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ランダムに選ばれたのはテイマーでした  作者: レクセル
アンデッドダンジョンへ

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308/325

深淵の死闘

座してなお二メートルを超える巨体を誇る金獅子のアンデッド。

死者を思わせないほど美しい金色のたてがみと、獅子の逞しい肉付きはそのままに、額から生える一本の赤黒い角と背の翼はデモナであることの証。

ほぼ生前の姿を保つ見事な容貌に似合う金のローブには黒の刺繍が施され、黒いファーが彩りを添えている。ほとんど汚れの見えぬその装いは、生前の栄光を物語るかのようだった。

だが、露出した肌の一部はただれ、確かにアンデッドであることを明白にしていた。


----------

対象:エンペラーリッチキング

かつてデモナの王と呼ばれた存在が、アンデッドの皇帝と化した姿

----------


「ほう?断りもなく識別とは。」


「っ!しゃべった!?あ、いや、ごめんなさい…?」


「よい。こちらも乱暴な招待をしたからな。」


一度上を向いたエンペラーは、リュクスに向き直るとにやりと笑った。それだけで、リュクスも自分たちが落とされてきたことを思い出し、戦闘姿勢を取る。


『そうだリュクス。こやつに謝罪などいらぬ。うぬらを落とした張本人だ。』


「そうだよね。わかってる。」


リュクスだけでなく従魔たちも全員がエンペラーをにらみつける。

しかし彼はどこ吹く風とばかりにゆっくりと立ち上がり、その人ならざる巨体をあらわにする。座っていた王座のような椅子は、役目を終えたとばかりに砕けて地面へ消えていった。

