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ランダムに選ばれたのはテイマーでした  作者: レクセル
南端の街

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火術訓練

昨日よりは日も浅く早く起きれたのを実感しつつ、リュクスはポーチから取り出した杖を腰に差して宿から出ると、冒険者ギルドへと足を向けた。

昨日よりもさらに混み気味だが、冒険者としてこの街で稼いでいるのなら、これだけの人数がほぼ毎日通って当然かと思い、ドーンが座る左側の席へと近づく。


「おう、来たな。んじゃさっそく南兎平原にいくか。」


「はい、特訓ですね。その前に一つ聞きたいんですけど。」


「なんだ?」


すぐにドーンが机の三角錐の魔道具を起動させ、光らせる。これで周りに話は聞こえなくなったのだろう。

特訓はリュクスとしてもありがたいが、ドーンを付き合わせるのだから確認しておきたいことがある。


「報酬についてどうしますか? 昨日のご飯だっておごってもらっちゃったし、さすがに何もなしで特訓にも付き合わせるのはと思って。」


「なんだそんなことか。気にするな、と言いたいが、確かに報酬分配はパーティーにはつきまとうな。しかも特訓の場合だと、教えるのに金を要求する奴もいる。そうだな、じゃあ今日は十の一だ。俺はそれだけもらう。問題ないか?」


「え、そんな少なくていいんです?」


「良いんだよ別に。ちょっと俺に考えがあってな。十で百リラってのはアタックラビットの素材じゃ破格って言ったが、それはあくまでも普通ならだ。まぁその辺はベテランの俺に任せてみろよ、悪いようにはしない。」


どこか悪そうな顔で言うドーンは、光っていた三角錐に触れて光を消した。すぐにギルドを出てまっすぐ北へ向かい、門から兎の草原へ出ていく。


一昨日とは違い、ちらほらと人の姿が見える。ばらばらな場所にいて、互いの邪魔にならないようにやっているようだ。

ドーンはそんな人たちを避け、草原の奥のほうへ歩いていき、リュクスもついていく。完全に周りに人の見えないあたりまで歩いた。


「この辺までは、わざわざ兎狩りに来る奴は少ない。まぁ別に秘密にするようなことをするわけでもないと思うが、一応念には念だな。」


「念には念を、ですか。」


「あんまそんな顔すんなよ。俺について歩いたから、こんな奥までアタックラビットに会わなかっただろ? そういうところもお前に感じてほしいんだ。」


ここまでの道中、盛り上がった土が見えるような位置を歩いていない。ドーンほどになれば、敵との遭遇を避けるのもうまいのだろうとリュクスは素直に感心する。

おそらくだが、兎だけでなく、もっと危険な敵に対しても同じように動けるのだろう。


「なるほど、勉強になります。」


「おう、よく学べよ。索敵と隠密だけは俺も自信がある。脅威に見つからないようにするには、先に脅威を見つけなきゃいけない。何が自分にとって脅威かわからなきゃいけねぇ。それをわかった上で、脅威から隠れてやり過ごす。」


真剣そうな表情から、急に茶化すように表情を崩した。


「なーんて言ったが、この辺の魔物じゃそこまでギスギスやることもないな。もっと奥の草原抜けた林ならそれくらいできた方がいい。全部倒していく自信があれば別だけどな。」


いくらなんでも全部倒していく自信なんてリュクスにはない。戦闘だけじゃなく、学ぶことも多い。王都を目指すなんて先の先になりそうだ。


「「おっと、今日のメインは火術だったな。俺は火と水を持ってるが、攻撃として使えるのは火球を飛ばすファイアボールくらいで、これが牽制くらいなもんだ。ほとんど俺の魔法は旅に使うための手段で、焚火の火種に使う火術と、この前使った火を消火する水術だ。だから実はあんまいろいろ教えられねぇんだ。」


