時空術を教わる
横向きに寝ていたリュクスが目を覚ますと、丁度お腹のあたりにレイトが寝ころんでいた。温かく柔らかい存在に思わず撫でる。
「きゅ?」
「おッと、起こしちゃったか。おはよう。さて、なぜか日課になった兎炭作りに励もうか。」
「きゅ!」
そんなわけで草原ではレイトの兎呼び出しの力を借りて、まとめて一気に13匹を炭化させたリュクス。手伝ってくれたレイトへのお礼はもちろんノビルの根だ。昨日よりも早めに終わったが、リュクスはそのまま折り返して冒険者ギルドにと到着していた。
「今日も早いな、なんだ、コツでもつかんだか?」
「いえ、ちょっと上のに手伝ってもらったんです。」
昨日は遅い時間なのに書類と格闘していて、リュクスへの対応も事務的な態度だったドーンだが、今日は世間話くらいは大丈夫のようだ。
「あー、なるほどな。それで昨日も早かったのか。昨日は悪かったな、書類がたまっちまっててな。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「それと、あんま頼りすぎるなよ。」
何にとは言わなかったがレイトのことだとすぐにリュクスにはわかった。元々昨日は頼るつもりではなかったのだ。今日はギルドで聞きたいこともあったので早めに終わるよう手伝ってもらっただけであった。
「はい、そのつもりです。ところで、二つほど聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「おう、俺で答えられそうなことなら答えるぜ。」
「1つ目は調味料を探しているんです。塩と油は手に入れたのですが、醤油や味噌なんかがあると嬉しいです。」
「しょうゆ?みそ?聞いたことねぇな。商業者ギルドに聞いたほうがはやいと思うが、どうする?偏屈のギルド長にでも聞いてみるか?」
「あのギルド長に偏屈は使い方間違えてる気がするんですが、空間術についても聞いてみたいので、一緒に聞いてみます。」
「おう。ギルド長室にいるから一人で行ってこい。空間術に関しては俺が聞いていい話じゃねぇからな。」
ギルド長の話を聞いてリュクスは思い出す。今日は空間術を教わる予定だったのだ。つい金策を優先して兎狩りに出てしまったのだ。ギルド長室に入りあいさつを交わしたリュクスはすぐに謝罪も入れた。
「すいません、先にくるべきだったのに。」
「ほほっ、まぁそういうこともあるじゃろうて。儂は構わぬ、来るまでは書類整理しておったからの。若い冒険者はむしろそのくらいでなくてはならぬ。」
「そういっていただけると、気も晴れます。」
「さて、ここでは狭いかの。今日は他のものは訪ねてこないようすでに周知させておる。では行くかの。」
ギルド長が立ち上がり空間を手で切り裂くと、切り裂いた場所が歪み、別空間の口が開いた。
「えっ。」
「ほほっ、驚いたかの?これが転送門、トランスファーゲートの魔法じゃ。儂の実験用の庭に通じておる。誰も来ぬ場所じゃから、こういう高位魔法を練習するならもってこいじゃ。」
「な、なるほど。」
リュクスは自分がこの魔法を使えるレベルまで特訓するのだろうかと少し不安になりつつも、開いた転送門に入っていくギルド長に続いていった。
門の先は確かに庭なのだがとにかく広いの一言。ここは南端の街付近なのだろうかとリュクスは見渡すが石壁も見えない。地面の芝生は識別しても一面ノシバと出るだけであった。庭に一本だけある大きな木にも目が行く。しかしリュクスにはその木は識別ができない。阻害されてるのか自身の識別の力が足りないのかとただただ木を見つめた。
「ほほっ、立派なもんじゃろ?この庭は儂の作った異空間というものじゃ。確か来訪者なのじゃろ?こういう言い方でも伝わるじゃろう。」
「はい、何となくは理解できます。しかし、これだけの広さですか。」
「ほほっ。どこまでも続いてるように見せているのは空間幻影という魔法技術じゃ。実際にはあの木を中心にそれほど広いわけじゃない。あの木がこの空間を作り出す礎ゆえに、識別の阻害はかけておるがの。」
「なるほど阻害がかけられているんですか。だからあの木は識別できないのですね。」
「今でこそ広いと自慢できるが、ここまでに育てるのに幾年かかったか。始めはあの木も小さかったんじゃよ。儂の魔素を注ぎここまで育てたのじゃよ。」
「あの、こんなところに僕来ちゃって、良かったんですか?」
「ふぅむ、しかし空間術を使うのであれば、ここ以上の場所を儂は知らぬ。もちろんある程度慣れれば人前で使うのは構わぬのじゃが、失敗すれば場合によっては周囲空間がずっと歪んだままになってしまうからの。そんなところに他の者がいて巻き込まれたら、どうなるのかは儂にもわからぬ。儂も空間術の訓練は師の作った空間で行ったものじゃ。この空間ならば何か起きても儂の魔素が満ちておるからの、よほどのことのない限りはすぐに抑え込める。」
