南端の冒険者ギルド長
新たな宿で起床したリュクスだが、なんだが少し動きにくくてベットの上を見れば、ソファーで寝てたはずのレイトがリュクスの上で寝ていた。
「こいつ…」
「きゅ…」
「なんだ、不機嫌そうに。勝手に乗るなよな。」
リュクスがレイトをずらすといかにも不機嫌な声をあげた。テイムしたモンスターはこうなるものなのだろうか。リュクス的にはもっと従順なイメージがあった。とはいえ自分よりも圧倒的に強い相手に急に従順にされても困るかと納得した。
料理セットを出したリュクスはささっと切り分けた豚肉を炒める。朝から肉はリュクスには少し重いがほかの物はノビルとレモングラスくらいだ。もう少し何か買いたいところではある。
レイトにノビルをあげつつリュクスの予定は決まる。まずは冒険者ギルドで依頼を受けてお金稼ぎだと。ここにいるだけでも10日後にはまた1500リラかかるのだから。
せっかく覚えたイグニッションも使って兎炭の収集でもするのがいいかと思ったが、今の自分の冒険者ランクでは受けれないといわれてたのを思い出す。ならばまずは冒険者ランクを上げるかと決めた。
「とりあえず冒険者ギルドだな。ランク上げの話聞くだけになるかもだけどお前も来るか?」
「きゅ?」
リュクスはベッドの上で動いていなかったレイトにしゃがんで声をかけると、レイトはのそりと動いてリュクスの頭に乗ってきた。
伝わってるのか伝わってないのかもリュクスにはよくわからなかったが。とりあえず宿を出て冒険者ギルドに向かう。起きた時間は今まで通りだったが宿を変えたことでギルドまでの道のりができてしまった。
道中の露店は北門への道よりは多くないが気になるものも多かったがまずはギルドだと歩いてきたリュクスだったが、ついて早々なぜか入り口でドーンに待ち伏せされていた。
「よぉぉ、待ってたぜぇ?残念なお知らせだ、もうお前のことが面倒なのにばれたぞ。」
「な、なるほど、それで僕を待っていたと?」
「お前ならギルドにくると思ったからな。ほらいくぞ。」
「えっと、どこにでしょうか。」
「ギルド長室だ。」
どうやらリュクスは面倒ごとの回避は無理そうだと判断する。おとなしくついていくとまずは奥の階段から3階まで上る。3階の一角の部屋に入室したリュクスの目に入るのは大きな机とその両端乗せられた書類の山。そして書類の間に座っている白い髪と白い髭が特徴的な人だ。それなりの年齢なのだろうがなのに老けているとは感じさせない不思議な感じだ。
「いやはや、無理に呼んで申し訳ないの。儂はこの街の冒険者ギルド長をしておる、アーバーというものだ。皆にはギルド長としか呼ばれぬが、よろしく頼むの。」
「はい、よろしくお願いします。」
「それで、おぬしにいろいろと話すことがあるが。時間は問題ないかの?」
「僕は問題ないです。」
問題があるとは言いたいリュクスだったが、別段急ぎの用事がないのは事実でおとなしく話すべきだろうと観念した。
「ふむ、君は問題ないか。しかし、その頭の上のラビット殿は、あまり長く話すのは問題かもしれぬか?」
「うーん、どうなんでしょう。僕もこいつについてはよくわかってなくってですね。」
ギルド長にはドーンと同じようにレイトが見えてるみたいだが、ドーンからどこまで聞いてるかはわからない。問題視されてる本人は寝息を立てている。
「ふむ、従魔ではないのか?従魔ならば指示を聞くはずなのじゃが。」
「うーん、どうなのでしょうか、レイトという名を与えたときに、僕の縛り名もついたようなのですが。それで従魔となったことになるのですか?」
「俺は従魔なんて詳しく知らないが、俺はそいつが従魔契約されてないなら、もしかしたら死んでたかもだぜ?」
「そうじゃろうな。それだけの可能性がラビット殿にはある。つまりは従魔契約はできているようじゃの。縛り名もついておるのであれば契約ができてるといえる。」
「なるほど。じゃあやはり僕よりもレイトが強すぎるからでしょうか。言うことを聞いてくれる気が全くしないんですよね。」
戦闘指示のスキルを持っているリュクスだが、レイトに特別指示を与えたわけではなく何とも言えない。そもそもリュクスの言葉を正しく理解できているのかも不明なのだ。
