ダンジョン報告
リュクスが王都に来たのは、目覚めてから数日後のことだった。
転移を使えば一瞬で到着できるため、旅の影響で遅れたわけではない。
バレーカタコンベでの出来事を伝えることを忘れたわけでもなかった。
二日間寝込んだリュクスが、すぐに王都へ行くことを一部の従魔が渋ったのだ。
なんとか言いくるめてようやく解放され、今は王都ギルド長室にて報告を終えていた。
「…なるほどね。僕たちが見たのもリッチキングだったけど、まさかさらに下層に、かつての魔王が眠っているとは思わなかったよ。」
「自我亡きアンデット王と封印されたかつての魔王…姿は瓜二つだったのか?」
「いえ、先ほども言った通り、リッチキングは骨だけでした。ですが、同じく獅子の骨格をしていましたよ。」
「ならば、封印の要となっていたリッチキングは、ダンジョンが生み出した写し身の可能性が高いか…」
ギルシュはリュクスの返答に悩みこみ、テルミクは深く俯く。
「…ごめんねリュクス君。そんな危険なところに、君を送り込むような真似をして。」
「いえ、それについては…大丈夫ではなかったですけど、なんとかなったので。」
勝利したからこそ帰還できたが、もし敗北していれば、リュクスの死だけでなく肉体を奪われていたかもしれない。
その後、従魔たちがどうなったのか、リュクスを知る者たちがどうなったのかを考えると、大丈夫などとは言えなかった。
「私からも謝罪する。そして感謝する。本人は怨嗟を覚えていないと言ったそうだが、ダンジョンから解放されれば何をしでかすかわからん。君の情報は値千金だ。別途、報酬も用意しよう。」
「えっと……ちょっと受け取りづらいですけど、今回ばかりは従魔たちの目もあるので、ありがたく受け取らせていただきます。魔石も買い取っていただけるんですよね?」
「もちろん。僕たちが全部買い取るよ。闇属性の魔石は、加工次第では人を傀儡にしてしまえる特級危険物になるからね。もっとも、それは魔石全般に言えることだけど。」
この世界の人々の暮らしは魔石をつかった魔道具に深く支えられている。
火を起こし、水を出し、風を送り、畑を耕す。どれも便利なものだが、加工次第では危険物となるのは他の魔石も同じだ。
「確かに、そうですね。それで、バレーカタコンベはどうなるんですか?」
「封鎖したいところだが…あそこは一番の闇魔石の産地でもあるからな。難しいところだ。」
「他の魔石と同様に、闇魔石も暮らしに使える魔石だからね。それに何より、正規のダンジョン入口は一つだけど、入ろうと思えばほかの場所からでも入れてしまう。封鎖は簡単じゃないんだ。」
「他の入り口があるんですか!?外からは穴なんて見えなかったですけど…」
「おや?もしかしてリュクス君は、迷路層で外に続いていそうな行き止まりにぶつかってないのかな?」
「えっと…そうですね。」
レイトの勘を頼りに進んだおかげで、行き止まりにぶつかったのは一度きり…なんてことは言えず、リュクスは困りながらも肯定した。
「そっか、見てないのか。その外が見える穴はね、ダンジョンの中からだと結界のせいで出ることはできない。出られたとしても、空を飛ぶ手段でもなければ崖下に真っ逆さまだろうし、ダンジョンを出たいなら帰還石があるからね。」
少し冗談めいた言葉で区切ったテルミクだったが、すぐに真面目な説明を続けた。
「だけど、ダンジョンの外からその穴に近づくと、不思議と内側への穴が見えるようになる。そして、普通に入り込める。おそらく、飛行系の魔物をおびき寄せるための仕掛けだとされているよ。」
「なるほど…でもそれって、人が入れるようなものなんですか?」