大切な場所に来てしまったのではと恐縮したリュクスだったが、失敗したときの安全性も考えてここなのかと納得する。
「では、闇の刻になる前には終わらせぬといけぬからの。しかしその前に少し話すことがある。」
「はい、お願いします。」
「そなたはドーンから基本的な火術の使い方を聞いておる様じゃから、術法の基本はイメージというのは理解しておるはずじゃな。術法は一応はスキルアーツとして分類されるが、他人に教える技はどんな人物でも使いやすくできた術法となる。ファイアボール、イグニッションなどはこれに分類されるの。」
「術法の基礎ということですね。大丈夫です、わかります。」
「ふむ、これから教えるものも出来上がった技の分類じゃ。教えた技を育てていけば、他の技も自然とできるようになるじゃろう。しかし、それでは儂と同じ域にまでは来れぬぞ。」
「同じ域、ですか。」
「そうじゃ。術法だけに限らぬが、自己流のスキルアーツを編み出すことが必要じゃ。これは他人からイメージを教えてもらっているうちは絶対に生まれぬ。儂の教えは一つの道として覚えておくほどにせよ。儂のは答えの一つにすぎぬ。」
「な、なるほど。」
自己流の技と聞いたリュクスは声が上ずった。そんなのとても面白そうだからだ。当然目指す未知の一つになるが、しかし今はまず基礎が必要だと切り替える。基礎が出来なければ発展など難しいとリュクスにはわかりきったことだった。
「まぁ今は難しい話じゃろうが覚えておいてくれ。話は以上じゃ、さっそく始めるかの。まずはファイアボールを手元で作って見せてくれるかの?」
「はい。」
リュクスは言われた通りファイアボールを手元で作る。バスケットボールほどの大きさの火の玉を直接は触れてないが両手で包むように抑え込んだ。
「おぉ、本当に充分な大きさじゃの。それだけの力があれば行けるはずじゃ。空間術を使うのならば、それを火ではなく、空気で作るイメージで作るのじゃ。」
「空気で作る…」
ファイアボールをかき消したリュクスはイメージを変えてみる。空気で作るとはどういう感じなのだろうと考え、どこかのアニメで見た空気弾を思い浮かべるがファイアボールのようにうまくは作れなかった。
「うぅむ、やはり難しいかの。風術に覚えがあると捗るのじゃが。ならばアイテムポーチに手を入れた時を思い出すのじゃ。あの感覚が本来の空間術じゃからの。」
「アイテムポーチに手を入れた感覚ですね。」
アイテムポーチの中は特殊な空間のはずだが、リュクスは触れても違和感を感じず使えてしまった。ゲーム経験が生きたのかとも思っていたが、もしかして時空術のおかげだったのかと感覚をつかみ取り始める。しかしもう少しで発動できそうで何かが足りない。
「ぬっ、この気配!スペースボールと唱えるのじゃ!」
「はい!スペースボール!」
リュクスがファイアボールを作った時と同じように手を包む中で、ボール型に空間が歪んでるのがわかる。大きさは火の玉のより半分ほどだが、しっかりと魔法として出来上がっていた。
「ほほぅ、良く安定しておるの。初めてでそれだけの大きさを安定させられるのであれば上出来じゃ。そのままできるだけ長く維持できるようにしてみよ。そして大きさを広げようとしてみよ。まずはそこからじゃな。ちなみに今そなたの出したものならば一応は攻撃として使うこともできる。それを標的に当てれば相手は大きく弾かれるだろう。」
「そ、そういう魔法なんですね。」
「いや、その空間は今は拒絶を意識した空間となっておるからじゃな。おそらくファイアボールのイメージに引っ張られすぎておる。もっとアイテムポーチの空間を意識すれば、引き込む空間やいつでも物を出し入れできる空間にと成長していくじゃろう。後は練習に励むとよい。」
「ありがとうございます、頑張ってみます。」
喋ったことで少しボールがゆがむ。しっかり意識してないとリュクスはボールを維持できないようだ。しっかり維持できるよう戻そうとするだけで肉体的にも少し負担がかかり、ボール維持だけでも空間術の練習になりそうだと実感する。
「ふむ、かなり長く持続できるようじゃの。喋ることで集中が切れるかとも思ったのじゃが。ならば会話しながら維持を続けてみよ。とは言ったが、何か聞きたいことはあるかの?」
「聞きたいことですか。あの、僕のスキルは厳密には空間術じゃないんです。どうやら時空術というので、時術と空間術の複合術なんですよ。時術については何かご存知ですか?」
「…なるほど、そなたを爆弾というドーンの気もわかる。正直に言おう。そなたの持つ力は確かに南端の街にとってはいささか珍しい力となる。このあたりでは目立つじゃろう。そなたが来訪者だと知っておる儂ら冒険者ギルドの上層部は問題ない。しかし南兎平原で狩りをするような、初級冒険者たちにとってはいささか刺激が強くなり、噂が広がって問題視される可能性もある。そう考えればドーンの機転はよくできておるな。まだ街でそなたの噂は聞かぬので、うまく隠蔽できておる様じゃの。」
