第65話「後悔」
魔族の侵攻は民間人の犠牲者を出さずに終了した。
しかし、街への被害は大きく王都も例外ではない。
それだけであればこの国ははまだ活気を取り戻せただろう。
この戦いに参加していた約十万人の兵士のうちおよそ三分の一の命がこの世を去ってしまう結果となった。
そしてそのうちの一人に、『太陽神』であるマーク・ウェストの名前も含まれている。
マークはどうやらこの国で人気者であったらしい。
その死に多くの者が悲しみ、同時に多くの者が絶望した。
ギルド連合に怒りをぶつける者、その死に喘ぐもの、そして生気を失った男が俺の目の前にいる。
ギルドの外で俯く、タイヨウだ。
ネロに聞けばどうやらタイヨウはマークに命を救ってもらったことがあるらしい。
その日からタイヨウはマークになるために必死に努力をしていた。
ヒーローに追いつくために、自分がマークのようなヒーローになれるように。
ネロは今のタイヨウに何を言っても無駄だと言っていたが、俺は一言だけ言いたいことがあった。
「タイヨウ」
声を掛けても返事はない。
まるでもぬけの殻だ。
「……放っておいてくれ」
タイヨウがボソッと呟く。
でも俺はこの状態のタイヨウに励ます言葉などはかけるつもりはない。
伝えるべきは、タイヨウが知るべきなのは、事実であり現実だから。
「お前のせいで、マークは死んだ」
「……」
「お前が弱いから死んだんだ」
「———そんなことはわかってるよ!」
タイヨウは立ち上がって俺の眼前まで顔を上げる。
マークはタイヨウを庇って片腕を失くし、Z級と相討ちになって死んだ。
「わかっているなら、なぜ落ち込む?」
「どういうことだ」
温厚なタイヨウが珍しく、眉間にしわを寄せていた。
このタイヨウを見たのは、初めて出会った時以来か。
「お前が弱いのもあるが、マークが死んだのはマークが弱かった、ただそれだけのことだろ」
「お前!」
胸倉を掴まれ、タイヨウの怒りはピークに達している。
「事実を言ったまでだ」
こういう時こそ激情に駆られてはいけない。
俺が怒りをぶつけては意味がない。
ただ淡々と事実を述べるのみだ。
「マークさんがどんな思いをして死んだかをわかって言ってるのか?」
ギリギリと歯を食いしばり、俺の胸倉を掴む手は時が経つにつれてどんどん強くなっている。
それでも俺は伝えなければならない。
「ああ、わかってる。 何度も言わせるな、マークが弱くて死んだんだろ?」
「っ!」
タイヨウは拳を振りかぶり、俺を殴ろうとした。
俺はその拳を受け止める。
「好きなだけ殴ればいい。 その代わり、その倍俺はお前をぶん殴る」
こういう時こそ現実を教えてやるべきだから。
「おい、カナタ。 仲間だからって容赦しねえぞ」
「ああ、いいぞ。 俺を殺すつもりでかかってこい」
タイヨウは胸倉を放し、拳に炎を纏わせて俺に攻撃してきた。
その攻撃を躱し、タイヨウのみぞおちにパンチを入れる。
クリティカルヒットのはずだが、タイヨウはふらつく様子もない。
相変わらずタフなやつだ。
「お前は死んでいった人達のことを何だと思ってるんだ!」
「なんとも思っていない」
怒りに身を任し、その勢いのまま殴ってくる。
単調な攻撃を躱し、タイヨウの急所へと適切に攻撃をした。
やっとタイヨウが膝をついたタイミングで、俺はタイヨウの顔面に蹴りを入れる。
「ぐっ!」
「タイヨウ、教えてやるよ。 お前が弱いってことを」
「ああ、俺もお前に教える。 マークさんは強いってことをな!」
タイヨウが叫びながら突撃してくる。
「お前がこのまま何も変わらなければ、また同じ過ちを繰り返し、寂しさに苛まれるだけだ」
俺は再度みぞおちへ蹴りを入れた。
タイヨウが俺に勝てるわけがない。
なぜならタイヨウは優しすぎるから。
