第6話「意地」
タイヨウは数メートル離れたところまで飛ばされるも、何とか手で滑りを止めひらりと回転してなんとか正面を向き直る。
しかしノーガードの蹴撃を背後から喰らっているためか、タイヨウは立ち上がらずに片膝をついたままその場に居座っていた。
かなりハイレベルな戦いを何もせず見届けてしまっていたが、あまりに一方的な試合に見ている自分にまで痛みが起きそうなほどだ。
まず体格による差が大きい。
タイヨウも引き締まった俊敏な筋肉を持っているが、イチルはそれを優に上回るほどの筋肉量がある。
加えてイチルにはスピードがあった。
一般的には小柄のほうが素早い動きができるはずだが、イチルは大きな体を見事に使い細やかな動きを体で体現している。
そこら辺にいるチンピラかと思いきや、魔力の練度が相当高く拳の攻撃1つ1つに適切に魔力が注がれていた。
今のところ一方的な試合ではあるが、タイヨウは戦えているだけ大したものだ。
魔力を使える者であっても、とっくにボコボコにされていてもおかしくはない。
それだけ今のイチルの魔力量は並ではなかった。
タイヨウに声を掛けようとするも、戦いの流れが速いため止めることすらままならない。
「こっちだよ!」
イチルはいつの間にかタイヨウの上空に位置しており、脚を大きく上げタイヨウの脳天にかかと落としを見舞う。
その衝撃によって生まれた鈍い衝撃音は、その路地裏に響き渡るほど大きな音であった。
地面は砕け、タイヨウはその場にうつ伏せで倒れる。
指一つさえ動かない状態で、地面に赤色の血を滲ませていた。
それは紛れもなくタイヨウから出ているもの。
「まだまだぁ!」
イチルはうつ伏せのタイヨウの頭を両手でもち上げ、そのまま自身の膝を入れ込む。
タイヨウの鼻から大量の紅血が飛び散り、口の中から血が出ていく様が見える。
言葉さえ発することも許されず、抵抗することも許されずに。
地面に倒れこんだタイヨウから生命力というものを感じることはできなかった。
「おい、大丈夫か?」
この悲惨な現状にやっと声を掛けることができたが、仰向けになった彼の顔は血だらけで鼻も微妙に曲がっている。
この痛々しい姿に、かける言葉を模索するもそんな簡単に綺麗な言葉は見つからない。
ここまでの惨事になるとは予想できなかったこと、これに巻き込んでしまった罪の意識が脳内を逡巡していた。
その言葉に反応するように、タイヨウは片膝でなんとか立ち上がる。
その姿に驚き、心配するようにタイヨウの顔を覗き込む。
タイヨウの目はまだ死んではいなかった。
なぜなら彼はまだ戦う目をしていたから。
顔面がボロボロであろうが、体は動かすことができなかろうが、目は、目だけは生きていたのだ。
「くっそ。こんなのじゃ、あの人には追い付けない」
タイヨウは自分の両手を見つめ、自身の不甲斐なさに悔しがるように言葉を呟く。
その言葉の意味を理解することはできなかったが、彼がまだ生きている証明だけで今は十分だった。
ただこの悔しがるタイヨウに一抹の不安を抱えてしまう。
「もうここら辺でやめとけ。助けてもらっておいて上から目線になっちまうが、たぶんあいつは能力を使ってる。 勝ち目は薄いぜ」
冷静に状況を分析してみたが、その言葉を聞いた途端、タイヨウはゆっくりと立ち上がった。
「いや、諦めるわけにはいかないんだ。 逃げることもしたくない。 それに……」
「それに?」
「弱いものいじめは何があっても許すわけにはいかないから」
タイヨウは力強く、はっきりとその言葉を口にして立ち上がる。
その言葉、行動に、止める言葉はかけられなかった。
何を言っても諦めなさそうなタイヨウに、これ以上かける言葉は見つからない。
「やっぱりここで、完膚なきまでに潰しておく必要がある」
渾身の一撃をくらわしたイチルは呼吸を乱しつつもその場で仁王立ちをして、タイヨウを睨みつけている。
おそらくイチルもタイヨウを戦闘不能にまで追い込んだつもりであっただろうが、このタフさまでは予想はできなかったと思う。
その顔に出ている感情は言うまでもなく、その怒りから来るものだ。
それにしても、なぜこいつは体力が消耗しているのに魔力の消耗がないんだ。
攻撃を受ける側はもちろんのことだが、あれだけの攻撃を繰り出せば攻めて側も体力は消耗されていくはず。
しかし、イチルには魔力の減りが見られないのだ。
能力によるものだろうがあれだけ全開で魔力を使用しているのにも関わらず、魔力が減っていない。
むしろ増えているようにも思える。
「どうなっているんだ……」
タイヨウも俺と同じような疑問を感じているようだ。
その疑問に答えを出すのであれば、解決しなければならないのならば、1つの答えしか今は浮かばない。
「視認外からの攻撃」
「え?」
タイヨウが頭を抱えているところに、一言呟く。
俺のほうを向き言葉の続きを促すタイヨウ。
じっとイチルを見つめ、答えを続ける。
「明らかに魔力量が違いすぎる。あいつが元々持っている魔力はこんなになかった」
タイヨウはこの言葉に横やりを入れることなく、じっと聞いている。
「おいおい、何こそこそ喋ってやがる。このルーキーを倒した後は、きっちりお前をぼこぼこにしてやるからな」
イチルが俺に対しても牽制を入れてきた。
しかしその言葉は右から左へ流し、タイヨウにアドバイスをする。
「おい、タイヨウって言ったか。自分の今の魔力とさっきまでの魔力、違いは感じるか?」
「言われてみれば、さっきよりも魔力が減ってる気がする……」
タイヨウは自身の両手を見つめ魔力の流れを意識して、魔力量を確かめている。
「だろうな。おそらくだが……」
タイヨウにできるだけ短い言葉で自分の考察を説明した。
このチンピラの短気さを考えると、長々と説明することは難しい。
それにタイヨウはおそらくアホだ。
端的にわかりやすく能力の詳細を伝えられるように努力しよう。
「まあ、こんなところだ。 とにかくあいつの攻撃を躱し続けて魔力をできる限り温存しろ。そして隙を見つけたら、最初にぶち込んだカウンターを今の魔力全部使ってもう一回ぶちこめ」
呆気にとられた様子のタイヨウであったが、俺の言葉をいちいち聞き返す暇はないだろう。
今は自分の言葉を信じてもらうしかない。
「————了解!」
数秒の間があったが手の平と拳をぶつけてパンっと鳴らし、明快な声で返事をしてくれた。
自身を奮い立たせるため、俺のアドバイスを実行するため、気合を入れてくれたのだと思う。
いや、わからないことを誤魔化すために音を立てたのかもしれないが。
この態度を一瞬にして作り上げられることに関心を覚えるが、タイヨウの体力を鑑みるとそう落ち着くことはできない。
「負け犬の相談事は終わったか。じゃあ、遠慮なく行くぜぇ!」
「来るぞ。それと、あいつの攻撃を目で追おうとするな。直観的に躱せ」
ボソッと付け加えるようにタイヨウにアドバイスを行う。
タイヨウは俺のほうを向くことはしなかったが、耳から頭へとしっかりと届いているはずだ。
そう、信じたい。