「いえ、大丈夫です。わかる部分だけでもお願いします。」


また腕ごと燃やしてしまってもドーンが消火してくれるだろうと思うだけで、リュクスの気持ちはだいぶ楽だ。安心して失敗を恐れず火術の練習ができる。


「んじゃあ、あそこにいそうな兎で、まず俺のファイアボールを見せるぞ。」


ドーンが盛り上がった土に向かって歩き出す。リュクスはその場にとどまり、じっくりと見ることにした。


兎が出てくると、ドーンは腰のナイフを抜き右手に構える。兎は出てきたのに、なぜかドーンに突撃してこない。リュクスにはしっかり見えているのに、兎は気づいていないのだろうか。


ドーンが握っていた左手を開くと、手から少し離れた空間にピンボールほどのオレンジ色の火の球が浮かび上がる。

腕を振りかぶると、動きに合わせるように火球も動き、投げるモーションとともに手から離れて兎へ飛んでいく。さらに火球に合わせて、ドーン自身も一気に兎へ近寄っていた。


火球に集中していたリュクスはその足遣いまで見えていなかったが、大きく踏みしめた一歩で兎まで届いたように見えた。

兎は火球を横腹にもろに受け、ひるんだところにナイフが首筋に突き立つ。

ドーンは刺したナイフでそのまま兎を解体し、袋へ詰めてからリュクスの元へ戻ってきた。


「どうだ? 牽制にしかなってねぇだろ。こんなもんなんだよ、俺の火術は。」


「えっと、ファイアボールよりも一気に飛んで兎にナイフ突き立てた方がすごかったかな。」


「ほー、そっちのほうがすごいって言ってくれるのか。ありがてぇな。まぁファイアボールでひるまなきゃ、あそこまできれいに首を狙えねぇよ。」


おどけるように言うドーンだが、リュクスは少し首をかしげる。

確かに、ひるんだからこそすんなりできたのだろう。

だがこの兎くらいなら、ドーンならひるませなくてもナイフで仕留められそうだ。

実際、気づかれず接近した時点で勝負はついていた。


「まぁファイアボールの使い方は俺じゃあれくらいだ。だが、ファイアボールをできるようになるための知識なら教えられる。とりあえずやってみるか?」


「はい、お願いします。」


魔法もいいが、あの足さばきやナイフ技術も教えてもらいたい、とリュクスは思ったが、そこにたどり着くには苦労が多い。今は炭のためにも魔法優先だ。


「まぁ言っても全部感覚次第だ。手から離した位置に火球を出して投げる。後は頭の中でファイアボールだ。難しけりゃ、声に出すと楽に火球が出るぞ。まぁ初めは手を広げたままやれ。広げた瞬間につけるより危なくない。」


「これ、詠唱とか必要ないんですかね。」


「あぁん、詠唱だぁ?あれはもっと大規模だったり繊細なものに使うんだよ。それを個人で使ってる奴なんて、この街じゃまずいねぇ。魔法なんてつけられた名前を呼ぶだけで出てくるんだよ。」


