傷ついた狼
リュクスは宿に戻った後、頭上から降りてきたレイトにノビルの催促をされていた。夕飯時には確かにあげていたなと皿に盛りつけたノビルをあげる。おそらくギルド長のところでは食べたくなかったのだろう。
その後のリュクスは寝るまで空間術を練習していた。大きさ重視でとギルド長と言われたのもありできるだけ大きく作り上げていき、3度目で少し小さい気もするがバスケットボールほどになった。
リュクスのファイアボールの大きさでスペースボールを長い時間維持し続けられるようになったら、小さい異空間倉庫を作れるくらいにはなるだろうというのがギルド長の言葉だった。
異空間倉庫は一度作るときに魔素をどっと吸うが、核さえできればあとはつぎ足さなくても基本は崩壊することはないとギルド長は言っていた。魔素をつぎ足すのは倉庫を広げたいときだとも付け足していた。
作れても初めの大きさは倉庫なんて言えない小さいもので、そこに魔素を継ぎ足していき入れられる量を増やしていく。
さらに異空間と言えど劣化は起こる。劣化しない鉱石素材などを入れておくだけにするか、ギルド長のように劣化しないように時弄りの魔道具を一緒に異空間に入れるかしないといけないそうだ。リュクスの場合は時術で劣化しないようにできるだろうとは言われたのだが。
いずれは時術を使えるようにしたいとも考えるが、まずは空間術だと気張るリュクス。異空間倉庫にアイテムを入れることでアイテムポーチに入りきらないというのも防げるようにしたいのだから。
ただし空間術の練習は室内でやるように注意された。室内のような場所のほうが空間が安定するようだ。ギルド長の作った庭も外ではなく空間だそうだ。
ファイアボールと同じ大きさで刻5つすぎるほどに安定できたならば、外でも空間術を使ってもよいと言われたが、その日は3時間ほどでばてて眠りについていた。
翌日は北の南兎平原ではなく、東側に足を延ばしていた。東側に歩く途中からは建物がなくなり、ほとんどが畑とリンゴの果樹が見える。この辺りは大通り沿いにも露店はない。
大通り沿いはほとんどもう誰かの土地のようだったのだが、南東の扉から一番近い場所に一部ぽっかりと土地が開いていたのを見てリュクスは首をかしげていた。どうしてここだけ手が付けられていないんだろうかと。
それぞれの土地ごとに柵で囲われていて、開いた土地も柵では囲われているのだが、他と比べても圧倒的に広いのがわかる。なぜなら開いた土地と石壁の間には大通があるのだが、そこから東門側に顔をのぞかせれば、東門まで何もない土地になっていたからだ。
今は東門に用事もないので壁側の道を通ることはない。南東の出入り口に向かう。そこは北門の人だけが通れる扉だけで、馬車が通れるような門はない。ここを馬車が通ることがないのだろうとリュクスは納得する。
この扉の先は少し聖域の石畳があった後は広大な森になっているそうだ。今回の目的はその森だ。
この南端の街は西と東に大きな森がある。西にはレッサースパイダーという蜘蛛が多く、その糸からいろいろな布製品を作るので、西側は生産を中心に栄えた。そして東側に開いた土地は農業地になった。
東の森の魔物は街に近いところは犬型の魔物、奥は狼型の魔物がいるそうだ。そんな方向に農業区を作ったのだと一瞬考えたリュクスだが、石壁への信頼が厚いのだろうと納得した。
リュクスが扉をくぐるとすぐに森が見え圧迫感すら感じた。出てすぐの地面は聖域の石畳があるが広くはない。すこし歩けばすぐに森なのだ。扉には兵士がいないが、馬車が通らないので配置していないのだろう。
リュクスはさっそく森に入っていく。犬の魔物なので兎と違って地面に埋まってじっとしてるなんてことはない。それぞれの縄張りを巡回しているらしく、いつ出会うかわからない。なかなかに緊張感をもっていかなきゃいけない。
リュクスがこの森に来たのはギルド長の薦めだ。アタックラビット狩りになれた冒険者はほとんどが蜘蛛狩りに行くため、西は人の多い人気スポットであり、リュクスも目立つ可能性があるので、東の森に行くとよいといわれたのだ。
リュクスも西の森にもそのうち足を向けるつもりだったが、人の少ないところを探すために探知能力を上げるつもりのようだ。森にと入ったリュクスは意識を集中する。入ってすぐにリュクスに向かって来るような気配は感じなかったが、そもそも気配を探るなんて兎でやろうとしてただけのリュクスに気配探知できているのかはわからなかったのだが。
