力の大樹
魔王の案内のもと、魔王城の中を通り裏側に回る。
道中は他のデモナと何度もすれ違ったが、敬礼する者こそいれど、リュクスの存在を問う者はいない。
それだけ魔王が部下たちに慕われている証拠である。
城の裏には、ここまでのものよりも高く、青色のレンガでできた立派な防壁がそびえ立っていた。
外から大樹の姿を一切見せぬように築かれた防壁のようだ。
その青色は他のレンガと異なり、内側から滲むような鈍く深い色を帯びていて、強い魔素を感じさせる。
「何の防壁ですか、これ?」
「言っただろう。大樹の元へ向かうと。」
「…なるほど。大樹を守るためのものなんですね。」
「そうだ。この防壁には他よりも大量に魔素を注ぎ維持してきた。外から大樹の存在を悟らせぬ役割も担っている。」
「それで外からは大樹が見えないんですね。」
「いろいろ対策をしている。それでも、完全に破滅の地から大樹を守れるかは不安だが…」
言葉と表情を淀ませたが、リュクスに振り向くと、わずかに笑みが戻った。
「君が来てくれたからな。大樹が癒えれば全てが癒えていくはずだ。」
「そう、なんですかね。いまだに実感は薄いですけど。」
「大樹からそう伝え聞いているからな。」
魔王は会話を続けながら、深い青の防壁に付いた扉へと歩いていく。
体格の大きい者でも通れそうな扉ではあるが、立派な城壁にしてはあまりにも小さい。
それにもかかわらず、門番のデモナは十人も配置されていた。
しかも魔王が近づいたにもかかわらず、彼らは一斉に警戒を強める。
デモナウェポンなのであろう、手にする武器は統一感がない。
完全に向けることこそしないが、それぞれがわずかに構えを取り、武器を意識させた。
「魔王様!失礼ですが、この先は大樹です!お通りになられる気ですか?」
「その通り。大樹の癒し手を連れてきた。通せ。」
「…はっ!」
門番の一人が咎めるように声を荒げたが、魔王は冷静に沈むような重い声で返す。
門番たちは体を震え上がらせ、即座に扉を開き、左右に整列した。
魔王とリュクスたちを見送る門番の瞳には、なお疑いの色が宿っていたが、それ以上の騒動は起こらず、静かに防壁をくぐる。
その先に広がっていたのは、一面の花畑。
雑草が刈りつくされた魔王城周囲からは想像もできない光景だった。
桃色、青色、黄色と三色のパンジーのような花が力強く咲き誇る。
中央には、これまで見てきたどの大樹よりも太く力強い幹を誇る大樹がそびえ立っていた。
枝に纏う大きな葉は赤く色づくモミジのような形だが、紅葉したような色とは違う。
葉とは思えないほど輝くような美しい赤色からは、ほとばしるような生命力を感じさせる。
「こ、これが力の大樹…思っているより、元気そうに見えますけど。」
「我も詳しくは知らぬが、傷つく前はもっと力強く、周囲の植物にも、もっと広範囲に生命力を分け与えていたという。」
「…確かに、花畑は美しいですけど、太陽の大樹と比べると影響は狭いですね。」
花畑の周囲は強靭な防壁に囲まれているが、大樹の生命力があれば防壁の外も、もっと植物が生き生きとしていただろう。
リュクスはゆっくりと大樹へ歩み出そうとするが、魔王は城壁前で足を止めた。
「あれ、どうかしたんですか?」
「我は魔王、大樹を傷つけた者の末裔だ。これ以上は近づけぬ。」
「え?そんなこと気にしなくてもいいと思いますけど…それに、大樹から僕の話を聞いていたのでは?」
「聞く、というと少し語弊があったな。ある日突然、城壁の外に大樹の葉が三枚落ちてきた。それまで葉の一枚たりとも落としたこともない大樹がだ。」
「大樹の葉…」
リュクスはポーチにしまい込んだままの月と太陽の大樹からもらった葉を思い出す。
どちらも大樹の意思でわざわざ一枚の葉を落としていたことを。
「葉の一つに星の大樹を癒したものがあられたことと、その聖族の名はリュクスであると書かれていたのだ。他の葉にはいつか自身を癒しに来るだろうとも書いてあった。」
「なるほど、そういうことでしたか…」