大規模や繊細な魔法を使う人がこの街にはいないのは、そもそも環境がそこまで厳しくないからだろう。

しかし名前を呼べば魔法が出ると簡単に言われても、リュクスとしては不安になる。


「まぁとにかくやってみろ。万が一手が燃えたりしたら俺が消火してやる。投げる位置はさっきの兎がいたあたりにしろ。他だと生きてるやつがいるかもしれねぇ。」




うなずいたリュクスは、手を上向きに広げて火の玉をイメージする。

大きさはドーンが先ほど出したピンボールほどをイメージしたが、小さすぎて無理と体が感じた。

野球ボールくらいをイメージするもまだ小さい。

思い切ってバスケットボールくらいをイメージすると、ボッという音とともに手の上に火の玉ができる。


「おぉぅ!出たよ!」


「いやいやいや、でけぇよ!アタックラビットと同じくらいの大きさあるじゃねぇか!」


ドーンの言う通り、リュクスの火球はあからさまにデカい。

バスケットボールほどもあるので、見た瞬間にヤバいと分かる。


「まぁいい、それ投げ飛ばせるのか?」


「やってみます。」


片手投げではイメージが難しい。とっさに言われたので杖も出していない。

リュクスは火球を両手で包むようにし、頭上へ振りかぶり、オーバーヘッドパスのように投げた。


火球はしっかり飛んだが、着弾地点は兎がいた場所より少し奥。

草が燃え上がり、このままではどんどん広がるのではないかと、リュクスはおろおろし始める。


「おい!なんであんなに長く燃えてるんだよ!くそっ、消すぞ!」


ドーンが炎に駆け寄り、水球をいくつもぶつけて消火する。

リュクスは申し訳ない気持ちになりつつ、ナイス判断だと胸をなでおろす。


「その、なんかすいません。」


「あぁ、いや、お前は初心者なんだからしょうがない。しょうがないんだが…本当に魔素量大丈夫なのか? 体がだるくなったとか、吐き気とか。」


「えーと、体の異常はないですね。魔素量って測ったりできるものなんですか?」


「いや、魔法を使いすぎると気分がどんどん悪くなる。それなのに自分に見合わない回数で魔法を使うと、下手すりゃ気絶するんだ。」


「なるほど、でもほんとに何も変わった感じはないですね。」


「はぁ、術法遣いってやつはそれくらいが普通なのか?いや、炎術士だってそんな気軽に使えるはずじゃなかったような?それとも炎だと消耗が強くて“火”だと消耗が少ない? それともお前が来訪者ってのが関係してるのか?」


思いつく限りのリュクスと他者の比較をするが、ドーンはあまり術法使いと組んだことがなく、軽く頭を掻く。


「俺じゃわからねぇな。まぁいいか、今気にしてもしょうがねぇな。」


「あの、結構すごいことしてるんですかね、僕。」


「さぁな。ギルド戻ったら術法使いにちょっと聞いてみるさ。どうこうするつもりはねぇし、話す相手も選ぶ。ただ俺の基準で言うならすごい。俺のファイアボール、あれでも十発も使えばもう打ち止めで使いたくなくなるんだが。」


「なるほど、じゃあだいぶ違うみたいですね。」


「まぁなんにしろ、魔法の使い過ぎには気を付けろ。気持ち悪いのに使い続けると、気絶しなくても場合によっては吐血もある。そんな状態でも術法は使えるが…そんな無茶したら歩くのも困難だ。ヘタすりゃ死ぬ。間違っても過剰には使うな。体の異常はちゃんと聞いておけ。」


「了解です。」


「いい返事だ。まぁ、とりあえずまだまだいけるのはわかった。んじゃ、少し離れたあっちにアタックラビットがいる。さっそく向かって使ってみろ。」


「うっ、わかりました。」


「おっと、そうだ。腰に杖差してるだろ。そうやって体につけてるだけでも杖の恩恵は受けられる。杖によってまちまちだが、魔法を扱いやすくなる。手に持って術法使う場合は杖先に力を集めて放つ。ファイアボールなら杖先から離れた位置に火球ができるわけだ。打ち出し方は人によって工夫しろ。」


杖を持ったままの魔法戦闘と聞き、リュクスはゲームやアニメの杖から魔法を撃つ光景を思い出す。

だが今回は術法だけの特訓。まずは手で撃てるようになるため、杖は腰につけたままにすることにした。


少し歩くと、土の盛り上がったところが見え、そこから兎が飛び出して突進してくる。

リュクスは急いで左手に火球をイメージし、バスケットボールほどの火球を作り出す。しかしオーバーヘッドでは間に合わないと判断し、胸元から押し出すようなチェストパスもどきで火球を飛ばした。


まっすぐに突っ込んでいた兎はそのまま火球にぶつかり、燃えながら地に落ちる。

また周囲に燃え移らないかと少し焦ったが、ドーンがすぐ横にいる。


しかし、ドーンは消火せず、それをじっと見ていた。

大丈夫なのかと燃える兎とドーンを見比べていると、どういうわけか兎が燃え尽きるまで草には燃え移らなかった。


「今の見てわかったか? 標的を意識すると、火術ならそれ以外に燃え移らねぇ。水なら周りが濡れない。」


「なるほど、便利ですけど不思議ですね。」


「そうか? 俺はずっとこういうもんだと思ってるから気にならねぇが。それより、見ろよ。出来上がってるぜ。」


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対象:アタックラビットの炭

強力な火によって炭化した、アタックラビットの一部

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火の消えたところにあった炭を鑑定したリュクスだが、そういえばアタックラビットそのものを識別していなかったと軽く反省する。


