第54話「平原の決着」
「へっへっへ。『神の実績』かぁ、思ったよりも手強わかったねぇ」
ソルトがゆっくりと近づく。
タイヨウはじっとしていられなかった。
自分の英雄が負けたのだ。
それも自分のせいで。
全身を炎で包み込み、無我夢中に突進した。
勝てるはずがなくても、自分が命を落とすことになっても、じっとしてはいられなかったから。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
大きな雄叫びを上げ、走った。
「や、め、ろぉ……」
タイヨウはその声を聞いた瞬間に立ち止まる。
「マークさん?」
か細くても、力がなくても、はっきりとタイヨウにはわかった。
自分の憧れの英雄の声を聞き逃すことはなかった。
「君は、これから、この戦争の、貴重な戦力だ。 だから、こんなところで死んでは、い、けない……」
マークは立ち上がった。
もう立つことさえ、生きていることさえできない状況であるのに。
「死にぞこないがぁ!」
ソルトが鎌をマークに向かって振りかざした。
死にゆく者への攻撃にしては余りある魔力を使って。
しかしその攻撃をマークは片手で受け止める。
「おい、魔族、覚悟しておけ。 僕が死んでもここにいる、才能ある若者がいずれお前らを滅ぼす」
「っ!」
ソルトは怯えているようだった。
なぜ生きているのか。
なぜ死なないのか。
なぜそこまで、守れるのか。
ソルトにそんな感情が入り混じっていてもおかしくはない。
心臓を抜き取られたはずのマークのどこにそんな力が宿っているというのだ。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
ソルトは恐怖心を掻き消すように魔力を集中して、鎌を押し込む。
それでも鎌はびくともしなかった。
「『星の隕石』、シックス!」
マークの手から放たれたのは、小さい拳の魔力。
それでも、その一撃は重たかった。
ソルトの顔面がボコボコに殴られる。
そしてソルトの顔面は形を変えていた。
「人間風情がぁ!」
ソルトが言葉を発した瞬間、悪魔によって心臓を抜き取られる。
顔面の穴という穴から黒血を飛び散らせた。
マークの放った魔力が星のようにキラキラと輝き、マークに降り注ぐ。
弔うかのように、門出を祝福するかのように。
そしてマークは地面に倒れた。
魔族を倒して。
若き希望に全てを託して。
〈北にある大地〉北部の戦い。
『悪魔の茶会』、ソルト撃破。
『太陽神』、マーク・ウェスト殉死。
* * *
王都〈セルティナ〉。
この場所には二人の『神の実績』がいる。
そして、この場所を任せられているリーダーはミエル・クリストファー。
【王の楽園】ギルドマスターだ。
「はあ、私もタイヨウと同じように前線がよかったわ……」
ネロ・リーベルが深いため息とともに、自身の運のなさを悔いていた。
「こればかりは仕方がないよ。 それにこの場所にも魔族が出現するかもしれないし」
ヤマトがネロの言葉をなんとかまとめる。
それでもネロの機嫌は完全には回復することはなかった。
「まあヤマトさんと一緒だからそれはよかったけど……」
こればかりは自分の匙ではどうにもならない。
「ここにいたか、ヤマト」
「やっほー、ヤマト~。 それにネロちゃんも」
声の方を振り返れば、見ただけで圧倒されてしまうほどの威圧感の男性。
そしてギャルのような見た目をしているのにも関わらず、溢れ出す魔力を隠しきれていない女性が手を振っていた。
【王の楽園】ギルドマスター、ミエル・クリストファー。
『神の実績』、イザベラ・シャーベット。
ネロはあまりこの人物にいい印象を抱いていなかった。
一見すれば、誰もが好印象を抱く彼女。
ネロはこの人物と幼いころからの顔馴染みではあり、彼女のことを一回も嫌いになったことがない。
だからこそ、彼女が不気味でならなかった。
一回も嫌いにならなかったというのが不思議でしかない。
それはネロが幼いときに感じた直観のようなもの。
それが今でもイザベラに対する苦手意識がある。
「お久しぶりです。 イザベラさん」
ネロが少し頭を下げ、イザベラに挨拶をする。
「ネロちゃんなんか堅苦しいなあ。 それに表情もなんだか怖いよ」
少し口角を上げたイザベラがネロを見つめた。
「で、何の用ですか。 ミエルさん」
少し不穏な空気を打ち消すように、ヤマトが口を開いた。
「ヤマトとイザベラは今回二人で行動してもらう」
「……どういう事ですか?」
ミエルの言葉を聞いた瞬間、珍しくヤマトが真剣な表情を浮かべていた。
「今回の魔族進行は〈危険領域〉に隣接した都市が主戦場だとされているが、王都にも魔獣が出現したといった情報がいくつか入って来ている。 王都に万が一もあってはならない、そのために二人の『神の実績』をここに呼んだ」
「だからって二人一緒にいることが良いことだとは思いません」
はっきりと口にした。
ネロはこの姿がたまらなく好きである。
どんな相手にも自分を曲げない。
自分の思ったことを包み隠さず言う。
これにずっと憧れている。
だから口も悪くなってしまって、周りの人も離れて行ってしまう。
それでも自分の信念を曲げたくなかった、ヤマトに追いつくために。
「……『悪魔の茶会』がもしもここに現れた場合、『神の実績』だけでは対処できないという私の判断だ」
『悪魔の茶会』とは、魔族の最高クラスであるZ級のもの達を指す別称。
ネロが〈未開拓遺跡〉で出会ったあのA級よりも上位の存在。
『神の実績』に匹敵する実力者。
人間のような見た目をしているが、中身は魔族。
それが仲間を作り、狡猾にこの国を狙っている。
人類が、この国が、一番警戒をしなくてはならない連中であった。
だから、このミエルの言葉にヤマトは納得するしかできない様子なのだ。
「……わかりました」
苦虫を嚙み潰したように、ヤマトが頷いた。
「そういうことだから、よろしくねヤマト」
イザベラは相変わらず口角を上げたままだ。
「ごめんね、ネロちゃん一緒にいられなくなっちゃった」
「謝らないでくださいヤマトさん。 私は一人で大丈夫ですから!」
両手で謝るヤマトに、ネロは快活な返事をする。
ヤマトに心配されたくない、甘えたくない。
そろそろ自分が成長姿を見せたいから。
だから、ネロはここでヤマトと離れて結果を残したかったのが本音だ。
「じゃあねえ~、ネロ」
手を振りながらイザベラの別れの言葉に対して、ネロは軽く頭を下げた。
そしてミエル、イザベラ、ヤマトの三人は離れてしまった。
「この場所に本当に来るのかしら、魔獣なんて」
そしてネロは冒険者が集まる場所へ歩いて行った。
今にも雨が降りそうなどんよりとした雲。
ヤマトと離れてしまった寂しさからか、この天気の雰囲気からか少しだけネロは不穏な予感がしていた。