「ふぅむ。本来従魔はおのれの力を示し服従させることで契約するのじゃが。聞いた通り契約方法が違ったようじゃな。その影響があったのかもしれぬな。初めてみるケースじゃから不明な点が多いのぉ。しかし契約がされているのであれば、まぁ大丈夫じゃろ。」
「問題があったらじじいが止めろよ?俺達には無理だ。」
「うぅぬ、儂だけで止められるかのう。敵対せぬことを祈るばかりじゃが、聞けるならば詳しい強さを聞いてもよいのかの?」
「戦っているところを見たわけでもないですし、勝手に教えていいのかわからないんですよね。本人に確認もできそうにないので、申し訳ありません。」
リュクス的には信頼できる人に自分のスキルを教えるのはいいが、他人のスキルを広めるつもりはない。従魔と言えど自分の情報じゃないのだ。
「ふむ、従魔と言えど意志あるものだったの。ならばその意志を確認せず、そのラビット殿の情報を他者に渡すのはよくはないの。」
「あぁ、こいつはその辺わかってる。俺の見る目も捨てたもんじゃないだろ?」
「おぬしが教官となっただけじゃろうが。まぁ、良い冒険者じゃとは思うが。」
ドーンとギルド長は仲がいいのだろうか。いつも話してるようなやり取りで上司と部下という立場を感じさせないのだ。
「さて、ではラビット殿の話の次で悪いのじゃが、アタックラビットの炭の話をしようかの。あれは今までにない新しい素材の可能性となったのでな。炭という素材がアイテムポーチ以外で何に使えるか模索をし始めているところじゃ。他の街にも情報を流していたのじゃが、火知の街で木を炭にする実験に成功し作り始めているようじゃの。」
「え?炭って今までになかった素材なんですか?意図してできたものじゃなかったんですけどね。」
「木片を燃やして火を起こせば燃え尽きて消えるのが普通なんだよ。魔物もそうで何か残るってのが俺も初めてみる現象だったんだ。」
まさかの炭という素材自体がこの世界にはなかったようだ。基本的に火は魔法で起こしているのでそのせいで炭にならずに燃え尽きるのだろうか?
「何か使い道にあてがあれば良いのじゃが。」
「じじい、リュクスは来訪者だ。発想があるんじゃねぇかと思う。なんかいい使用法知らないか?」
「使用法ですか?そうですね。一番よくつかわれるのは燃料ですかね、木炭ならさらに熱すると着火すると思います。 焚火のような炎は出ないのですが、比較的長時間燃焼するんだったはずです。あとは食料保存とかに使うのとか、脱臭効果ですかね。そういえば鉛筆の芯も炭なんだっけな。」
リュクスがぱっと思いつくだけでも炭の用途は多い。特にリュクスは七輪の炭火が好きで、一番に思い付いたわけだ。
「おぉ、それだけ挙げていただければ結構じゃ。いやはや、来訪者は戦いの力が育ちやすいといわれているだけでなく、知識も豊富のようじゃの。この街に残る来訪者がおぬしだけなのが残念じゃわい。」
「えっ、僕だけなんですか?」
まだ六日目なのにこの街に他に【ゆりかご】から来た来訪者がいないことに驚くリュクス。他の人たちはガンガン北に進んだのだろうかと首を傾げた。
「昨日の馬車で次の街に出て行ったものもいたようじゃが、ほとんどのものがギルド登録後にすぐに馬車に乗り移動したようじゃ。おぬしもすぐにここを出たくなってしまったかの?」
移動馬車のことを聞いたリュクスはしっかり見たことはなかったが、確かに朝方に北門を馬車が通っていたことを思い出す。歩いて向かったわけではないなら少しは納得した。
「いえ、驚いただけです。みんなすぐに移動したんですね。僕はもう少しこの街にいる予定ですが、そのうち王都を目指して進む予定です。」
「やはり王都を目指すのか、もしよければ儂らに王都を目指す理由を教えてくれぬかの?」
どうやら来訪者と呼ばれるリュクスたちがなぜ王都を目指してるのか知らないようだ。冒険者ギルドには神からの神託が来ていないのだろう。
「どう説明するのがいいのでしょう?王都を目指しているのは神から聞いた目標というところですかね。王都が最終目標ではなく、四魔帝を倒すことが来訪者の僕たちの目標なのです。」
