ドーンとの食事
二人はギルドを出て正面の東西に延びる大通り沿いを歩いてきた。北への大通りと違いこの通りは露店少なく、ちらほらとある露店は指輪のようなアクセサリーを扱う店か、なんたら護り石と書かれた数種類の石を売っている店があるだけだった。
「ここだ、入るぞ。」
「えっ、ここ!?」
建物の高さはともかく、広さは泊ってる宿くらいの大きさはあるだろう店。さすがにギルドほどは大きくないが、他の周りの店よりも二回り以上はでかい。ドーンがなんてことなく入って行くので、リュクスもあわてて入る。受付のベルをドーンがならすと、店の奥から男性店員がすぐに来て対応を始めた。
「いらっしゃいませドーン様。本日は2名様でよろしいでしょうか。」
「おぅ、そうだ。」
この店ではドーンの名前知られてるようで、よく来るお得意さまなのだろう。まさかただのギルド職員であるドーンが至る所で名前を知られているわけでもないはずだとリュクスは軽く首を振った。
「ではご案内します、こちらへどうぞ。」
先ほど店員が歩いてきた方へと二人は案内される。どうやらこの店は一席ごとに仕切りがあるようだ。木製にも見える仕切りだが、別に戸が付いてるわけでもないのに席のあるはずの場所がわからない。リュクスからは席の中が見えないし音も聞こえなかった。
「こちらでお願いします。」
案内された席は中が普通に見えた。がっしりとした黒調の四角い木製テーブルに、同じ素材で作られてると思う、ゆったりした背のついた椅子が四つ。机には氷とレモンのような果実の入った水差しが添えられている。自由に飲んでいいということだろう。
入口側の向かい合う二つの椅子を店員が引いてくれて、ドーンが座った向かい側にリュクスも座る。
すぐに店員が二人の前に水用のグラスをおいた。
「おい、いつものやつ二人分な。」
「はい、かしこまりました。ごゆっくりおくつろぎください。」
ドーンに注文を勝手に決められたことに不満を覚えつつ、リュクスは店員が仕切りから出るのを見てると店員の姿が急に見えなくなった。それどころか先ほどまで歩いてきた通路も見えない。仕切りが認識阻害系の魔道具なのかとリュクスは少し触ってみていた。
「すごいもんだろ?この仕切りはギルドの机の上にもある防音魔道具につかうような素材のさらに強い物が使われてるからな。でかい声でしゃべっても仕切りの向こうにはなんも聞こえないぜ。」
「おぉ、これも魔道具なんですね。すごいや。」
「あぁ、すごい技術だよな。まぁこの店は金かけてるからな、この街で輸入食材のみの料理をだす数すくない店だ。」
「それって、この店高いんじゃ?」
リュクスの所持金は兎串を食べたことで1590リラ。あんまり豪勢に食べてしまうと今後の所持金が痛みそうだと不安になる。
「はっ、俺が誘ったんだから払ってやるよ。でも今日だけだぞ。」
「男前ですね。ありがとうございます。」
「別にいいが、もうちょっと砕けてしゃべれないか?疲れちまうだろ。」
「うーん、人としゃべる時はこういう喋り方が癖になっていて。でも普段は確かにもうちょっと砕けて喋ってるよな。頑張ってみます。」
「まぁ頑張るほどなら無理しなくてもいいが、それより料理が来るまでちょっと時間があるんだ。お前に渡した依頼の話をしておこう。気になってんだろ?」
「はい、気にはなってます。」
アタックラビットの炭の納品依頼を思い出す。炭の相場はリュクスにはわからないが、あんな弱い魔物を炭化させたものを100個提出したくらいで、アイテムポーチをもらっていいのかと不安に思う。
しかしリュクスは商業者ギルドで登録しただけで鞄型ポーチをすでにもらっているのである。アイテムポーチの価値がよくわからなくなってきていた。聞いてた感じ相場額は高いはずなのになんでこんな気軽に配られているのかと。
「その鞄ポーチ持ってるから商業者ギルドでも聞いてると思ったんだが。お前そのポーチ識別してないのか?というか、識別できるかを聞かなきゃいけないのか。」
「識別はできるんで、やってみます。」
----------
対象:商業者ギルドの鞄型アイテムポーチ
容量:小 所有者:リュクス・アルイン
商業者ギルドに登録したものに渡されるアイテムポーチ
証明とのリンクがかけられており所有者の生死を判別する
死亡後はポーチ自体含め全ての収納物の所有権が商業者ギルドへと渡る
----------
