その背後で、青い防壁はゆっくりと白い砂に飲まれ、沈んでいった。