リュクスとしては大樹の精霊であるドリアードと会話したものだと思っていたが、魔王たちへ伝えた手段は違ったようだ。
だが、リュクスは再び魔王を誘う。
「ならばこそ、大樹の元へ一緒に行きませんか?」
「申し訳ないが、ここで待機させてくれ。我らは未だデモナを許しきれていないのだ。」
「…わかりました。これ以上無理強いはしません。行ってきます。」
魔王は防壁前で待機したが、リュクスの背後にはベードが従魔たちを乗せついていく。
それを咎められることもなく、大樹の麓へと辿り着いた。
いつもならばここで根がせりあがりドリアードが登場するのだが、今回は上より一枚の大きな葉が降り落ちるのみだった。
リュクスがそっと手に取ると、そこには大樹からの言葉が記されていた。
[南より来る破滅の地を抑えるため、これは精霊を出す余力はない。直接幹に触れて癒せ。]
「了解です。では、失礼します。」
リュクスが右手を幹に触れ、癒しの力を流し始めた。
その瞬間、大地全体が波打つように揺れ、リュクスは倒れこみそうになる。
ベードがすかさずフォローに入り、倒れることこそなかった。
癒していた手が離れたからか、揺れは収まったが、大樹を癒すどころではなくなったのは確かだ。
「な、何これ?何が起きたの?」
『南から感じたことのないような巨大な気配がいくつも感じる。おそらく相当離れているはずだが…』
「…一回魔王と合流しよう。」
大樹を癒したい気持ちもあったが、癒し始めたことで発生した異変だ。
リュクスは防壁に張り付く魔王のもとへ駆け寄った。
「そちらも大丈夫だったか。安心した。」
「あの、こんなこと以前もあったんですか?」
「いや、ここまで露骨なのは初めてだ。だが、こんなことができるのは…間違いなく破滅の地だ。」
魔王が大樹の方向を睨みつけるが、実際に意識しているのはその先にある破滅の地だ。
「妨害、ですかね?」
「まず間違いなくそうだ。君が星の大樹を癒したという日から割とおとなしかったが、この日のために力を貯めていたということか。」
「ただの大地が、そんなことまで…」
それではもはや生物のような狡猾さがあるかのようだ。
リュクスは息をのむが、魔王はほぼ確信しているのだろう。
「確実に砂から生まれた魔物の波が来る。それも、今までにないほど大きいものだろう。」
「僕も行きます。まずその砂の魔物を抑えましょう。」
「…わかった。」
魔王は一瞬大樹に目を向けたが、リュクスの提案を受け入れ、共に外へ出る。
防壁を抜けるとすでに阿鼻叫喚といった様子で、大樹の扉を守るはずの門兵すら、一人を残し場を離れていた。
「他の者はどうした。」
「申し訳ありません魔王様!しかし、南の彼の地より多数の砂の魔物が出現。今までにない数に加え…キメラの姿も確認されたそうです。」
「っ!?キメラの姿だと!すぐに行く!リュクス君、君もついて来てくれ!」
「は、はい!ベード、緊急事態だし乗せてね!」
『もちろんです!』
ベードの背に乗り、飛行する魔王の後を追う。
焦りからか、城下町へ案内された時よりも速く、ベードもいつの走りより速度をあげて何とか食らいつく。
門だけが開け放たれた防壁をいくつも抜けていき、やがて前線の防壁へとたどり着いた。
魔王は逸る気持ちを抑えつつ、ベードを防壁上へ続く階段へ導く。
リュクスはそこで、初めて破滅をもたらす白の大地を目にした。
白い砂で作り上げられた大地からは生命というもの一切感じ取れないのに、砂は生き物のように蠢く。
そして白砂の一部がいくつも異様に盛り上がると、魔物の姿を象っていく。
それは数日前に通り過ぎてきたベヒモスの姿そのもの。
下顎から上へと伸びる二本の牙と、ヘルメットのように分厚い頭部が再現されている。
「べ、ベヒモス…それも大量に…」
「恐れるな!魔法による遠隔攻撃で進行を防げ!迫られすぎた場合、次の防壁に移るぞ!」
防壁の上で戦うデモナたちの怒号が響き、何十体も生み出された砂のベヒモスに魔法が降り注ぐ。
魔王不在でも防衛できるよう、対策を積み重ねてきたのだろう。
だが、それをあざ笑うように奥地より冷気が広がってくる。