普通に使う分には問題ないわけだが死亡すれば中身は商業者ギルド行き。タダ同然で渡す理由も知れたリュクスはもしかしてこれも元々は誰かの使ってたお古だったりと怪訝な顔になった。
「まぁなんとなくわかっただろ、その鞄型ポーチは意外と商業者ギルドに利益のあるもんなんだよ。しっかり作ったものだったら盗まれにくいように所持者以外つかえない呪いだってついてる。まぁだいたいのアイテムポーチには所有者以外使えない呪いはついてるもんだがな。」
「なるほど、使いまわすには不便だろうけど盗難防止にはいいのか。」
「あとな、もう少しこまめに識別する癖付けとけよ。特に物を受け取る際にはな。識別できない対象があっても識別しようとするんだ。おっと人以外だからな?道行く人々はみるなよ?識別しようとしてれば識別できなかったものでもそのうちできるようになる。それだけじゃなく素材の使い道だったり、食える魔物なのかだったりいろいろわかるようになる。」
ドーンの話を聞いて識別はもっとこまめにしていくべきだとは分かったリュクスだが、人の物の情報を見ていいのか気になってしまう。
「たとえばこの机とか、そこの仕切りも識別していいんですかね?」
「あー、そういう物か。ここは料理店だから出された料理は問題ないぞ。むしろ見ろ、世の中何が起こるかわからないもので出された料理が他のやつには問題なくてもお前にとっては体質的に毒かもしれないからな。識別するとそんなことまで分かったりするもんだ。」
個別に毒性となると聞いたリュクスはなんとなくアレルギーのことではないかと理解する。ドーンの説明で出てこなかったのでこの世界でアレルギーという言葉で伝わるかは不明ではあるが。
「ただここの机くらいはいいかもだが、人の物をむやみに識別するのがよくないってのはあってるな。
相手の武器防具を識別するだけでどのくらいの強さかわかっちまうこともあるし、とことんみられるのがいやなやつだと装備にも隠蔽と偽装は欠かしてないって聞くぜ。無理に他人の物を見る必要はない。街の壁外に出れば所有権なんてないものばかりだ。そこで思う存分識別しまくればいい。」
話を聞いたリュクスとしてもわざわざここでこの机を識別はしない。ただ人の物を識別するのがどうかという話を聞きたかっただけであり、外で識別すればいいというのはその通りで元よりそのつもりでいたからだ。
「あとは時間の呼び方を知らないんだったか?闇の刻って言ってもわからなかったみたいだしな。」
「そうですね、良くはわかっていません。」
「んじゃしょうがねぇ説明してやる。」
リュクスも完全にわからないわけではない。ゲームとしてのDWDの説明書は存在してそこに時刻表が乗っていたのはうっすらと思いだした。しかしここは異世界であって説明書など意味があるのかと疑問だった。
ドーンの説明を掻い摘めばこうだ。この世界も24時間であり昼の12時を光の刻、夜の0時を闇の刻という。光の刻から1時間過ぎたら光一の刻、闇から1時間で闇一の刻ということ、場所にもよるがおよそ20時に当たる光八の刻には日は暮れる。闇五の刻の頃には日が昇り始めるがそれまでは街灯が消えているので夜目が必要ということだ。
「日のない時間が全部闇の刻じゃないんですね。」
「ずっと昔はそうだったらしいが、日のある時間とない時間がずれていったらしいぞ。俺も詳しくは知らないが日のずれが大きくなってきたから合わせようって話があったらしいが、時間感覚の慣れがあってできなかったそうだ。」
それはそうだろうとリュクスがうなづいていると、コンコンと仕切りの入り口で音が鳴る。ノック音のようだが音が入らなかったのではないかと首を傾げたリュクスを見てドーンは少し笑う。
「さすがに入り口のとこでノックすりゃ聞こえるんだよ。ノックした後は少しだけ手を入れてくる。あれでこっちの声も聞こえてるわけだ。大丈夫だ入ってくれ。」
ドーンのいう通り少しだけ店員らしき手が見えた。声掛けの後に先ほど二人を案内してくれた店員が入って来る。お盆の辺りからジュウジュウと言う音とともに肉の焼ける匂いが漂ってきていた。
「失礼します、お待たせいたしました。メインのイビルブルのサーロインステーキです。鉄板がお熱くなっておりますのでご注意ください。こちらはリッピングボアのゆでサラダです。リンゴオイルとリンゴ酢という調味料ですでに味付けされておりますので、そのままお召し上がりいただけます。パンの追加は別途料金がかかりますのでご注意ください。ではごゆっくりお楽しみください。」
