第67話「アゼレア家の休日」
魔族侵攻から二週間が経過した。
ぼろぼろだった俺の体も何とか回復している。
【天使の加護】の周辺も復旧作業中であり、日中はその作業があるため人の出が多かった。
普段ならこんなに人がいる日に外出なんてしたくはないが、約束があるなら仕方がない。
その約束を果たすのに六年もかかってしまった。
「お兄ちゃん、お待たせ」
「おう、元気になったかポチ」
前髪を触り照れくさそうにする彼女。
クールな見た目で、他の者からは恐れられているというのに今日だけはなぜか大人しい。
あの時の恐怖感のあったティアはどこにいったのやら。
「まあ、取り合えず飯でも行くか」
「うん……」
なんか調子狂うな。
まるで多重人格を見ているみたいだ。
ただ今日は妹と美味い飯でも食いながらゆっくり話をしよう。
何をしていたのか、何があったのか。
そして、アザゼルはどこにいるのか。
* * *
「まじ?」
「うん」
机の上に大量に並べられたご飯を食べながら、ポチの発言に驚きを隠せないでいた。
「だから私もアザゼルさんの行方は知らないの」
ポチは俺の倍ほどの飯を食いながら淡々と言葉を続けている。
あの時ポチと感動の別れをしていてそれどころではなかったが、アザゼルに一番大事な事を聞き忘れていた。
それは俺がどうやってこの異世界から帰ればいいかという事。
この重大さに気づいたのはアザゼル、ポチと離れてから一週間が経過した頃。
まず〈危険領域〉からどうやって出ればいいのかわからず露頭を彷徨っていた頃だ。
その先に見えたのが異世界からどうやって脱出すればいいか、である。
肝心な事を言わないアザゼルに憤りを覚えていたのが懐かしい。
「そんな事よりお兄ちゃん、どこにいたの?」
飯を一旦食べ終えたポチは紙ナプキンで綺麗に口をふき取りながら俺に尋ねる。
目を合わせてしまったが、あの時出会ったポチのような威圧感があった。
「俺も色々あったんだよ。 それにお前を放っておいたわけではない、俺なりにずっと探してたんだ」
「ふーん、それでも【王の楽園】第二支部リーダーの名前も、顔も知らなかったんだ」
「いやー、名前に関しては申し訳ないとは思うがそれにしてもお前は成長しすぎだ。 可愛いかったポチがクールを身に着けてさらに可愛く成長していたからな」
「え、うん、そうだよ……」
顔を赤くして目を背けたポチ。
ちょっとちょろすぎない?
お兄ちゃん心配になっちゃうよ。
変な男とかに褒められただけでほいほいと付いて行っちゃだめだよ。
大体そういう男ってろくでもない奴ばっかりだからね、俺も含めて。
「それにしても凄いな、【王の楽園】のリーダーなんて誰でもなれるわけではないだろ」
「この国で一番大きいギルドに行けばお兄ちゃんがいると思ったから」
「俺にそんな実力はねえよ」
「ううん、私が見て来た中でお兄ちゃんが一番強いよ」
実力の査定にお兄ちゃん補正でも入っているのだろうか。
今となれば、ポチの方が俺よりも遥かに強いのに。
「冗談でも辞めてくれ、俺の実力は自分が一番わかっているつもりだ」
「ふふっ。 でも意外だったよ、お兄ちゃんが【天使の加護】に入るなんて」
それは俺もよくわかっていない。
ギルドに所属するなど絶対できない俺がなぜか成り行きでギルドに入ってしまった。
どこかに留まるということは俺の目的を果たすのに遠回りをしてしまうという事だから。
「ねえ、お兄ちゃん【王の楽園】に来ない?」
自然と眉が上がる。
この誘いは俺にとっては予想外だったから。
「お兄ちゃんがどうして【天使の加護】に入ったかは分からないけど、【王の楽園】の方がアザゼルさんを探すのに一番適していると思うの。 それに私もお兄ちゃんといた方が……」
「すまんがそれは無理だ」
ポチの話を遮るように話してしまった。
確かに【王の楽園】に入った方が俺の目的を果たすのに一番近道なのかもしれない。
しかし【天使の加護】にはとても大きい恩をもらってしまっている。
これを返さなければ例え元の世界に戻っても遺恨が残り続けてしまう。
だからポチには申し訳ないが、今は【天使の加護】に残ると決めているのだ。
「すまんな」
「ううん、お兄ちゃんならそう言うと思ったよ。 本当だったら私が【天使の加護】に行きたいところだけど、私も色々とあるから中々投げ出せなくて」
「〈危険領域〉もきつかったが、外の世界も外の世界で大変だよな」
俺らは見つめ合ったのち、笑い合った。
あの地獄を経験したからこそ、こうして心の底から笑えるのかもしれない。
果たして笑い話になるのかどうかすらわからならない冒険譚。
今でも夢に出てくるし、過去を思い出せば吐きそうになる。
それでもあの地獄を二人で生き抜いて、こうしてポチと一緒に美味しいご飯を食べている。
それにあの場所から抜けたら抜けたで困難な運命は待ち構えていた。
でもそれが人生なのかもしれない。
困難と常に向き合い続けながら生きるしかない。
それはポチと再会して改めて感じたことだった。
* * *
「今日はご馳走様、お兄ちゃん」
「ああ、おかげでこれから一ヶ月は外食できない」
普段なら女性の前では決してこのような弱み事は言わない。
でも、ポチは家族なのだ。
家族なら俺の全てを知っている、だから恰好をつける必要もない。
隠す必要も、偽る必要もないのだ。
「今度は私がお兄ちゃんを助けるね」
ポチは少し口角を上げた。
その表情には少しだけ悔しさが混じっているようにも思える。
ポチは成長した姿を見せてくれようとした。
それは十分俺に伝わっている。
昔の時のポチよりもずっとずっと強くなっている。
俺が憧れてしまうほどに。
もうポチに俺は必要ないのかもしれない。
それでも、俺はお兄ちゃんだ。
兄であるならば、妹を守るのが仕事だろう。
「ポチがどこまで行っても俺はお前のお兄ちゃんだ、ピンチの時は必ず駆けつける。 まあ俺が駆けつけたところで足手纏いなだけかもしれないけど」
ポチの頭を撫でる。
ポチが照れつつも嬉しそうにする顔を見て昔を重ねてしまった。
昔よりも背が伸び、昔よりも大人になった。
そして昔よりも泣かなくなった。
これが今のポチ、ティア・アゼレアだ。
「俺らは家族なんだ。 それぐらいのことはしないとな」
俺も自然と笑みがこぼれてしまう。
「うん、ありがとう。 大好きだよ、お兄ちゃん」
ポチの笑った顔はいくつになっても、可愛くて仕方がなかった。




