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この物語の最後に僕は死にます  作者: 松浦
第2章「魔族侵攻編」
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第63話「お兄ちゃん」

 こんなに怒りが込み上げてきたのは異世界に来てから初めてだった。

 それは家族が危険に晒されているからか。

 妹が切実に助けを求めているからか。

 魔力も飛び出すように体から噴き出し、自身の体も興奮状態であることがわかる。


「いいねえ、最初から全開でよかったよ」


 俺が最初から魔力を全開で出せるのには理由がある。

 『偽りの英雄(ライアー・ヒーロー)』の発動条件には自分が瀕死状態になることのほかに、もう一つだけ隠された条件が存在する。


 それは、ポチが瀕死の状態になっていることだ。


 未だにこの能力の全貌は自分でもわかっていない。

 あの時突発的に生まれた能力だったから。

 ポチを救いたいという激情に駆られた結果、この能力に出会えたのだ。


 でも今はそんな分析はどうでもいい。

 俺の家族を追い込んだ罪をこいつに刻んでやらねば気が済まない。


「どっからでもこい」


 シャムハザが指をくいくいっと動かした瞬間、俺は地面を蹴って切りかかった。

 こいつの能力は魔力で作った糸を巧みに操り攻撃してくる。


 留意すべきはその糸を隠すことができる点だ。

 魔力を隠すには、魔力が必要。

 それも高度でかつ繊細に魔力を扱わなくてはできない芸当。

 それをこいつは顔色変えずにやってのける。

 だから俺は魔眼を常に発動しなくてはならない。

 それに伴って『偽りの英雄(ライアー・ヒーロー)』の発動時間も短縮されるというデメリット付き。

 つまり、シェムハザを倒す時間は限られるということだ。


「おらっ!」


 渾身の魔力を注いで刀を振るう。

 シェムハザは寸前のところで上に飛び、俺の攻撃を避ける。

 そして中の指を三本立てて、数十本の糸が俺を目掛けて放たれた。

 それを全て《自由の翼(フリーダム・フェーズ)》で叩き切り、俺も上空へと飛ぶ。


 シェムハザを自由にさしてはならない。

 距離を取ってしまえば、糸による攻撃の選択肢が増えてしまうから。

 それを阻止するためには近づくしかない。

 それに空中戦は俺にとっては都合が良い。

 この異世界では空中を飛べるのは珍しい部類らしいので、敵の戦闘経験が少ない空中戦のほうが勝つ確率が上がるということだ。


「いいよ、お前がその気なら俺も空で戦ってやる」


 シェムハザは糸を翼のように編み、宙を舞った。

 いや、飛んでいると言ったほうが正しいか。


「おいおい、空中は俺だけの特権だろうが」


 向こうはただ糸を動かし続けるだけ、対してこっちは空中を蹴り続けて戦わないといけない。

 状況は最悪。

 少しでも俺にとって有利な状況に持ち込もうと思ったがそれを逆手に取られた。

 シェムハザと初めて戦闘した時、空中を蹴るのを見せてしまったのが運の尽き。

 

 こいつは見た目以上に頭の回転がいい。

 学習能力がある魔族って厄介だな。


 でも俺はこういう状況こそ真価を発揮できると信じている。

 〈危険領域ブラック・テリトリー〉の経験があるからこそ、どんな絶望にも立ち向かっていけるのだ。


「さあ行くぜ、フリル!」


「かしこまりました。 マスター」


 それに今はフリルっていう最高の相棒もいるのだ。

 手に持ったフリルからも魔力の増幅を感じられる。

 単純で可愛い奴め。


 カキンッ!


 シェムハザの糸と俺の刀が至近距離で火花を散らす。

 それを皮切りに俺らは激しい打ち合いを成した。

 両者一歩も引かない攻防。

 防御なんて関係ない。

 攻撃をして、副次的に防御をする。

 防御無視の殴り合いだ。 


「やっぱりお前いいよ!」


 シェムハザは笑っていた。

 こいつは戦う事、殺し合いをすることに快感を得ているのか。


 余計に腹が立ってくる。

 こいつに殺されていった者を弔うために憤りを覚えているわけではない。

 こいつのその考えに腹を立てていた。

 こっちは生きるために必死だっていうのに。


 俺とシェムハザの大きな一撃が繰り出された後、両者に距離が生まれてしまう。


 ヤバいな。

 俺とシェムハザの実力差はほぼ互角。

 これが不味い状況だった。

 なにせシェムハザはまだ全力を出していない。

 どこか余力を残している様子であるから。


「じゃあそろそろ俺も本気を出そうかな」


 ニヤリと笑ったシェムハザ。

 俺は次なる攻撃に構えるが、一抹の不安が頭をよぎった。

 戦闘のセンスはタイヨウと似たところがある。

 一度戦ったことはあるが、あの時フリルがいなかったら殺されていてもおかしくはなかった。

 だからこそ、こいつの一挙手一投足には注目しなければならない。


「『呪縛の傀儡』」


 シェムハザが能力を発動した瞬間、俺はポチの元へと全速力で向かう。


「え……」

 