そしてエンペラーはリュクスに赤黒い目を向ける。


「帝がここにお前を呼んだ理由は簡単だ。このダンジョンからの解放、ただそれだけだ。」


「ダンジョンからの解放…?」


「理解できないか? 帝はこの地の底に落とされ、怨嗟によりアンデッドとなり、三千余年を過ごしてきた。」


『たとえ怨嗟でアンデッドとなろうとも、お前はダンジョンで生まれた存在として縛られた、というわけか。』


レイトが補足すると、エンペラーは頷いた。


「そういうことだ。解放を望んで何が悪い。」


「レイトの言葉がわかるの!?…じゃなくって、まだ聖族に恨みがあるってことですか?」


「帝は魔物だ。魔物の言葉もわかる。…怨嗟などとうにない。初めの十年こそ怨嗟に囚われたが、すでに褪せた。今はただ、解放を望むのみだ。」


穴の開いた天井を見上げるエンペラーの顔には、どこか物寂しさが漂っていた。リュクスも少しだけ同情を覚える。


「…つまり、テイムして、外に連れ出せということですか?」


『お前、何を言い出す!?』


「いや、だって…」


レイトの叱責に肩をすくめたリュクス。しかしエンペラーは不快そうに顔を歪める。


「それは違う。帝はかつて王。誰かの下につくなど反吐が出る。」


「…それじゃあ、何をするんです?」


「簡単だ。お前の肉体をよこせ。アンデッドとなり闇の力で魂の分離を得た。後は、ふさわしき肉体のみ。」


「…そういうことですか。死んでもお断りですよ。」


リュクスから同情の気持ちは一気に消え去った。狙いが自分の肉体だけと聞いて頷ける者などいるはずがない。

だが、エンペラーは不敵な笑みを浮かべる。


「多少は力を持つようだが、魔素頼みなのは上での戦いで見ている。魔素の使えぬお前では、ただ無駄死にするだけだぞ?」


「やっぱり、この魔素封じもあなたの力ですか。」


「そうだ。もっともこれも長年かけて編み出した闇の力の一端。そのうえ、あの忌々しい封牢の内側までしか及ばぬがな。」


エンペラーがにらみつけたのは、遥か上に見える白い柱。

対してリュクスは、そっとベードから降りた。


『主、なぜ降りるのです?』


「…だって、ベードもみんなも魔素使えないんでしょ?一人で行くつもりだよ。」


われなら威力は圧倒的に落ちるが、黒炎を吐くくらいできるぞ!』


『やめておけ!先ほどのリッチキングに通用しなかった技の劣化で、あれに通用するはずがない。』


『…わかっている。』


レイトの叱責に、グラドは俯いて呟く。

魔素が使えなくとも肉弾戦なら確かに可能かもしれない。だが相手はエンペラーの名を冠する存在。

本能で理解していたのだ。今の状態で戦える相手ではないと。


『それでも、私は行かないでほしいです。』


『ニだって不安だよー!』


「…大丈夫、何とかしてみるから、巻き込まれないよう、端っこにいてくれる?」


『…託すしかない。この状況でも戦えるという、己らの主にな。』


レイトもリュクスの頭上からベードの背へと移る。

従魔たちを壁際に残し、リュクスは戦う覚悟を決め前へ進み出た。


「意地でも戦うというのか。ならば仕方ない。殺してから奪うとしよう。」


エンペラーが、何もないはずの背から引き抜くような動作を見せると、その右手にはサイスと呼ばれるような大鎌が握られていた。

長くまっすぐ伸びた柄は雪のように白く美しいが、鋭く曲がった刃は魔物の瞳を思わせる赤黒い色を帯びているため、いびつさを感じさせる。


「そんなもので僕の体を切ったら、入る肉体がなくなっちゃいますよ?」


「ふっ。ばらばらにする前にお前は絶命する。その後で肉体を修復すれば済む話だ。」


「…それは困りますね。でも、勝つ手段はありますから。」


「ほう?良い威勢だ!」


振り下ろされた大鎌を、リュクスはまさかの無手のまま両手で受け止めた。

素手が刃を受け止めたとは信じがたい、金属音のようなガキンという音が響き、エンペラーは目を見開いた。


「…まさか、魔素によるスキルアーツを発動しているだと?お前の体はどうなっている。」


「さぁ、できるんだからできるんですよ。」


意地悪くにやけたリュクスに、エンペラーもまた邪悪な笑みを深める。


「ますますほしくなったわ!」


「それは不都合ですね!」


そこから大鎌と素手による激しい打ち合いが始まった。

当然、間合いは大鎌が圧倒的に優位。しかしその巨大さを感じさせぬほどしなやかな動きで、エンペラーは自在に鎌を操る。


リュクスが鎌を弾けているからくりは、ディメンジョンスラッシュを腕に纏わせているためだ。

魔素を放出することはできなくても、纏わせるだけなら可能。グラドが翼にウィンドスラッシュを纏わせていたのを参考に、落下中にとっさに編み出した応用技だった。


時には鎌を手刀のように弾き、あるいは掴みにかかる。だが見抜かれたように交わされ、追撃といわんばかりにエンペラー本人を狙うが、逆に脇を狙って斬り込まれる。それをリュクスは咄嗟に纏う個所を増やして防いでみせた。


一進一退の戦いに見える拮抗勝負だったが、時間がたつにつれ、リュクスは徐々に息が上がっていった。


「魔素の消耗が激しそうだな!帝の魔素封じがまったく効いていないというわけではないらしい!」


「っ!どうでしょうね!」


エンペラーの指摘は正しかった。

纏わせているだけのはずなのに、ディメンジョンスラッシュは異様な速度で魔素を食う。出力を細かく調整し、消耗を抑えようと必死に試みているが、出力を落とせばあの赤黒い大鎌に切り裂かれる未来しか見えない。


