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思わぬ異世界転生

【ゆりかご】にログインした彼の意識が浮き上がり、目を開く。しかし、目の前は暗闇、それも真の暗黒しか広がっておらず、何も見えない閉ざされたような気分になる空間であった。

盲目の人はこんな景色しか見られないのだろうかと彼が考えていると、いきなり低く歪な声が響くように聞こえ始めた。


「よく来たな。異世界の来訪者。声は出せるか?」


「え?あ、はい!」


「よし、これからがある意味最終審査ってやつだな。まぁ答えはイエスかノーってとこなんだが。」


「わかりました。」


あれほどの試験を乗り越えたのだから、すぐにでもDWDを始められると思っていた彼は、また審査かと思いつつも、早く始めてほしくて即座に返事をした。


「細かいことはお前が先に進んだ場合に話すが、お前が行くのは異世界だ。それは理解したか?」


「え?まぁ、はい。理解してます。」


DWDはファンタジー世界だ。武器と魔法が流通し、魔物があふれる世界観のゲームであり、プレイヤーは冒険者ギルドに登録して魔物を倒していくという設定のはずだった。今さら何を言っているのか、と彼は思ってしまった。


「あー、言い方がわるかったな。やっぱ通じねぇか。いいか、お前が今から行うのは異世界転移、いや体ごと変えちまうから転生か?まぁなんにしろだ。もしここでお前がイエスと答えたら今までの生活には戻れねぇ。元の世界には戻れねぇんだ。死んだらそこで終わる。」


「え?」


あまりにも唐突な話ではある。だが、彼に異世界転移や転生への願望があったのは間違いない。実際、履歴書のような書類の[DWDをプレイしたい気持ち]の記入欄にも、[まるで異世界転生したような感覚で遊べるのが楽しみで仕方ない]と書いたのだから。


「まぁ唐突ですぐに答えが出るわけねぇな。だがよ、ここで断ったら今俺と話した内容は忘れて【ゆりかご】が終了して開く仕組みになってる。また入っても二度とログイン可能とはならねぇ。んで【ゆりかご】はそのうち煙吐いて使い物にならなくなる。まぁ悪いが少し悩んでもいいからここで決めてくれ。今までを捨てて異世界に来るか?」


真っ黒な空間で、彼はうつむくように体を動かすイメージをしたが、体が動いた感覚がない。だが、そのことに違和感は覚えなかった。

今、彼が考えるのは親のことだ。まだ健在だが、頻繁に連絡を取っているわけではない。それでも、急にいなくなったら不安がるだろう。そう思った。


「あの質問してもいいですか?」


「おう、今の状態で答えられる範囲ならな。」


「転移とか転生ってことは、今の世界の僕の体ってなくなります?」


「まぁそうなるな。」


「他の人もそうなるんですよね?千台しか無いうえに何人が同意するかはわかりませんが、急に何人もいなくなれば【ゆりかご】の会社が訴えられますよ…」


「その辺は今は答えられねぇな。こっちに来るんなら答えられる質問だ。」


返ってきた答えに対し、今はあまり突っ込んだ質問をしても意味がないと悟った彼は、少し思いを馳せる。

せっかくDWDのために節約したお金も、3日分の食事も無駄になってしまうし、勝手に旅立つ自分は親不孝者だろう。

それでも、彼はきっぱりと答えを出す。


「じゃあその辺を聞きたいですし、やっぱり異世界転生はあこがれもあるので、僕は異世界に行きたいです。」


「おう、俺たちを選んでくれたのか。それは嬉しいことだ。んじゃ悪いがまずはこっちの世界でしてほしいことの説明をするぜ?」


「はい、お願いします。」


「一応の来訪者の主目的はまず最北の王都につくこと。次に四魔帝を倒すことだ。まぁ四魔帝は俺様の力で蘇るんだが。」


「え?俺様の力?」


「ん?あぁ自己紹介してなかったな。俺様は邪神イギルガブラグ。まぁ実際にはその分体だがよ、分身作れるからって面倒な始めの説明役を押し付けられたってわけだが、最終目的は俺様の分体を倒すことになる。」