「あの谷の崖くらいなら、ロープを垂らせば降りられなくはない。目のいい者なら、一度外の景色を覚えて、それを頼りに入り込めるというわけだ。ロープはいずれダンジョンに飲み込まれるから証拠も残らない。」
「そういうことですか…」
「それに、君はまっすぐ最下層まで行ったようだから知らないだろうけど、あのダンジョンには最下層までのルートがいくつもある。冒険者ギルドに報告がないだけで、他にも第一階層に通じる穴が存在するのかもしれない。」
「あまり思い出したくはないだろうが、君が捕らえてくれた黒装束の者。あれが着ていた服からも闇属性が確認された。おそらく、ギルドが把握していない場所から入り、魔石を集めていたのだろう。」
ギルシュの言葉に、リュクスは海技術の街へ向かう途中で襲ってきた黒装束の姿を思い出す。
そして先ほど聞いた傀儡という言葉で、ようやく合点がいった。
彼らは本意ではなく、操られて襲ってきたのだと。
「…あの人、どうなったんですか?」
「残念だけど…もう、ね。でも、僕たちの役には立ってくれたよ。それもあって、今年の赤月祭はいつも以上に盛大にするつもりさ!」
明るい話題に変えたつもりのテルミクだったが、リュクスは少し首を傾げた。
「あの…赤月祭って、なんですか?赤い月と関係あるのはわかるんです。王都もお祭り前って雰囲気で、いつも以上に賑わってましたし。」
「えっ?…あっ、ああ!そういえば、一年の切り替わりに赤い月が出るって話はしたけど、どういう意味を持つのかは話してなかったね!」
「…テルミク。説明不足過ぎるぞ。お前も私のことを言えないな。」
「すいません…リュクス君がなじみすぎてて、来訪者であることを忘れるんですよね…」
「構いませんよ。それで、赤月祭っていうのは何なんですか?」
「赤月祭とは、赤い月の日に行われる祭りだ。普段とは違う赤い月を、一年の終わりと始まりとして祝い、皆が一歳年を重ねる日でもある。」
「一部では、生誕祭とか年末祭とも呼ばれているお祭りだよ。」
「…一歳年を重ねるって、もしかして、誕生日がないんですか?」
祭りと聞いて胸を弾ませていたリュクスだったが、二人の説明に少し唖然としながら疑問を投げかける。
しかし、二人は困ったように顔を見合わせた。
「誕生日、とは何だ?赤月祭を誕生祭と呼ぶ者はたまにいるが…」
「ギルシュは知らないんですね。来訪者の方に聞いたことがあります。彼らの世界では一日ごとに日付というものがあり、生まれた日を記録しているのだと。」
「…なるほど。それは特別な日だろうな。だが、こちらでは日ごとに差はない。四百日ごとに昇る赤い月の日を境に一年としているだけだ。君も例にもれず、明日一歳年を重ねることになる。」
「…そういうもの、なんですね。」
思い返せば、何月何日といった概念を、リュクスはこの世界に来てから一度も聞いたことがなかった。
生まれた日など関係なく、世界のすべての人が同じ日に年齢を重ねる。
その仕組みに、改めて異世界というまったく異なる文化の違いを飲み込んだ。
「と、とにかく!お祭りはもうすぐだ!南端の街でも、そろそろ準備を始めてるんじゃないかな?リュクス君は王都でも南端の街でも、好きな場所でお祭りを楽しんで!」
「はい。ありがとうございます。」
「待て待て。気まずくなるのはわかるが、君には報酬を渡さねばならん。魔石の買い取り額と合わせるので、出してくれるか?」
「あ、そうでした。」
「魔石の受け渡しなら、ここより倉庫のほうがいいね!また案内するよ。」
ルシュの指摘に、リュクスは即座に魔石を取り出そうとしたが、テルミクが立ち上がり、以前取引を行った倉庫へと向かった。
そこで、魔石の買取額と情報料として大金を受け取り、リュクスは王都ギルドを後にした。
「赤月祭」を一章として確立させることにしました。