それでもリュクスはできるだけ気配を探ろうとしながら森を歩く。リュクスの今回の目的は先に魔物を見つけることだ。先に魔物に見つかってるようではドーンのようにはなれないだろう。
六感分析というスキルがリュクスにはあるのだ。スキル能力をあげれば探知できるようになるはずだと考えていたリュクスは急に気配を察知した。
リュクスから見て右前方のほう大きく歩いて50歩ほど先くらいだろうか、リュクスは杖をしっかり握り、気配を察知した場所に近づいてみると、木の根元に何か倒れていた。ここの犬型の魔物だろうか。グレーの毛並みはリュクスには大きいシベリアンハスキーのように見えた。
リュクスが近づくもまったく動かない。どうやらかなり大きなけがをしているようだ。血は出ていないが、横腹に大きな打撲傷を見たリュクスだったが、とりあえず相手を知ることから始める。
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対象:インヴェードウルフ
群れの長の命令により、森を集団で侵略する狼
単体で見かけた場合は、何かの理由で群れから離れたものだろう
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識別結果で狼だと知ったリュクスは、自分たちの縄張り拡張に来てたのだろうかと思い、おそらくこの負傷が原因で群れから離れたか、もしくは群れを離れるときに負傷したかというところだろうと考えた。
そしてリュクスの中に哀れみの思いが生まれる。相手は魔物だというのに、助けたいと思ってしまったのだ。そもそもできるかどうかさえわからないというのに。
なるようになれだと触れられるほど近づいたリュクスだが、それでも狼は動かない。しかし息をしているので生きているのはわかる。放っておいたらおそらく犬の魔物に襲われて死ぬだろう。
犬と狼という差があるのだ。この怪我を治せば魔物の強さ的にも負けることはないだろう。最悪逃げることはできるはずだと。
なぜ助けたいと思ったのかリュクスは自分でもわからなかった。元の世界で犬を飼った経験もなく、特別愛情があるわけでもない。しかし思ったなら行動するまでだと思うが、リュクスは癒術なんて覚えておらず、癒せる術法も誰からも教わってない。ただ愛でる手というスキルには癒しの力が発現する可能性があるとイリハアーナ様から聞いていたのだ。
手というくらいだから直接触れればいいのだろうかと、リュクスは打撲傷に軽く触れる。狼の体が少し動いたが、それ以上は動けないようだ。それだけ消耗しているということだろう。
どうすれば治るのかわからないリュクスだが、とりあえずゆっくりと撫でる。治れ治れとつぶやきながらゆっくりと撫でていると、リュクスの撫でる手がうっすらと淡く緑に光る。
魔法の兆しともいえたのを見て、技を言葉にするといいんだと思い出す。癒すのはヒールとでも言えばいいのだろうかと思ったが、今の状態なら癒しの手というべきだろう。
「ヒーリングハンド。」
緑の光が少し強くなり、ゆっくりとだがひどかった打撲傷が薄れていく。ただリュクスの表情は少し険しくだいぶ負担のようだ。これが多くの魔素が流れていく感覚なのだろうとリュクスは耐えていた。
朝から森に来ていたというのに、差し込む日の光が一番強い時間も過ぎた頃にようやく狼の傷が消えた。リュクスも魔素を消費しすぎたのか立ち上った瞬間立ち眩みしてしまった。
狼の消耗までは完治していないようで、まだ体を寝かせたまま、首だけをリュクスに向けてはいた。背のほうから撫でていたので振り向くのも少し辛いようだ。
リュクスはアイテムポーチから豚肉を出してちょいと投げる。振り向いてた狼の顔は、その肉を追って元の向きに戻る。顔あたりに投げたので食えるだろうとリュクスはその場を去る。さすがに腹も満たせばある程度動けるだろう。
「じゃ、元気でやれよ。」
ひとり身となった狼がどうなるのかはリュクスにもわからなかったが、テイムする気は起きなかったようだ。せめて周囲に犬公がいたら倒してはおいてやるかと周囲を探したのだが、近場に犬はいなかった。
円状に森を歩いてさらに範囲を広げていくが、全く犬の気配がしない。おそらくあの狼がいた群れで狩りつくしたんだと思い空を見れば、差し込む日の光がかなり弱くなってきた。空間術の練習もあるからと森での戦闘は一度もなかったのだが宿に帰宅することに。帰るときに狼を見つけた場所の近くをリュクスは通ったのだが、狼の気配を感じず、すでに姿もなかった。
invade⇒侵入する