「え、ラスボスが説明役なんです?」


「お前らの言うゲームだったらとんでもねぇ話だな。」


ひょうきんな口調で話す声の主が邪神だと言われても、彼には今ひとつ実感が湧かなかった。

それでも、一応はとんでもない存在であることは理解した。


「話を戻すがこの世界の魔をつかさどるのが俺様で、その魔の力に対抗するのがお前ら来訪者ってことになる。ヒュマやエルフやドワーフなんかの聖族が安全区域とかいう結界を広げて、陣地を広げようとするように、魔族も陣地を広げようとしてるってだけなんだが、この状態を聖魔戦争なんて言ってるやつもいるな。」


「戦争、ですか。ちょっと不安な話ですけど、続けてください。」


戦争だなんて、とんでもないことに巻き込まれるのが確定しているのか。そう思い、彼は眉をひそめたつもりだった。だが、実際には意識がそこにあるだけで、首を振ったつもりでも意味はなかった。

それに気づくこともなく、彼は話の続きを促す。


「まぁそうは言ったが俺様の力で生まれた魔族が全部悪い奴ってわけじゃない。中には聖のほうにつく奴もいるし、聖族で魔につく奴もいる。まぁ、面倒な話がいやなら魔物はどんどん狩ってくれて構わない。捕まえて育ててみてもいい、俺様の力で勝手に増えてるから好きに使ってやってくれ。」


「なんか戦争って聞いて身構えたんですけど、割と雑ですね…」


「まぁ戦争なんていったが四六時中争ってるわけじゃねぇし、今はむしろ停滞気味でどっちも押してねぇ。だがそのせいでだいぶ魔物が増えすぎちまったからな。大きく世界を動かす必要が出てきちまったんだ。」


「増えすぎたのならあなたが減らせばいいだけでは?」


「いや勝手に増えるっていっただろ?もう増えることは俺じゃどうにもできねぇ。そもそも俺様としては楽しければ何でもいいんだ。戦いをするのも楽しいが、見るのも好物なんだ。もちろん戦いをすることを俺様は強要しない、好きにやってくれ。そういうのを見て楽しむのが俺様たち神だ。」


まるでゲームを眺めているだけの見物者のような言いぶりだが、彼の中では神とはそういう存在だというイメージがあったため、納得した。


「あともう一個イリハアーナの奴に回す前に話があったはずなんだが。あぁ、王国についてか。聖族の中で最も多いヒュマ、えっと来訪者には人間って言ったほうがいいか?その種族の王が作った国が大陸の真ん中にドンとある。お前らは最南端の街から、そこ目指してほしいってわけだ。」


「まずは王国を目指せばいいんですね?」


「そういうわけでもねぇ。東方向にはエルフの里がある大森林が、西には海に面したドワーフの街がある。ドワーフの街にはヒュマやビスタも住んでいるけどな。ビスタはお前らの言う獣人ってところ。まだな。先にそういうとこを目指したっていい。要は好きにしていいんだが、まぁなんかわからなかったらイリハアーナに聞いてくれ。」


「え、イギルガブラグさんは質問答えてくれないんですか?」


「あぁ、俺の案内はここまでだ。この後は聖神イリハアーナから体もらって、俺様たちの世界にご案内だ。長々と悪かったな、会えるのかはわからねぇが、お前が楽しむのを俺様も楽しむぜ?じゃあな。」


