第95話「陰の戦闘」
「イザベラさんに流されてきてしまったものの、怖いもんは怖いけどな」
薄暗い森の中をゆっくりと周りに気を配りながら歩く。
いくら金を無くして露頭を彷徨おうが、魔族がうろつく<危険領域>を生き抜こうが、死ぬのはやっぱり怖い。
俺が死ぬことを心底嫌がったからこそ、能力が発現してくれた。
だから俺の根底には生きたいという執念に近い欲望が存在する。
その欲望があるから、俺は戦ってられる。
だから人が死んでも、平静を装うことはできる。
自分が死なないように最善を尽くすにはどうしたらいいか、それを第一に考えることができる。
俺は臆病だ。
皆が思っているほど、俺は強くはない。
だからこそ、せめて、俺の近くにいる人は守りたい。
正義のヒーローになんかなりたくはない。
ただ近くにいる大事な人を守れればそれでいい。
「それにしてもさっきの能力はどういう仕組みなんだ?」
自分の心にある気恥ずかしい気持ちを掻き消すように独り言を呟く。
能力というのはその人の過去に依存する部分が多い。
だから、能力を当てようとするなど無益な話である。
が、複数人が同じ能力を使っていたという点が不自然で気掛かりな点だった。
同じ能力を獲得するには、ほぼ同じ人生を生きなくてはならない。
それも長い間ずっと全く同じ環境で。
それができるのは家族のような間柄でなければできない。
それに家族であっても全く同じ現実に出くわすことはない。
これは俺とポチの能力違いが証明している。
つまりいくら一緒にいて、全く同じ強烈な現実を過ごすことは人間にとってあり得ないと言う事だ。
もし仮に俺らを襲撃してきた相手が全く同じ環境で過ごしたとしよう。
俺達を襲撃してきた敵は似たような顔つきではなかった。
顔だけではない、年齢も明らかに違う。
「そうだとすると……」
すると突然後ろから殺意を感じた。
「おっと!」
魔力を薄く体に流し込んでいたため、脳が気づいたときに体も勝手に動く。
地面には矢が刺さっており、この矢は俺とネロが乗っていた馬車を襲撃したもの。
矢が飛んできた方向を魔眼で視認する。
しかし、その矢を放った人物は見当たらない。
「魔力を使っていないってことか!」
そう考えれば合点はいく。
俺はこの森を訪れてから、魔眼を使い続けている。
俺の魔眼は魔力を視認できる。
もちろん、相手が能力によって魔力を隠したときは見えない。
ただし能力を発動した瞬間は見える。
しかし、この森に入ってから能力を発動した形跡はない。
もし、俺の仮定が正しければ今俺を襲っている敵は能力を発動していることはあり得ない。
「なぜなら、お前の能力は他人を隠すことができる能力だろ?」
敵に聞こえるような声の大きさで俺は話を始めた。
「能力って言うのは自分を超えられないんだよ。 どういう意味かわからねえだろ? 俺も今の今までわかっていなかったが、お前のおかげでようやく気付けたよ」
アザゼルが言っていた事を思い出した。
「能力は自分を超えられない」
アザゼルはこの言葉の意味までは言わなかった。
それは俺に考えることはやめるなということか、はたまた彼女の気まぐれか。
しかし、答えと言うのはふとした時に見つけることができるもの。
それが今だ。
アザゼルの言っていた「能力は自分を超えられない」という言葉。
俺の頭の中にはこの言葉の疑問が常に頭の片隅にはあった。
なぜなら、能力は自分を超えてしまうものだから。
自然現象の操作、現実世界への介入、その他数えればキリがない。
現実とかけ離れた世界。
それが能力と言うものだ。
いや、正確には魔力が現実とはほど遠い世界。
つまりアザゼルの言葉の裏に隠れていた真相は、「能力は自分の魔力を超えられない」ということだ。
「お前の能力は個人から集団に向けた能力。 しかもあの人数に能力を発動したとなれば、相当な魔力量がいるはずだ。 お前の魔力の総量は知らないが、それだけ膨大な魔力だったら俺の魔眼が映る範囲には必ずお前は存在している。 今見えていないってことはお前に魔力はもう残っていない。 だからお前は遠くから矢で俺を狙っているんだろ?」
俺が話し終えた瞬間、矢が飛んでくる。
しかし、警戒している俺にその攻撃は悪手でしかない。
俺は矢が飛んできた方向に駆け出した。
「終わりだ」
「ひっ!」
魔力の籠った拳で敵をぶん殴った。
敵は泡を吹きながら飛んでいった。
魔力が使えない相手に勝つことは簡単。
それは魔力が少ない俺だからこそより近くで感じることができる。
「あ、なんで豪華な馬車を狙ったのか聞くの忘れてた」
* * *
「さんざんな目にあったわね」
「いやそれ俺のセリフ」
あの襲撃以降は特に何も起こることはなく、無事クエストを完了した。
馬車での移動中も暇だったので、襲撃のことを考えていたがあまりにもヒントが少なすぎるため正解までは辿り着くことはできなかった。
「腹減ったな、どこかで飯でも食ってから帰るか?」
「いいわよ」
俺らは近くにあった飯屋へと行き、少し体を休めることにした。
「てか王族ってこの国だとどこまでの権力持ってるんだ?」
馬車の移動が長かったため、ネロと会話をすることも比較的容易になり、俺がふと感じた疑問をネロに話せるまでには至った。
「全てよ」
「え?」
ネロの答えは的を得ているように見えて、俺の的には刺さらなかった。
「オリンピア一族はこの国の全てに顔を出しているわ」
「言っている意味がわからんが」
「オリンピア一族がこの国の王族ってことはさすがに知っているわよね? オリンピア一族は親族全てを指すわ」
まずオリンピア一族がこの国の王族ということはもちろんのこと知らなかったが、それよりも全ての物事にオリンピアがいるということにピンと来ない。
「つまり、私達が今まさに見ている物や、食べている物。 それらを最後まで追って行けば辿り着くのはオリンピアよ」
「言っていることが壮大すぎて、まじでわからん」
「それが普通よ。 私でもオリンピアの全貌なんて知らないもの、でもそれがオリンピア、ほぼ概念に近いわね」
ネロの話を聞けば聞くほどわからなくなってくる。
多分、ネロも知らないのだろう。
それだけ巨大であり、謎に包まれている血縁者ってことか。
「俺には程遠いし、全く無縁でどうでもいい話だったってことか」
「その通りよ、オリンピアの事考えるだけ無駄。 この国でオリンピアの事を知っているのはオリンピアだけだもの」
ネロは先に出されたオレンジジュースをストローで啜りながら、遠くを見つめていた。