「予定どおりだな。前回はすぐ水かけちまったが、燃え尽きたほうが品質がいいみたいだ。これならあの偏屈にもっとたかってやれるぜ…いや問題にもなるか? まぁこれくらいなら平気か。せっかく鞄もあるんだし、お前が持つか?」


「えっと、ドーンが持っててくれるとありがたいです。聞いてくれるってことは、ドーンが持っていても依頼として問題ないんですよね?」


「あぁ、俺は冒険教官だからな。俺が直接受け取りした時点で納品となるぜ。」


にやにやとした顔はリュクスが自身で持つと言うか試してたのではないかと訝しむ。

ただドーンはすぐに真剣な教官らしい顔に戻る。


「お前、ちゃんと識別特訓しておけよ。そうしたら、なんで俺がこんなこと言ってるのかわかる。この素材は話題には絶対なるからな。出どころを隠すのはありだ。」


「あの、そんな話題になりそうなことを一人でやらせようとしたんです?」


「あん? 言っただろ、お前なら俺に相談に来ると思ったって。昨日は急すぎて無理だったが、今日はお前についてこれるの、わかってたからな。」


腑に落ちない顔のリュクスに、ドーンはさらに説明を続ける。


「まぁ相談に来ねぇで勝手に集めて提出したなら、それはそれで話題の中心になって質問攻めに遭えばいい。相談してくれりゃ、そのくらい肩代わりしてやる。一応、お前の教官をしたんだからな。」


ニッと笑うドーンに、リュクスは優しさと気遣いのできる男だと感じた。

どう考え、どう行動するかは冒険者なら自由だが、その結果の問題は自分で背負うのが基本。

本来自分だけで解決すべき問題を担ってくれるだけでもありがたいと。


「よし、さっさと十集めちまおう。いけるよな?」


「はい、大丈夫です。」


そこから残り九匹を、突っ込んでくる直前に識別しつつファイアボールで焼き、出てきた炭も識別していく。

どれも同じだが、同じものでも繰り返すのが大事だとドーンに諭される。


「はっ、結構早く集まったな。これなら明日中には面倒ごと片付きそうだな。とりあえず報酬だ、証明を出してくれ。」


証明を重ね、リュクスの所持金が百リラ増える。


「それはとりあえずの額だ。分配とかいろいろ不安かもだが、とりあえず受け取れ。そういうのも含めて明後日にまた会おう。そうだな、ギルドより北門の外で待ち合わせにするか。闇十の刻にはいるようにするから、そのくらいに来てくれ。」


「えっと、了解です。」


今日のギルドでの待ち合わせより遅いのは、明日は兎の炭のごたごたがあるからだろう。

任せてしまうのは申し訳ないが、リュクスとしてはわからないことだらけでどうしようもない。今は素直に、ドーンの任せろに甘えるしかない。


「俺はすぐギルドに戻る。おそらくそのまま研究院行だ。飯もそっちで食うことになるだろうな。…そうだ、アタックラビットの肉を使うところで、うまい店がある。北門への大通りの途中にある、兎の看板の店だ。朝食と昼食にはあそこのサンドを俺もよく食う。」


「なるほど、今日は行ってみます。でも自分でも料理したいんですよね。」


「なるほどな。解体は一昨日やったからできるだろ? 自分で肉をとって焼いてみるのもいい。種火の方法教えてやるよ。ただその場で焼くにも木が必要だな。俺なら森に行って木も取ってくるが…商業者ギルドの隣の店で見繕うといい。種火使えないやつ用のも売ってる。」


ドーンがアイテムポーチから木片を五本取り出し、簡単に組み合わせ、そこに指をさすと燃え始めた。さらに五本取り出して組み合わせる。

目配せされたリュクスはうなずいて、組んだ木に指をさし、同じように種火を思い浮かべる。


ドーンの火より少し強い火が一瞬上がったが、焚火として危なくない程度に収まった。これで焼いたりできる。店で木片が用意できれば、明日にでも練習できそうだ。


ドーンが先に冒険者ギルドへ帰っていくのを見送り、リュクスはもう少し草原に残って、一人で火術と識別の特訓を続けるのだった。

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