「はい、おかげさまで。うまく人のいないところを案内してもらいましたので。」
「そういう面も含め、明日からの依頼を変更する必要がありそうじゃの。おっと、今は時空術のことじゃったな。ならば時術も教えよう、とはいっても儂は使えぬので、聞いた話を伝えるだけになるがの。」
「いえ、かまいません。お願いします。」
「ふむ、ではこれも、アイテムポーチで説明しよう。アイテムポーチにかけられている時術式には、時間経過停止というものが使われておる。中に入れたものが品質劣化しないようにと、非常に複雑に組み込まれた術式に、何人もの魔素を注ぎ込んで使われるものじゃな。もっとも術式を組み込む作業は複数同時に行えるようで、製作に時間はかからぬようじゃが。要するに時術はその名の通り時間を操る技じゃな。初めから標的の時間停止、というわけにはいかぬじゃろうが。そうじゃな、アタックラビット程度の相手に使うのであれば、動きを遅くするようイメージするとよい。逆に自身が早く動けるようイメージするのもよいぞ。そしてイメージだけで難しいときは技名を使うのじゃ。先ほどのスペースボールのように、技に名を付けてやるとよい。そうしたものはスキルアーツとなるのじゃが、どうしてもうまくいかない場合はスキルアーツをまとめた書がある。時術は重宝されてるゆえ入手には時間がかかるじゃろうが、他の術法のであれば入手できるゆえ、そこから何か得るのもよい。」
時術の技名と聞いたリュクスは時間系の魔法としてヘイストとかスロウとかの名前を思い出す。空間系もスペースと名をつければいろいろとできるのだろうか?とにかくイメージして、イメージに似た技名を口に出せばいいのかと納得する。
「とりあえずは詰まるまで独自に頑張ってみます。」
「ほほっ、良い心がけじゃの。さて、もう日の暮れる刻の頃かの。そなた、食事はどうするつもりじゃ?ドーンに何やら調味料について聞いておった様じゃが。」
「えっ、なぜそれを!?」
リュクスは思わずここまで維持してたスペースボールを霧散させてしまった。調味料の話はドーンにはしたけど、ギルド長にはしてないはずだったのだ。
「儂はギルド長じゃぞ、ギルド内のことは手に取るようにわかる。何てことはなく、実はドーンにつけてた空間術で少し盗み聞きしたのじゃ。空間術を教えられる日が来るとは思わなかったからの。ドーンを通すであろうそなたが来るのが待ちきれなくてのぉ。」
「えぇと、とりあえず夕食も自作予定ですよ?」
「ふむ、やはりそうか。ならば卵から作った調味料、マヨネーズを持っているのじゃが、使って作ってみてくれぬかの?」
「マヨネーズ!いいですね。」
「ほうほう、提案に乗ってくれるかの。ならば儂が食材を出すのでここで作ってもらおうかの。そなたは料理準備をしておいてくれ。」
素材は自分のものを使ってもと思ったリュクスだったが、相手は冒険者ギルド長だ。野草を使ったりするのもどうかと思い、料理セットだけ取り出す。ギルド長は空間に手を突っ込んで肉と野菜を取り出し、料理机の上に並べていく。受け取ったものはまず識別の心がけでリュクスは肉を識別する。
「こ、これはイビルブルの肉!」
「ほほっ、ドーンにあの店に連れられたのかの?この街でこの肉を出すのはあそこくらいじゃろうて。あとはメインのこれじゃ。」
瓶に入った白い半固体状のものを識別するとのラウンドチャビーチキンのマヨネーズとでる。瓶マヨネーズとは異世界ならではと思ったリュクスだが、元の世界のようなマヨネーズ容器はないかと納得した。
「卵を輸入しての。この街で作られるリンゴビネガーとリンゴオイルを使って作るのじゃ。これも来訪者の知恵の一つなんじゃがな。」
「へぇ、そうなんですか。」
「醤油と味噌というものも確か開発されておるはずじゃ。どちらもこの街まではめったに輸入されぬ、二街先のものだったかの。この街に輸入されてもほぼ商業ギルドが独占しておる状況じゃな。」
「そうですか、ちょっと残念です。」
「まぁ今手に入らぬものはよいじゃろう?それよりもはよぅ作ってくれぬかの?儂は空腹じゃ。」
「すいません、すぐ作りますね。」
商業ギルドでなら醤油と味噌も入手できるのだろうかと考えつつも、油と塩ともらったマヨネーズで作り上げたイビルブルのマヨステーキはリュクスとしても上出来に作れ、こってり濃厚な風味に舌鼓を打つことができた。
食事中に今後の魔法について話をされた。魔法を維持すると安定させやすくなり、大きくさせれるようになると他の魔法に発展しやすくなるという。今のリュクスならば安定性は問題ないので大きさ重視がいいだろうと教えられた。
もうすでに一人でも空間術を使っても問題ないと、ギルド長から他にもいろいろとわかる範囲でと空間術について教えられたが、リュクスが一番心が引かれたのは異空間倉庫の話で、食後まで少し詳しく聞いていた。