 ポチは逃げることはできなかった。

 シェムハザの糸は俺を狙って放たれたわけではない。

 瀕死のポチに向けられたものだ。


 シェムハザに集中していたせいで判断が遅れてしまった。

 ポチは座った態勢から、操られた人形のように俺の眼前に立ちはだかる。


「お、に、い、ちゃん」


 ポチが何とか抵抗しようとしている姿が痛々しい。


「シェムハザあああ!」


 俺はシェムハザを睨みつける。

 こいつは俺と戦うことはやめ、ポチに能力を使って操り人形にしたうえで俺と戦わせるつもりだ。


「まあ、余興も大事だろ」


 シェムハザも地面に降り立ち静観している。


 ポチは体を震わせながら刀を握る。

 ポチのせめてもの抵抗だ。

 ポチが万全の状態ならこの糸から逃れられただろうが、今のポチには魔力はない。


「お兄ちゃん私に構わないで!」


 ポチの悲痛な叫びが余計に頭の中をかき乱す。

 普通の人間であれば、このままそいつを切って終わり。

 ただ今回は話が違う。

 俺が唯一大切にしている人間が目の前にいるから。


「さあどうする少年、まさか前みたいに降参するわけじゃねえよな」


 考えている間もなくポチがこちらに切りかかってきた。


「っ!」


 何とか防御をするも、ポチの一撃は重たい。

 シェムハザの糸から魔力が注がれているのが魔眼でわかる。

 ということはポチの魔力量はいつもと変わらない程度まで供給されているということ。

 もしかしたら普段よりも多くなっている可能性も考えられる。


 ポチの顔は心底辛そうだった。

 〈危険領域〉探索時に何度も見た顔。

 ポチは満身創痍であるのにも関わらず、強制的に戦わされている。

 それに相手が俺だ

 傷を付けるだけでも、ポチに精神的な傷が残ってしまうだろう。


 俺はフリルを鞘に仕舞った。


「……やっぱお前も普通の人間だったか」


 残念がったシェムハザ。

 シェムハザは俺に何を求めているだろう。

 『偽りの英雄(ライアー・ヒーロー)』という能力の魅力。

 俺があの時一瞬で自殺の判断を取れた決断力。

 こんな人間を見たことがないという好奇心。


 それは全部間違いだ。

 俺は普通の人間よりも能力は低い。

 魔力も少ないし、戦闘も上手くはない。

 違うことがあるとすれば〈危険領域ブラック・テリトリー〉で死にそうになった経験をしたことぐらい。

 他の人間が俺のような経験をすれば俺よりも遥かに強くなっているはずだ。

 それはずっとアザゼルに言われていた。

 俺は普通よりも能力が低い人間だと。

 でもそのおかげで俺は地に足を着けることができた。

 異世界転生という言葉に心躍ることはしなかった。


 アザゼルは俺に魚を与えてくれたのではない。

 普通の人間として生き残る方法をずっと教えてくれていたのだ。

 それに気づいたのは〈桜の遺跡〉を旅していた時。

 『偽りの英雄』という能力を使えるという自分を過信していた、あの時だ。

 地に足が着いていないとはまさにこのこと。

 そして俺は人生で二回も絶望を味わってしまうこととなる。


 でも、おかげで気付けた。

 考えられた。

 どうやれば俺は普通の人間になれるのか。

 どうすれば生きていけるのかを。


 俺は目を瞑り、居合の構えを取った。

 あの時、ポチが俺に成長した姿を見せてくれたように。

 あの時、ポチが約束を果たしてくれたように。


「えっ……」


 ポチ、見ててくれよ。

 お兄ちゃんも少しだけ成長したんだ。


「『瞬間瞬殺インスタント・キラー』」


 目を開いて魔力を解放し、百の斬撃を放つ。

 その斬撃でポチに絡まった糸を切り裂き、能力によって生み出された百の斬撃はシェムハザの元へと放たれた。

 シェムハザは何とか防ごうとしたが、この一瞬の斬撃を全てを防げるはずがない。

 この能力はポチがアザゼルと血の滲む努力をしたからこそ生まれた技だろう。

 その努力が防げるはずがないのだ。


「ぐはっ!」


 シェムハザの体から黒色の血が噴き出した。


「さあシェムハザ、ケリをつけようぜ」


「ははっ、いいねえやっぱりお前は普通のやつじゃねえ!」

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