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この物語の最後に僕は死にます  作者: 松浦
第1章「未開拓遺跡編」
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第7話「反撃」

 先ほどまでの拳を構えたスタイルから、構えるのをやめ肩の力を抜き自然体でイチルの突進に備えるタイヨウ。


「諦めたか!」


 イチルは口に笑みを浮かべ、勢いそのままに殴ろうとしてくる。

 決して広くはない路地裏であるので、小細工は仕掛けられない。

 そのためイチルは直線的にしか向かってきていない。

 そしてタイヨウはそっと目を閉じた。


 よかった。


 きちんと俺の説明を聞いてくれていたんだな。


 タイヨウはもう目で追うのをやめている。

 これはおそらく魔力を直観的に感じるために。


「血迷ったか!」


 イチルは拳に魔力を集中させ、問答無用に殴りかかる。


 しかし、タイヨウは紙一重のところで躱す。

 右、左、右。

 イチルが繰り出す攻撃を、ものの見事に躱してみせている。


 イチルも休むことはなく追撃を重ねるが、目を閉じているタイヨウに対して一撃も当てることはできない。

 攻撃が当たらないという苛立ちが重なるせいか、攻撃も単調になっている。


 タイヨウは目を使わないというハンデを背負っているようにも思えるが、今のイチルの魔力量ならば目で確認せずとも感じ取れてしまうほどだった。

 魔力はより大きなものになっているが、その分魔力がより明確になってしまっている。

 つまり、攻撃が簡単に読めるということ。

 加えて、イチルには魔力を扱う器用さが足りない。

 粗削りな魔力の使い方だ。


 魔力を綺麗に丁寧に扱うにはそれ相応の訓練が必要となってくる。

 しかも基礎的で地味な反復練習。

 この気性が荒く、短気な性格のイチルならば、おそらくそんな訓練は積むはずがない。


 だからこそ、もったいない。


 せっかく才能があるのに、生まれ持つ恵まれた体格があるのに。


 ただ、敵に塩を送るわけにもいかない。

 イチルの魔力の不器用さがタイヨウにとっては追い風となっている。


 視界を塞ぐという行為は、戦闘においては圧倒的にディスアドバンテージ。

 いくらイチルの魔力が捉えやすいものであっても、目を瞑り躱し続けるということは誰でもできるわけではないし、できてしまっては困る。

 それをタイヨウは簡単にやってのけてしまっているのだ。


「くそがあ!」


 想像していた範疇を優に超えた二人の戦闘は、5分ほど経ったところでようやく動き始める。

 攻撃をよけ続けた結果、やっとイチルにも疲れの色が見え始めた。

 焦りと憤りが彼の攻撃をより単調に、直接的に、簡単にしてしまったのがイチルの体力消耗の要因の一つ。

 そしてもう一つは攻撃が当たらないことによって拳の力が逃げていかずに自身の体に返ってきてしまう点だ。


 そして体に痛みが伴っているのにも関わらず、躱し続けているタイヨウ。

 一回もイチルの攻撃をもろに受けることはなく、適切に防御もしている。

 どこにそんな体力が隠されていたのかそれだけは疑問として残るが、それを差し引いてもこの青年の集中力、精神力というのは圧倒的にイチルよりも上。


 先ほどまで顔中血だらけで、どこの骨が折れているのかわからないぐらいボコボコにされていたというのにも関わらず。


 タイヨウ・ステップズ。

 もしかしたら、俺はとんでもない奴に出会ってしまったのかもしれない。


 そして攻撃の手を緩めなかったイチルがついに隙を見せる。

 いつもより緩いパンチを繰り出したのだ。


 タイヨウがその隙を見逃すことはしない。

 ずっとこの機会を伺っていたのだ。

 よけ続け、よけ続け、よけ続け、その間ずっと体中の魔力を右手に溜め続けていた。


 そして好機だと言わんばかりに目をカッと見開き、イチルのフックに合わせて自身の体を機敏に下げ、ひねるようにしてイチルの顎に渾身のアッパーパンチをぶつける。


 鈍い音が路地裏に響きわたり、その打撃によってイチルの体は宙を舞い、空を見上げるようにして地面に倒れこんだ。


 タイヨウが倒れこんだイチルを見下ろし、指一つ動かすことはなく白目になりながら口から泡を吹いてその場で失神している。

 先ほどとは正反対の状況になった。


 タイヨウはその様子を見届け、深く息を吐く。


「どうする? まだやるか?」


 取り巻き二人に対してタイヨウが睨みを利かす。


「くっ、くそ! お、覚えてろよ!」


「覚えてろよ!」


 取り巻き二人はらしいセリフを吐き捨て、イチルを担いで急いで大通りに逃げていった。


 それを見届け、ようやくタイヨウは一息つく。


「礼を言うぜ。助かった」


 戦いを終えたタイヨウに感謝を述べる。

 自分の代わりに戦ってくれた者に対して、自分のために身を挺して守ってくれた者に対して、自分からのせめてもの謝意であった。


「いや、いいんだ。君に怪我がなかったことのほうがよっぽど大事だ」


 痛々しい傷が顔に散らばっているタイヨウであったが、そんなことは気にも留めず俺の心配をしてくれた。


「せめて治療費だけでも受け取ってくれ」


 なけなしのお金。

 渡すことさえもためらわれるお金ではあるが、こればかりはさすがに渡さなければいけない。


 義理という文字は俺の脳内辞書に力強く、深く 刻まれている。


「いや、これは俺がやりたくてやったことだから。ほんとに気にしないでくれ」


 タイヨウはニッコリと笑みを浮かべて言葉を返してくれた。


 この人格に目も当てられないほどの衝撃を覚え、自分の情けなさが露にされていくようで悲しくなってしまう。


 いつから、どこで、どうやって道を進んでいけばこのような青年に育っていくのだろうか。

 どういう経験をすればこのような人格が形成されるのだろうか。


 助けてくれた恩人と言っても過言ではない人物に対し、お金がどうとかそんな愚案が頭をよぎるだけでもおかしな話だ。


 あと、アホだと思ってごめん。


 さあ、お金を渡そう。すっと渡そう。華麗に渡そう。

 ほんとに渡す? やっぱりやめない?

 あ、そういえばお金なくない?


「ん? あれ、え、あれ!?」


「ど、どうしたんだ急に」


 慌てふためく自分の姿にタイヨウも心配してくれる。


「ない、俺の財布が、ない!」


 体中を叩いても、目当てのものを探しても出てくることはなかった。


 徐々にその状況を飲み込み、顔から血の気が引いていくのがわかる。


 お金。されどお金。されどと言わずにお金。

 渡したくなかった、けれど渡すしかなかった。

 でもやっぱり渡したくなかったお金。

 それが、盗まれたのだ。


「あいつらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 犯人像を浮かべるのに時間は要さなかった。

 思い当たる人物が一人いや、あの集団しか思い出せないから。

 頭に血が上ってくるのがわかる。と同時に心を怒りという感情が支配していく。

 自然と力強く握っていた拳がプルプルと動き始めていくのがわかる。


「許さん、絶対許さん。俺の命と同じ価値のものを奪いやがって!」


 ギリギリと歯を噛みしめ、なんとか怒りを制御しようとするも、それはできない。

 俺はチンピラ達が逃げた方向に獣のように走った。

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