『っ!己が防御に出る!リュクス、伝えろ!』
「えっ!?えっと、魔王様!従魔のレイトが防御に出るそうです!」
「わかった!今より癒し手の従魔が防御を行う!邪魔をしないように!」
魔王は叫ばずとも、怒号の中でよく通る声を響かせた。
そして、吹き付けてくるのは強力な凍てつくブレス。
すかさずレイトが巨大な雷の壁を展開し防ぐが、ほのかな冷気が吹き付けてくる。
「嘘…レイトの魔法でも完璧に防げないの?」
『三つのブレスの混合技だからな。見えてきたぞ。』
ベヒモスたちの背後より現れたのは、二体の砂のドラゴンと三種の頭を持つ砂のキメラだった。
全てが白い砂で作り上げられているため、いまいちわかりづらいが、ドラゴンのほうはアイスドラゴンのような姿。
キメラの頭も獅子と鷲とドラゴンという以前にリュクスたちが倒したキメラと同じ容姿だ。
しかし砂の魔物は視認できるにもかかわらず、ソナーエリアには魔物としての気配が一切ない。
そこに砂の隆起があることはわかるが、生物としては認識できないのだ。
だが姿を見ただけでも、以前のキメラと同じか、それ以上の力を有していることを感じさせる。
「…あれはまずいな。君はおそらく、ここに来るまでにキメラと出会い、そして倒しているな?」
「…はい。倒しました。」
なぜそんなことを知っているのかと問答している場合ではないので、リュクスも素直に認める。
「あのキメラは我々にとって頭の痛い存在で、ようやく消えてくれたと安堵していたのだがな。」
「僕もまさか、こんな形で早くも再戦するとは思いませんでしたよ。」
「倒したものたちに手伝ってもらえるのは心強い。とはいえ、あれに触れるなよ。あれは触れたものを飲み込む破滅の大地そのものだ。」
「…なるほど。以前の倒し方はできそうにないですね。」
前回はキメラに直接触れて爆散させたわけだが、今回はそうはいかないと知る。
リュクスが魔法での攻撃準備に入ろうとしたその時、背後から赤い葉が舞い込んできた。
手元に落ちた大きな葉は、先ほども受け取った大樹の葉と同じものだった。
「…え?これって、大樹の葉?」
「まさか、ここまで飛ばしてくるとは。何が書いてあるのだ?」
「っ…僕はここを捨て、癒しに集中するようにと。癒しきれば破滅の地は抑えられると。」
「…なるほど。大樹を癒せば全てが収まるか。ならば行け!」
魔王は何も背負っていなかったはずの背から、大きなサイスを抜き放つ。
それはまっすぐ伸びる柄は美しいほど真っ白なのに、鋭く曲がった刃は魔物の瞳を思わせる赤黒い色を帯びていた。
かつてバレーカタコンベの最下層で見た、エンペラーリッチの鎌とうり二つ。
リュクスは一瞬身を強張らせたが、すぐにベードへ指示を飛ばす。
「ベード!みんなを連れて大樹に行くよ!」
『待てリュクス。今のお前なら、この距離でもあの大樹を思い浮かべれば、大樹の元へ転移できるだろう。』
「そ、そうなの?じゃあみんな集まって…」
『そして、あの地の侵攻を防ぐならば、己らの力も使ったほうがいい。』
レイトに遮られ、リュクスは目を見開く。
「…それはつまり、みんなはここに残るってこと?」
『そうだ。お前ひとりで行け。従魔である己らは、お前が癒し終えるまで食い止めて見せよう。』
レイトがリュクスの頭上よりベードの背に飛び乗る。
リュクスは一瞬手を伸ばしかけたが、すぐに自身の胸に手を当てた。
「…わかった。任せたよ。」
『俺は別れたくはありませんが…お任せあれ!』
『お任せください。微力ながら防ぐ助力をします。』
『ニも頑張るよー!』
『吾は防衛は苦手なのだが、仕方あるまいな。』
『後ほどフレウもたたき起こす。行ってこい。』
「…うん!じゃあ、あとでね!」
リュクスは先ほど見たばかりの大樹の姿を思い浮かべ、転移の力を使用する。
体は白い光に包まれ、一瞬で防壁の上から大樹の麓まで転移する。
だが、いつも周囲にいる従魔たちはいない。
リュクスは思わず辺りを見回したが、やがて胸の前で手を握り直し、大樹へと歩み寄った。