店員は料理を並べた後は、お辞儀をしてすぐに仕切り部屋から出て行く。肉の焼けるいいにおいが立ち込めリュクスは思わずごくりと喉を鳴らし、ドーンに至ってはすぐにフォークとナイフを手にした。
「あーやっぱこうじゃなきゃな。面倒な話は後だ後!冷めないうちに食っちまおうゼ。あ、でもお前はちゃんと識別しようとしろよ?」
「う、今すぐにでも食べたいけど、ちゃんとやります。」
ステーキから見たら我慢できなくってステーキに手を付けてしまいそうだと、まずはこのフランスパンをスライスしたようなパンから識別する。
----------
対象:カットバゲット
バゲットを食べやすいようにカットしたもの
----------
あまりにもシンプルな表示。パンの素材までではわからないようだ。もともと何かを食べてアレルギーを起こしたこともなく問題もないだろうとリュクスは残り二品も識別する。
----------
対象:ラッシュホグのゆでサラダ
ラッシュホグの肉を茹でたものにキャベツとニンジンとパプリカをゆでたものが彩よく添えられたサラダ
リンゴオイルとリンゴ酢がかけられている
対象:イビルブルのサーロインステーキ
イビルブルの肉の良いとこどりで切り分けられた厚切り肉をほんのり赤みが残るよう焼き上げたステーキ
リンゴオイルとリンゴ酢を使ったステーキソースがかけられている
----------
キャベツとニンジンとパプリカの彩がきれいな茹でサラダはもちろんおいしそうであるが、何よりリュクスの目が行くのがメインディッシュのステーキ。
赤みが残るミディアムレアな焼き加減のようで、リュクスとしても皿に盛りつけるならウェルダンな焼加減がいいが、鉄板で焼き続けているならこのくらいが丁度いい。
「いただきます!」
もう辛抱溜まらず識別も終えたのだからと早速ナイフとフォークを手に取る。肉にナイフを入れるとすんなりと切れてしまう柔らかさ。リュクス自身の口に入るよう一切れ分切り分けてかぶりつく。
驚くほど抵抗なく噛み切れるやわらかい肉。噛んだ中から広がる肉とソースの深い味わい。
識別内容的にもソースも自家製なのだろう。甘すぎたりしょっぱすぎたりしつこくもなく、ただただこの肉の味を引き立ててる。
リュクスはパンにも手を伸ばした。サクっと口の中に小麦の風味が広がり、肉の鮮烈な味を優しく包んでリフレッシュさせた。
肉の鉄板に芋や野菜の付け合わせは添えられてないが、いくらだって食べれてしまいそうだと夢中で切り分けむさぼり付き、リュクスはあっという間に肉を完食してしまった。
パンは二きれ残していた。サラダとともに味わうためだ。配膳されたカラトリーにはフォークだけでなく箸もあり、リュクスは箸を手にして肉でキャベツニンジンパプリカを巻いて食べる。茹でられた豚肉は野菜も相まってさっぱりと食べられる。
ステーキの後にさらに肉なのかと感じる人もいるだろうが、肉質も調理法も違うのでリュクスとしては全然問題なかった。何よりこれはサラダだ。リンゴの風味のオイルとビネガーがさわやかな風味を醸し出している。
リュクスの想定通りパンにのせて食べるのもまたおつで、あっという間に食べ終えてしまった。
「良い食いっぷりだったじゃねぇか、うまかっただろ?」
「はい、とても。最高すぎます。比べるのが失礼ですけど、これじゃ露店の兎焼きはもう食べれなくなっちゃいます。」
「はっ、あれ食ったのかよ。まぁお前は駆け出しだからな。でもこれ食ったら戻れないだろぉ?素材もいいもの使ってるが調理法もこだわってるらしいからな。個人的な会話もできる場所だしここはこの街でも別格の店なんだ。」
それはここで食べたらこの街のほかの店では満足できなくなるといわれたも同然だ。おすすめの店教えてと言ったのはリュクスだが最高の店を紹介してほしいと頼んだつもりはなかった。
「でもこれだけ食って一人600リラだぜ?安いもんだろ。」
「600ですか…」
1リラ1円と考えてしまうととんでもなく安いが異世界の物価はまだまだわからないことの多いリュクスである。何より現時点の所持金を考えれば3回も食べれないのだから。
「んでだ、ここで毎日でも食えるくらいお前には稼ぐすべがある。それがあの依頼だ。」
「え、でもあの依頼はそんな稼ぎのいいものですか?」
10個で100リラは稼ぎがいいといえるのか、そもそも今のリュクスにそんな簡単に10個も炭を作れるのだろうかと考える。
