成人の儀
昼頃になり、南端の街の教会付近が騒がしくなり始めた。
いつもは開きっぱなしの教会の大きな扉が閉じられ、その前には人だかりができている。
今年で十二歳となった者たちだけでなく、その親と思しき人々や儀式の見学者だけでなく、転移利用の冒険者も集まっていた。
いつもの静かな南端の街にこれほどの人がいたのかと、リュクスは少し驚いた。
「すごい集まってるね。王都はこんなもんじゃないんだろうけど。」
『そうだな。それより、お前は大丈夫なのか?』
「え?なにが?」
『…いや、わからないならいい。』
皆が皆、成人の議を待つように教会を見つめているため、リュクスもその輪の中に混じっていた。
レイトとの会話は小声で行い、他の従魔たちは自宅で待機させている。
とはいえ、この世界に来たばかりの頃のリュクスなら、こうした人混みには近づこうとしなかっただろう。
レイトはその変化を感じ取ったが、あえて深くは触れなかった。
やがて、珍しく閉ざされていた教会の扉が開かれる。
「お待たせしました!整備が終わりましたので、これより成人の議を始めます!」
アールグレンが響き渡る声で宣言すると、待たせすぎだや、遅いぞといった声も飛び交ったが、彼は気にした様子もなく続けた。
「今年成人を迎えた方はお並びください!いつも通り、正面の部屋へどうぞ! 転移をご利用の方は、左右の部屋が転移室となっております!」
「…そっか。転移できるようになったのは今年からだったね。」
『それを整備ということにしたのか。物は言いようだな。』
リュクスもレイトも、実際には転移室の整備ではなく、南との洞窟が開通するかもしれないために封鎖していたことを知っている。
一部の冒険者らしき人々も察していたが、一般の住民の前でそれを口にする者はいなかった。
アールグレンの指示に従い、押し合いへし合いが起こることもなく、右側から成人を迎えた人々が教会の奥へ入り、列を作り始める。
転移の利用客と思われる冒険者は、そのまま転移室へ向かい、開幕の挨拶だけ聞いて帰っていく人も少なくない。
「すごいね。みんなちゃんと譲り合ってる。帰っていく人もいるんだ。」
「えぇ。教会側も毎年準備していますので。」
「うぇ!?アールグレンさん!?」
「驚かせてしまいましたか?申し訳ありません。」
急に横から声をかけられ、リュクスは肩を跳ねさせた。
街の外ではソナーエリアの感知に頼っているが、街中では発動しておらず、さらに今は人々の列に意識を向けていたせいだろう。
「あの、儀式のほうはいいのですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。儀式自体はイリハアーナ様から職を授かるものですが、それは私たちの手の及ぶところではありませんし、受付で手紙を受け取る係は他の神官が行っています。」
「手紙の受け取りですか?」
「はい。今年十二歳となる方々の家には、事前に順番の書かれた手紙を送っているのです。割り込んでも、手紙がなければ翌日に回されてしまいます。」
「それだと、無理やり入ろうとする人もいそうですね…」
元の世界でいうチケット入場のようなものだと理解したリュクス。
同時に、強引に割り込んだり、手紙を奪ったりする者もいそうだと思ったが、アールグレンは首を横に振った。
「手紙には名前が記されていますし、強奪されたとしてもすぐに分かります。なにより、イリハアーナ様の力が宿っておりますからね。正しい手段を取らぬ者は、職の恩恵を永遠に受けることができません。」
「なるほど…ちなみに、一度職を得た人が、もう一度儀式を受けることはできるんですか?」
「それはできません。初めに得た職の恩恵は変わらないのです。ですが、手紙を持たぬ者でも職を得ていない場合は、今日を含め三日間は受け付けています。十二歳の時に来られなかった方でも儀式を受けられるのですよ。…もっとも、職を得られるかは本人の行動次第ですが。 」
「来られない人もいるってことですね…いろいろ教えてくれてありがとうございます。」
「いえいえ、構いませんよ。」
柔らかな笑みを返すアールグレンに、リュクスも微笑み返すが、ふと首を傾げた。
「ところで、僕に説明してくれるために話しかけたんですか?」
「おっと、そうでした。…神託の件、ありがとうございますとお伝えしたかったのです。」
アールグレンは少し周囲を見回し、小さな声で礼を述べた。
リュクスも周囲に視線を走らせ、誰にも見られていないことを確認してから、小声で返す。
「い、いえいえ。むしろ僕一人が神託を受けたことに、疑問はなかったのですか?」
「いえ、疑問はありませんでしたよ。私は立場上、よくアーバー様と話す機会がありますから。リュクス様が今、どのような使命を授かっているのかも存じ上げております。」
「そういうことですか…」
リュクスは納得の声を上げただけだったが、アールグレンは少し困ったような顔をした。
「もしかして、ご自身の情報が流されていることは不快でしたか?申し訳ありません。」
「あ、いえ。そういうわけではなかったんです。」
「それならよかったです。南の地へ向かう際には、私がご対応いたしますね。」
「よろしくお願いします。」
「うぉぉぉ!戦士になれたぞ!これで俺も冒険者だ!」
ちょうど二人の会話が一区切りついたころ、教会の扉が開き、一人の体格のいい青年が勢いよく飛び出してきた。
戦士になったことを高らかに宣言する彼に、周囲の見学者たちも思わずほほえましい視線を向ける。
だが、本人はそんな視線も気にせず、教会の向かいにある冒険者ギルドへと駆けていった。
「ほほえましいですね。将来有望そうです。」
「そ、そうですね。そういえば、中の見学もできるのですよね?」
「えぇ。教会に入る分には問題ありません。儀式の間までは入れませんが…ぜひ、儀式をご覧ください。」
アールグレンに案内され、リュクスは教会内へと足を踏み入れた。
奥の部屋では、一人のか細い少女が膝をつき、両手を握りながら天に掲げて静かにイリハアーナの像へ祈りを捧げている。
しばらくすると、少女の体にどこからともなく光が注がれ、その全身が柔らかく輝いた。
光が収まると同時に、少女はそっと目を開き、開いた手のひらを見つめる。
「イリハアーナ様!ありがとうございます!」
神への礼を終えると、少女は小さくステップを踏みながら、弾むように教会を出ていった。
「次の者、前へ。」
受付の神官が声を上げると、小柄な少年がイリハアーナの像の前に進み出て、少女と同じように膝をつき、祈りを始めた。
「すぐに光が降り注ぐわけではないんですね。」
「そうですね。直接の対話はありませんが、イリハアーナ様の声によっていくつか職が提示され、その中から一つを選ぶ形になります。」
「なるほど、選ぶ時間があるんですね。」
アールグレンの説明を聞きながら、リュクスはふと考える。
イリハアーナの声と言っても、彼自身が受けた神託のようなものではなく、ここではあらかじめ用意された声が使われているのではないか。
そんな疑問が頭をよぎったが、口には出さなかった。
やがて少年の体にも光が注ぎ始め、リュクスはアールグレンに声をかける。
「一人分の儀式が見られましたし、僕はそろそろお暇しようと思います。」
「そうですか。では、また開通後にお会いしましょう。」
「はい。ありがとうございました。」
職を得て喜びながら走り抜けていく少年の姿を見送り、
リュクスはその背中とは対照的に、静かな足取りで教会を後にした。