一方のエンペラーには、疲れの色は一切ない。アンデッドゆえ疲労は無縁、加えてその魔素量は底知れない。


やがて互いに大きく弾き合い、距離を取る。

その瞬間、エンペラーは大鎌を大きく振りかぶった。


「これはどうする!」


振り下ろされると同時に、空気が震える。

鎌から放たれたのは、先ほど見た黒いもや。しかしその色はさらに濃く、速度も比べものにならないほど速い。


「自分では魔法が使えるの!?」


「あたりまえだ。これは帝以外の者の魔素を封じる術だからな。」


「…まぁ、そりゃっそうだよね。でも、ディメンジョンウェア!」


リュクスは空間術の膜を全身に纏い、防御姿勢を取る。

これでどこまで防げるかは賭けだが、踏ん張るしかないと考えていた。


「そんな防御で、後ろのものも守れるのか?」


「え?」


エンペラーの言葉に黒い靄を見直す。どう見てもリュクスだけを飲み込む規模ではない。空間全体を覆い尽くす勢いだ。

背後を振り返ると、不安げにこちらを見つめる従魔たち。

その瞬間、リュクスは走り出していた。


「ヘイスト!」


時術で自らの動きを加速させる。

打ち合いの隙に飛びかかるために温存していた術。だが今はそれを仲間を守るために使う。

覚醒したとはいえ、この技の負担は大きく、最大速なら持って十秒。その十秒を、靄より早く従魔のもとへたどり着くために費やす。


「ディメンジョン、ウェアァァァァ!」


気合を込めた叫びと共に、紫の光がリュクスの全身を包む。

両腕を広げ、迫りくる黒い靄を真正面から受け止めた。


『主!』


従魔たちの声が飛ぶ。

ヒュマであるリュクスが、黒い靄を大きく逸らしたことで、巨狼ベードも巻き込まれずに済んでいた。


靄と空間膜がぶつかる場所から、無数の棘が生まれる。

棘というにはあまりにも鋭利で太すぎるそれは、時折リュクスの防御を突き抜けて襲いかかる。


腕をかすめ、ローブの中で小手が軋む。

頬を裂かれ、赤い血が流れる。

ローブも切り裂かれ、布切れが宙を舞う。


それでも黒い靄は止まらない。エンペラーが生み出し続けているからだ。

このままでは崩壊すると、リュクスの理性が警鐘を鳴らす。


「…ふざけるな。」


このままでは自分が死ぬと心臓までもが警鐘を鳴らす。


「…うざいんだよ。」


大切な仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。もし自分が敗れれば、彼らも危険だと、大きく目を見開く。


「この、くそ靄がぁ!」


叫びとともに、リュクスの瞳が白く輝いた。

瞬間、黒い靄の動きが凍り付いたように止まる。


「なんだ!?帝の魔法が止まっただと!?」


「靄、うざい。沈め。」


輝く瞳で睨みつけ、リュクスが右手を下ろす。

それだけで、靄は従うように地へ沈み、掻き消えた。


「何が、起こって…」


「お前も、うざい。」


唖然とするエンペラーの懐に、リュクスは一瞬で迫る。

転移だがいつもの比ではない。まばたきすら許さぬ速さだった。


「このっ!」


それでも即座に大鎌を振り下ろせたのは、さすがエンペラーの名を冠するものといえよう。


「その鎌も、邪魔。」


リュクスの拳が刃の真正面から叩きつけられる。

たったそれだけで粉砕音とともに、大鎌は赤黒い破片へと砕け散った。


「馬鹿な!?帝のデモナウェポンが、砕かれた!?この魔素を支配した空間で!?」


「どうでもいい。お前も、砕けろ。」


エンペラーに向かってリュクスが拳を突き出す。


「くっ!…グハッ!?」


エンペラーも咄嗟に後ろへ飛び退き、直撃を避けたはずだった。

だがその瞬間、体は砕け、四肢も頭も散り散りになった。


「な、ぜだ。当たっていないぞ。それよりも、防御壁すら、発動してない…」


「まだ生きてるの?しぶとい…」


転がる頭を見下ろし、リュクスは無感情に紫の光を纏った足を振り下ろす。

粉砕音とともに頭は跡形もなく砕け散り、ばらばらになった肉体と共に消滅していった。

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