「あ、ちょっと!」


引き留める声も聞かずに、彼は真っ黒で閉ざされたような世界から、急に開けた真っ白な世界へと飛ばされる。

美しいほど白いが、何もない。

そう、そこにあるはずの自分の体もない。

さきほどまでの黒い空間内でもどうやら体がなかったことに、彼は今さらながらに気が付く。

不思議と焦りは感じなかったが、その時、女性の声が響いた。


「初めまして来訪者よ。イギルガブラグとの接触を経て、ようこそわたくしの領域へ。」


澄んだように美しく、頭に響くような女性の声。それはまさに聖神イリハアーナ様の声で、イギルガブラグとの会話では[様]を付けるべきだとは感じなかったが、この声は聖神イリハアーナ様と言わざるを得ないと彼は感じた。


「よろしくおねがいします。えっと、どうやら体が無いようなのですが。」


「そうですね。あなたの状態を早めに安定させるため、名と体を作ります。先に名を決めましょう。まずは呼び名からです。呼び名にしたい名を思い浮かべてください。普段あなたはこの名前で呼ばれることになります。」


「今までの名前でもいいんですか?」


「それでもいいですが、(わたくし)たちの世界では発音しづらい音だったりするので、できればあなたたちの言うファンタジー的な名のほうが好ましいですね。」


彼がそこで浮かべたのは、今までいろいろなゲームで使ってきた[リュクス]という名前であった。これなら、発音的にもそれほど問題はないだろうと彼は考えた。


「わかりました。では、リュクスでお願いします。」


「それならばこちらでも違和感のない名前です。では、次に縛り名を決めてください。こちらはむやみに他人に教えてはいけない名前ですが、無くてはならないあなたを示す名前です。」


「苗字、みたいなものですかね?では自分の名前をちょっと変えてアルインでお願いします。」


「では、あなたはリュクス・アルインとなります。もう変えられませんが問題ありませんか?」


「はい、問題ありません。」


彼にとって、この名前は普段ゲームでも使っている名前だ。呼ばれても、問題なく返事ができるだろう。もっとも、アルインの方は教えてはいけないので、リュクスと名乗るだけになりそうだとも考えた。


「よろしいようですね。今のあなたは声は出せていますが、存在としては精神体で体がありません。不便でしょうからすぐに体を作らせていただきます。」


真っ白な空間に歪みが現れ、そこから人間の体が現れる。

黒髪短髪、身長165cmのその体は、決して筋肉質ではないが、太っていたり、極端に痩せていたりするわけではない。それはまさしく以前のリュクスの体そのもので、カプセルに入るときに着ていた青いパジャマ姿だった。


「この姿のままですと、いくら来訪者とはいえ浮きすぎてしまうので少しいじらせてもらいます。その際に髪の色を変えたいなどありましたら希望を受けますが。」


「エルフとかドワーフになるなんてこともできるんですか?」


「いえ、申し訳ありませんが種族が変わるような大きなずれは難しいですね。一応耳をエルフのようにとがらせたりも出来ますが。」


「いえ、別にやらなくて大丈夫です。特に希望はないんですけど、黒髪のままでいいんですか?」


勝手に耳をいじられそうになり、余計なことを聞いたなとすぐに断りつつ、リュクスは黒髪が嫌悪されることもある物語があることを知っていたので、確認する。


「問題ありません。黒髪のかたも一定数います。髪色は遺伝ではなく個人差です。希望がなければ少し顔の形をこちらのほうに寄せさせていただくだけにします。」


「はい、それだけでいいです。」


了承すると、リュクスの元の肉体である顔の形がほんの少し変わる。それだけでも、今までとは違うと明確にわかる。いわゆる海外系の顔つきになったのだ。それを見て、リュクスは少し気持ち悪く感じてしまった。


「やはり来訪者の方には慣れないようですね。申し訳ありません。ですがこれで体はできあがったのであなたの精神をお入れします。」


リュクスの意識が一瞬飛ぶ。再び目を開けると、先ほど顔を作り替えられた肉体に自分が入っていることに気づく。顔は鏡がなければ見えないし、手足は今まで通りに動くので、何も問題はない。むしろ、何も変わっていないように思えてしまった。

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