「アタックラビットの素材だぞ?普通に一部位を10揃えても30リラがいいとこだ。まぁ炭は全身分なわけだが。あの炭はな、何でもアイテムポーチの裏地に使うと素材保存の魔術をより流しやすくなるそうだ。あの後、素材渡したうちのとこの奴が急に血相変えてな。
研究院まで連れてかれて、すぐに調査だ。それで根掘り葉掘り聞かれて、悪いが少しお前のことも話したぜ。
俺はそこで一応解放されて研究院で寝たんだが、夜通しで性能が判明した後すぐに依頼の準備がされてて、出てくときに依頼書持たされたわけだ。掲示板に貼るかどうか悩んでたんだけどな、お前が来たから渡したわけだ。」
「なんですぐに貼るか悩んだんですか?」
「まだそれ一枚だぞ、普通は素材依頼は何枚も作って貼るもんだ。でもそれ以上にこの街での独占業になりそうなこいつを優先したんだろうな。
すぐにでも取り掛かれるように一枚用意されたんだ。複数枚の依頼書準備じゃ最低でも明後日にはなっちまう。」
「依頼書の作成は複数だとそんなにかかるんです?」
「あぁ、ギルド依頼は時間かかるぜ?ギルドから金出す場合もあるが、それじゃギルドが回らなくなっちまうから基本は国から予算もらうわけだ。
金がでかくなると時間がかかる。でも依頼一枚なら別にギルドから資産出しちまってもいい。この依頼じゃ集められてもせいぜい100がいいとこでそしたら1000リラ出すほどで終わるからな。」
「なんか、結構複雑な感じなんですね。」
「あぁまぁそうだな、それでとりあえず10でもいい。明日には取ってこれると思うか?」
10でもいいといわれたリュクスだが昨日の火術を使った感覚を思い出す。体の疲れとかは全く感じなかったので10回は余裕で使えそうだが、あの調子では毎回腕ごと燃やしそうだと首を振った。
「うーん、扱い切れてないので自信はないですね。火術を使う回数的には行けそうだと思いますけど、火術の扱いに慣れてないので。」
「あぁわかってる。火術を使うには不安があったんだろ?だから今日は商業者ギルドに予定通りに行ったってわけだ。」
リュクスとしても炭作るのにあれ毎回では困る、火術に慣れる時間がほしかったわけだ。だが今日は睡眠と商業者ギルドと露店に時間をとられた。
「これでも俺は人を見る目は結構あると思ってる。あれだけの火術でも回数が使えそうと感じてるんだろ?
それは俺の見込み通りだし、お前は依頼を受けたみたいだが、俺があとで依頼について話すといえば、すぐに今日にでも依頼達成に向かったりはしないでギルドに来ると思った。
戻ってきたとき聞かれた内容は俺が思ってたのとはちょっと違ったが、まぁそのあとで依頼について聞くつもりだったんだろ?」
「まぁ、そのつもりでしたね。」
「一番理想なのは今日に火術をスキルアーツとして放出できるように特訓してくれることだったんだが、まぁ商業ギルド行ってたんならそれはしょうがない。明日付きあえ。速攻特訓して10集めるぞ。」
「えぇ!?いや、特訓はありがたいんでいいんですけど、急いで集める必要があるなら、ドーンが集めたらどうです?特訓できるということは火術持っているんでしょう?」
特訓もどう手を付けたものかと思っていたリュクスとしてはありがたかったが、リュクスが集める必要はあるのだろうか。しかもなぜか急がせてきている感じがする。
「残念ながら俺は無理だ。俺は接近戦メインなんだ。確かに火術と水術はあるが冒険の手助けに使うだけさ。他の街に徒歩で行くときには必ず何泊かすることになる。
焚火には火術、消火には水術が役に立つ。戦闘でも小さな火球を飛ばすだけでも、ダメージがあるからけん制にはなる。水のほうはダメージもなくて驚かせる程度だな。
さらに言えば火術が得意なやつはだいたい炎術になってるだろうしな。炎でもできるのかもしれねぇが、それくらいの冒険者になるともうこの街から次の次くらいの街に旅立ってる場合が多い。
ギルド職員も暇じゃないから全員で試すわけにもいかねぇ。まぁそんな感じでいろいろ事情があるんだよ」
「なるほど、適任者がなかなかいないわけですね。わかりました、おねがいします。」
「よし、じゃあ明日の朝に起きたらギルドに来てくれ、闇八の刻には左手の机に座って待ってる。今日来たのは十か十一の頃だったか?もっと早くこいよ?」
「わかりました。もう少し早く起きます。」
席を立ち二人は店の受付へと足を運ぶ。受付のベルをならすとさきほどとは違う店員がきたが、ほとんどドーンが対応し、リュクスの分も支払いも済ませる。二人が外に出たときには日は見えなくなり街灯の明かりが赤く光り輝いていた。