「神からの目標、つまりイリハアーナ様の神託ということじゃな。それにしても四魔帝とはまたずいぶんと危険なことに挑むようじゃの。おぬしは王都から先の北の地を何というか知っておるのか?」
「いえ、知りません。」
「狂邪の地と儂らは呼んでおる。この大陸の北半分を占めておる場所じゃ。王国はその地から脅威的な魔物がこちらの地に出てこぬように、大陸を横断する強力な神聖結界壁を敷いておる。その中央にあるのが王都というわけじゃな。もっとも従魔のラビット殿ほどではないかもしれんがの。」
「脅威的なのにレイトよりは弱いと思うんですか?」
「すまんの、儂らでは狂邪の地の魔物のことをあまり知らぬ。王都まで行ければ情報を得ることもできるであろうが、儂ではその情報は得られぬ。狂邪の地の情報は王都内でのみ扱うことに決められておる。おそらくじゃが、住人に余計な恐怖を与えない為じゃな。」
「そんなことを考えなきゃいけねぇくらい危ないのかよ。悪いことは言わねぇ、リュクス、お前は王都目指すのやめておけ。今頭に乗ってるのよりやばいのがいるかもってことだろ?命がいくらあっても足りねぇよ。」
確かに今のリュクスではいけるなどとは全く思っていないが、それでもリュクスは行くつもりだ。来訪者の神託は関係ない。それこそ冒険者らしいと思ったからだ。
「いえ、行きますよ。僕たち来訪者の目標ですし、それこそ冒険者らしいといえるでしょう?」
「ふぅむ、冒険者らしいとは言えるのじゃがな。神託に対して言うてよいのかわからぬがあまり根を詰めるのはよくない。目標ということは神も期間を定めておらぬのだろう?四魔帝もお互いの牽制ばかりで、無理にこちらに攻めてくることもない。おぬしさえよければ、長くこの街に滞在してほしいものだの。それこそ土地や家を持つほどに。」
「そんなにずっと必要ですか?いえ、それよりも四魔帝がお互いけん制しているというのはどういう話ですか?」
「王都から全ての冒険者ギルドに通達られておる内容じゃが、四魔帝はお互いで縄張りを争っているそうじゃ。魔族の中でも魔物同士は弱肉強食、相手を取り込み強くなるものじゃ。もちろん儂ら聖族も取り込もうとはしてくる。しかし魔物同士のほうが、やつらにとっては取り込み易いようじゃの。」
魔物も同じ魔物を倒して取り込み強くなるのはリュクスも初めて知った情報だった。だが確かに聖族だけを狙うわけにもいかないのだろう。
「なるほど、教えていただきありがとうございます。」
「いやいや、大丈夫じゃ。まだ話を続けるが、次は新しい食に使っている素材。ノビルとレモングラスについて聞こうかの。」
「あの二つについてですか。」
「見つけた理由はなんとなくわかる、識別訓練の為に雑草識別をしたのじゃろ。この素材が食材になる素材だとわかったのは、来訪者の知識というのも先ほど理解した。問題は、おぬしがその素材の情報をどうするのかじゃな。」
「情報をどうするのか、ですか?」
「あぁ、一応じじいも俺も新素材になりそうな野草については口の堅い奴にしか話してねぇ。炭みたいに素材用途がアイテムポーチという重要なものに使われるなら早めに広めて普及する必要があるが、野草はそこまでの物じゃねぇ。お前の判断に任せることにする。情報を無償で広めるもよし、情報に金をとるもよし。情報を制限して独占を目指すもよしだ。」
たかがノビルとレモングラスで独占だの金をとるだの言われてもリュクスにはどうしていいかわからないが、とりあえずは情報独占するつもりはない。
「独占をするつもりはないです。南兎平原の素材ですから、何かのきっかけにすぐに見つかるでしょう。初めが僕だっただけなので、情報は広めていただいて構いません。広める方法はお任せしてもいいですか?」
「ほほっ、欲のないことよ。では情報はしかるべき売り方をするかの。売れた分の半分をおぬしに渡す、それでよいかの?」
「おいおい半分かよ、みみっちぃな。」
「い、いえ、十分です。」
半分でもみみっちぃのかとドーンの言葉に焦る。任せると言ったリュクスはお金もらうつもりはなかったのだ。ただもらえるならもらっておくのも悪くはない。
