第80話「因縁」
ネロはどこか冷静な自分がいることが不思議だった。
ヤマトの修行のおかげなのか、因縁の相手との決着の前だからか。
しかし、今のネロにとっては気持ちなどなんでもよかった。
今は目の前の戦闘に集中しなくてはならないから。
体がボロボロの状態でも、気持ちに整理がついていなくても戦って勝つこと以外ネロの頭にはない。
「姉さん」
水色の髪に、忌まわしき青色の瞳。
幼い顔立ちをしているのに、実力は『黄金世代』でもトップクラス。
【王の楽園】ロア・トルール。
『黄金世代』の筆頭。
次世代のスーパースター。
そして、ネロの妹。
そんな肩書など気にしている場合ではなかった。
ネロにしてみれば、彼女を倒すことこそがトルール家に一矢報いるための重要なピースなのだから。
「何度も言わせないで頂戴。 私はもうあなたのお姉さんじゃないわ」
「そう。 じゃあこの勝負に私が勝ったら家に戻って来てくれる?」
「はあ?」
ネロはロアの言っている意味が分からなかった。
そもそもネロを追い出したのはトルールの方ではないか。
「私は【王の楽園】に入り、実績も残した。 父様も私を認めてくれているわ、だから私が言えば姉さんだって……」
「やめて頂戴」
ネロはロアの言葉を強い口調で遮る。
「私が今生きている理由はトルール家を滅ぼすためよ」
ネロは改めてその言葉を胸に刻んだ。
自分の唯一の家族ミアを殺した憎きトルール家。
その恨みは忘れることはない。
憎しみが、怒りが、ネロの魔力を増幅させる。
今だけはこの怒りに体を預ける。
「行くわよ!」
『弧人に咲く一輪の花』
ロアを囲うように棘のあるツタが生え出した。
逃げる隙間さえも与えることはないように、ツタは稠密している。
「言っても分かってくれそうにないわね」
そしてツタがロアを襲った。
ネロは確実に仕留めに行った。
相手の動向を様子見できないことはネロ自身が一番よくわかっていた。
それは対峙してみて改めてネロの体がそういう警告を出した。
遊んでいる暇はないと、本能がそう言っている。
「ここで終わる事はないんでしょ、ロア」
ツタが弾け飛び、中央からロアが姿を現しツタの上へと立つ。
所作も美しく、立ち姿だけでも育ちの良さが伝わる。
「今度は私の番」
ネロは杖を構えてロアの攻撃を警戒する。
しかし、それでは遅かった。
ロアの能力を発動するまでの時間は、ネロが見てきた中で一番早かった。
「『果てのない大航海』」
「っ……」
ネロが一番警戒しなくてはならなかったのが、この能力。
不可侵の水の球体。
出ることさえも許されない、ロアの絶対領域。
球体の中に水が満ちていないだけ救いだが、この領域にいる以上ロアの戦闘力は格段に上がる。
ロアが華麗に杖を振るう。
それに呼応して球体の隅々から水流でできたドリルがネロを襲った。
何とか避けるも、ドリルの数は無数。
全てを避けるのは困難だ。
加えてネロの能力は近距離戦闘には適していない。
相手と距離を取れている状況下でこそ、ネロの能力は開花する。
ネロが今できることは杖を魔力で強化してドリルを叩き斬ることぐらい。
しかし、それではロアの攻撃を防ぐことはできない。
近距離戦闘が苦手なネロはダメージを積み重ねてしまう。
「はあはあ……」
ロアは顔色一つ変わっていない。
ロアの双眸にある魔眼は魔力量を格段に上げている。
もちろんそれもロアが疲れていない大きな要因ではあるが、彼女の地力の強さがネロとは明らかに違う。
ネロがいくら修行をしたと言っても所詮は付け焼刃だ。
ずっと修行をしてきた者や元々の魔力量が多い奴に、付け焼刃では勝てないのだ。
「もう姉さんには勝ち目はない」
「生憎だけど今日負けるつもりはさらさらないわ」
それでもネロは負けるわけにはいかない。
例え勝てないとわかっている勝負であっても、勝つしかない。
それだけネロはこの試合に懸けているのだ。
ネロが再び魔力を練った。
この領域は不可侵とはいえ、能力を発動できないわけではない。
お互いが中距離を得意としているのであれば、そこの勝負で負けるわけにはいかない。
ネロはロアが持つ能力も、魔眼の性質も全てわかっている。
魔力の質、技術、強さ、全て負けていることも。
でもネロは作戦を考えることはしなかった。
この魔力の地力比べに負けたくはなかった。
ここで曲がったやり方はしたくない。
正々堂々と勝負して勝つことが、重要なことだとネロは考えていたのだ。
「おりゃあああああ」
ネロは叫んだ。
声が擦れるほど叫んだ。
ここで決着を着けるために。
その意思がネロの魔力を限界まで解放する。
「私も本気で行きます!」
ネロが魔力を解放したと同時にロアも魔力を解放する。
ネロの後ろから棘のあるツタが生え、ロアの後ろからにはドラゴンのような水が出現する。
お互いの強い意志が籠った魔力が同時にぶつかった。
水球の中で激しい魔力が衝突する。
絶対領域である水球は、外にその衝撃を持ち出さない。
だからこそその水球にいる者しかその結果はわからない。
「私の勝ちです」
立っていたのはロアだった。