何も悪くない、仲間の俺を攻撃することはできないから。
「げほっ、げほっ」
「ちょっと何してるの、あんたら!」
この戦いの音を聞き、ギルドから姿を見せたのはネロ。
ネロもここ最近、尖った発言がなかった。
何かにずっと躓いている、そんな感じだ。
今日は【天使の加護】には俺ら三人しかいない。
だからこそ、タイヨウと戦う日は今日であると決めていた。
ヤマトさんやクロガネさんに止められてしまえば、俺は勝てる気がしない。
そうまでしてもこの二人には伝えなくてはならなかった。
教えてあげたかった。
この世の現実を、自分の現状を。
「ネロ、お前も聞いておけ」
「はあ? まずあんたらの喧嘩をやめなさいよ」
「いいか、よく聞け二人とも。 この世界は魔獣がいるせいで、間違いなく死ぬ可能性は高くなっている。 今回の魔族大侵攻みたいな一件があれば人が死ぬなんてざらにある」
「……」
タイヨウも攻撃することなく、黙って聞いてくれている。
「人が死ぬ理由はそれぞれだ。 ただなあ、こと戦闘においては決定的な理由がある」
今回ばかりはネロも静かに聞いてくれている。
「それは負けた方が弱かった、ただそれだけの事なんだ。 『黄金世代』と呼ばれている一人も、『太陽神』と言われていたマークも負けた。 戦闘の強さを決めるのは世間の評価じゃねえ、己の力だ」
なぜ俺はこんな説教みたいなことをしてしまったのか。
二人の若き才能に止まって欲しくなかった。
俺が羨ましくなるような才能をもっと磨いて欲しかった。
いつか、二人が人を守れるぐらい強くなって欲しかった。
「人を守るにはそれだけの力が必要だ。 その力がない奴に人を守る資格はない」
ネロは唇を噛みしめている。
彼女ならば力がない自分に腹を立てていてもおかしくはない。
タイヨウは俯いている。
彼ならば力がない自分を悔やみ続けているだろう。
「……マークさんは、俺を庇って死んだ。 マークさんは強かった、あの人こそカナタが言うように人を助けることができる強い人だ。 マークさんは、俺のせいで負けたんだ」
タイヨウの声は覇気を失っていた。
声だけではない、生きることに価値を見出していないようだった。
「違うな」
「え?」
「マークがタイヨウを助けるという判断を下さなければよかっただけの話だ」
「それは……」
「あなたにタイヨウの何がわかるの!」
ネロがタイヨウを庇うように、自分の怒りをぶつけるように俺に問う。
「何も知らないな、お前らがどんな過去を過ごしたなんて知りたくもない。 でもな、お前らみたいに現実の厳しさから逃げている奴には怒りが湧いてきちまうんだよ」
俺もここまで言われれば、込み上げてきた怒りを隠すことはできなかった。
「自分が弱いってことぐらい知ってるわ!」
「じゃあ何で悔しがっている?」
「それは……」
「タイヨウ、なんで落ち込むんだ?」
「……」
「お前らがやるべきことは落ち込むことでも、悔しがることでもない。 今すぐその経験を糧にして強くなることだ」
二人は何も言わない。
わかっているだろう、そんなことは。
だからこそ、悩むなんて無駄な時間は二人にはいらない。
才能がある二人なのだから。
「じゃあ、なんでマークさんは何で俺を助けたんだ?」
タイヨウは答えを俺に求めた。
切実に、必死に、マークの意図を理解するために。
「託したんだろ」
「え……」
俺はこの場から離れた。
こればかりはタイヨウが考えて答えを見つけなければならないから。
伝わったのだろうか、タイヨウに。
伝えられたのだろうか、ネロに。
少しでも、心に残ってくれていればそれでいい。
少しでも強くなることが、彼、彼女には大切な事だから。
この世界で生き残るために必要なことだから。