「ふむ、あとは料理の問題についてじゃが、来訪者だからという可能性もある。そこはあまり追及する必要はないかの。ではおぬしがギルドに来た目的はおそらく依頼じゃろう?」
「そうですね。依頼ももちろんなのですが、炭の納品を受けれるようにランク上げもしようかと。」
「ふむ、ならば儂がここで昇級試験を行えば通常より早く合格を出してやれる。おぬしが通常試験を受けたいのであれば無理強いはせぬが。」
「いえ、早いのであればありがたいです。」
「ではちょっと準備をするので、待っておれ。」
ギルド長が立ち上がると何もない空間が歪む。ゆがんだ中にと手を突っ込み、そこからなにかの角、何かの花、何かの薬、何かの石を取り出した。
「い、今のは?」
「ほほっ、空間魔法じゃよ。こうして別空間にアイテムをしまい、いつでも取り出すことができる。便利なもんじゃろ?」
空間魔法ということはリュクスも時空術を覚えているので練習すればあんな風にできるのかと自身の手を見つめた。
「俺はじじいしか持ってるの見たことねぇけど、それがあれば旅も楽になるだろうな。自分の異空間を作れるんだっけか?訓練すりゃ大きくなって、アイテムポーチいらずなんだろ?しかも自分の異空間だけじゃなく教会にもつなげられるんだったか?一度街に行けばいつでもその街に行けるなんて便利じゃねぇか。」
それはとても便利だ。今はこの街にいるリュクスだが、次の街に行く前に使えるようになれば好きな時に戻ってこれる。ただどのくらい特訓すればいいのかわからないのだが。
「あの、どのくらい特訓したらそれくらい使えましたか?」
「ぬ?はて、どのくらいだったかの?若気の頃じゃったしのぉ。」
「というか、なんでそんなこと知りたいんだよ?」
「実は僕も空間術のようなのを持ってるんです。ですがどう上げていいのかわからず、悩んでいるんです。」
「お前、なんでそんなに爆弾スキル持ってるんだ?」
「ふぅむ、それについては今日はまずいの。明日にでもドーンを通してまた儂のところに来てくれ。何とか時間を付けておこう。まずはこの4つの識別を行ってくれ。識別結果の内容を読み上げるのじゃ。」
「はい、わかりました。」
それが試験ならと出された素材をどんどん識別し始め、識別内容をそのままギルド長にと伝えていく。
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対象:クラッシュライノの角
鉄をも粉砕する犀の鼻先についていた角
とても頑丈であり槍の穂先として愛用されている。
対象:ミッドナイトフラワー
半夜にのみ咲く花であり独特の匂いを放つ
強い匂いを嗅いだものは眠りにつくが安眠薬としての用途に使われる
対象:生命活性の水薬
体内の生命力を活性化させる薬
飲んでも怪我は治らないが失った体力を戻し動くことができる
対象:鉄鉱石
鉄鉱脈から掘り出された石
強い熱で加工されれば良質な武器になる。
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「以上です。問題なかったですかね?」
「お見事じゃな、これで識別試験終了じゃ。」
「おいおい!楽すぎるだろ!羨ましい限りだぜ。」
「そういうでない。分析眼ほどではないが問題なく識別ができるのがわかったのじゃ。これで其方を冒険者ランクFとする。これでアタックラビットの炭の依頼を受けれるじゃろうが、他の指定依頼もじゃんじゃん受けるがよい。」
「これでランクFでいいんですか?」
「ほほっ、其方が来訪者というならば戦闘面でも問題はないのじゃろう。ドーンから話も聞いておる。むしろHのままのほうが儂らが困るじゃろ?」
「あー、それもそうかもな。」
「では今日はこれで終わりじゃ。明日の予定を何とか空けるためにも儂は書類整理じゃわい。すまぬがこれにての。ドーン、おぬしも退室するのじゃ。」
「了解です。ありがとうございました。失礼します。」
「はっ、じゃあ俺ももどるぜ。」
ギルド長室からでた後にドーンにそのままアタックラビットの炭の納品依頼を受付してもらい、冒険者ギルドを出たが、太陽の日がだいぶ上に登っていた。




