第92話「外の世界」
「本当に申し訳ございませんでした」
「もう、大丈夫ですよ」
俺は用を足した後、ジャンピング土下座を発動し彼女の元へと駆け寄った。
顔を上げれば、さすがに着替えが済んだ彼女が優しい笑みを浮かべてくれている。
それにしても、かなり可愛い。
俺の周りには可愛い人、美人な人、可愛いけど性格が残念な人など女性に関しては目が肥えてしまってると思っていたが、その中にいても頭一つ抜けた美貌だった。
まだ幼い体をしているので、スタイル的には負けてしまうところはあるかもしれないがいずれそのスタイルも身に付くことだろう。
「それにしても、どうしてここへ?」
少し落ち着くことができたのか、俺の土下座を見て可哀そうに思ったのか、彼女から口を開いてくれた。
「今回は仕事でここに来て、どうしてもトイレに行きたくなり勝手に侵入してしまった次第です……」
俺と同じぐらいの年齢の彼女に敬語をつかってしまう。
俺がここで変に馴れ馴れしくしてしまったら、何を言われるかわからない。
「トイレに行きたいなら堂々と正面から入って来ればよかったのに。 でも、そう、あなたが……」
「え?」
最後の方の言葉は聞き取れなかったが、今彼女が言ったような事は正しい。
正面から入り、近衛兵に場所を聞いとけばすぐだったではないか。
「確かにその通りだ……」
急がば回れということはまさにこの事。
その事実が痛いほどよくわかり、頭を抱える。
「ふふっ。 あなたは面白い人ですね、外の世界の人はみんなこんな風なのですか?」
外の世界、とは何を指しているのかわからなかった。
確かに俺は転生者。
外の世界から来たとなればほぼ俺だけになってしまうだろう。
「そんな事はない。 俺が特別頭おかしいだけだ」
俺はこの世界のルールには疎い。
世界の枠組みに当てはまらず、苦労したことは数知れない。
その苦労した分だけ俺がこの世界のルールに逸れていることがよくわかっていた。
「そうなのですね、早く私も外の世界の方々と触れ合ってみたいものです……」
「んー、さっきから何を言っているかよくわかんねえが、出たかったら出ればいいんじゃねえの?」
「はい、その通りなのですけどね……」
おそらく、俺の答えは的を得ていない。
彼女が聞きたいことはこんな正論ではないだろう。
俺に外は楽しいと、外は広いと、外の世界の希望を話してくれと言いたいのだ。
でも、それを教えるのは違う気がする。
彼女に、外の世界を知らない者に、俺が経験した外の世界を教えることは違う気がする。
人それぞれに人生があるように、人それぞれに映る世界は変わる。
俺があれこれと教えたことで、自分が見た世界とは百八十度違う世界が広がっているかもしれない。
だから、自分で見なくてはならないのだ。
「何か出れない理由でもあるのか?」
俺も少し気になってきてしまった。
どうして彼女はここから出れないのか。
なぜ外の世界を見れないのかを。
「それは……」
「アテナ様! 先ほど物音が聞こえた気がしましたが何かありましたか!?」
「やべ」
「どうしましょう……」
アテナと呼ばれた彼女は困り顔を浮かべている。
突然押しかけてきた犯罪者も同然の俺をここまで心配してくれるということは、彼女は心の底から優しい人物なのだ。
「世話になったな。 お前も外の世界に出たかったら出ろ、思ったよりも面白いぞこの世界は」
それだけ言い残して、俺は窓から飛び降りた。
* * *
「あんた長すぎ、詰まってんの?」
「今のでお前のファン減ったぞ」
心底ネロに呆れながらも、城前にあった馬車を見た。
一つは豪華な外装で、他にある馬車に比べて明らかに大きい。
「俺らは護衛として来てるってことは、あれに王女と一緒に乗るんだな」
うんうんと頷きながら、その豪華な馬車を見る。
馬車の中を見たわけではないが内装も豪華に作られていることだろう。
「違うよ~」
「おっと!」
気配を消しながら、俺の後ろで突然声を出したのはイザベラさんだった。
<危険領域>を生きたことで人の気配には敏感になっていたが、この人は気配を消して俺の後ろに立った。
やっぱり彼女は実力も兼ね備えている。
努力なのか生き残るために見つけた術なのかわからないが、少なくとも俺はこの特殊能力に少しだけ自信を持っていた。
だが、俺にとって血の滲むような努力は、彼女からすれば肩についた埃程度のことなのだろう。
「違うってことは、あっち?」
俺が恐る恐る指を差したのは、明らかに簡素な馬車。
作りも貧相であることはもちろんだが、ところどころ壊れかけておりこれで三日間も過ごすと思うと気が遠くなる。
「そうよ。 私はあの馬車に乗るけどね」
イザベラさんは満面の笑みだ。
うん、可愛いけど怖い。
「なるほど、『神の実績』特権ってやつですか」
「そういうこと。 まあ王女の近くにいるのは私ぐらい強くないとね」
うふふと笑いながら目を細めたイザベラさん。
ただイザベラさんの言っていることはもっともだ。
一番強い人が今回の護衛対象の近くにいることは、当たり前のこと。
羨ましいと思っても仕事となれば割り切れる。
イザベラさんを少し羨ましく思っていたところで、城から高貴な雰囲気を纏った王女が登場した。
俺が女王と思えたのは、服装が普通のそれではなかったから。
円錐形の帽子をかぶり、そこから垂れるヴェールによって顔を隠している。
肌に纏う服装もドレスのようなもので、今から移動だというのに動きにくそうだった。
(やっぱ女王ってどこの世界でもこうなんだな)
小学生並の感想になってしまうが、俺もぼんやりとした過去の記憶しかない。
だから正確には思い出せないが、こんな感じだったと頭の隅にある記憶がそう言っている。
王女を見守ることはなく、俺らも貧相な馬車へと乗った。




