第50話「タイヨウの昔話」
「ねえお母さん今日のご飯なに!?」
小さなタイヨウは箸を両手に持って大好きな母の手料理を待ちわびていた。
食卓を父と向い合せで囲み、母が手料理を作って持ってくる。
「「「いただきます」」」
三人揃ったところで丁寧に手を合わせて感謝をする。
「やっぱり母さんのご飯は美味しいな、タイヨウ!」
父は満面の笑みを浮かべながら手料理を食べていた。
タイヨウもそれに続くように料理を次から次に口に運ぶ。
「タイヨウ、ゆっくり食べなさいよ」
タイヨウは口に着いた食べ残りのカスを丁寧に母にふき取られている。
普通の温かな三人家族。
決して裕福ではないが、愛が溢れている家庭。
タイヨウは幼いながらもこの家の家心地の良さがかけがえのないものだった。
「タイヨウ今日は早く寝なさいよ、明日は早起きだから」
明日はタイヨウが待ちにまっていた家族でのお出かけ。
「うん、早く寝て明日いっぱい遊ぶ!」
タイヨウはニコニコと笑いながら明日のお出かけに思いを馳せていた。
食事も済ませ、タイヨウは一人だけ早くベッドに向かった。
* * *
「タイヨウすごく楽しみにしていたなあ」
残った料理をあてにしながら、グラスに注いだビールを片手にして晩酌を楽しむステップズ夫妻。
「いつもは寝たくないって言って泣くのにね」
タイヨウの母親ひと段落ついたのか、椅子に腰をかけ温かいお茶を飲む。
まだタイヨウは五歳。
つまり両親達も五年間しか親の経験がない。
子供の育て方など右も左もわからなかった。
でもタイヨウが元気に生きていることだけが何より嬉しい。
生きているだけで嬉しいのだ。
これが幸せってことなのかもしれない。
「幸せってなんでしょうね」
「え……」
声に聞き覚えはなかった。
振り向いた先にいたのは黒いローブを被った男性。
ローブのせいで顔は見えないが、男の顔などどうでもよかった。
いつの間にこの家の中に入ったのか。
音もたてずに佇む男は不気味でしかない。
「だ、誰なんだ!」
父が動揺しながらも席を立ちそのローブ姿の男を睨みつける。
母は手の震えを止めることはできなかった。
「幸せっていいよな。 どんな自然現象よりも美しい」
暗く不気味な言葉は何一つ理解できない。
そんな事よりもこの現実が恐怖でしかなかった。
「出て行け!」
父がその男の胸を押す。
でも男は動じず、淡々と自分の言葉を紡ぐ。
「だから、壊さないとダメだよな。 壊されて初めて幸せって言うのは完成する」
ローブの男は父の頭を掴んだ。
その瞬間、父は燃えた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
立ったままその場で悶える。
火はすぐに周りの家具に飛び火した。
母は絶望していた。
なぜこんなに幸せなのに不幸が起きてしまったのか。
何も悪いことはしていないのに。
あの男は誰なのか。
なぜこの家を選んだのか。
なぜ、自分の家族なのか。
逃げる場所も失い、ただただその場に座り込むしかできない。
「タイヨウ……」
母がそう呟いた瞬間、炎を纏った父に焼き尽くされてしまった。
* * *
「ふぇーん、ふぇーん!」
小さなタイヨウは燃え広がる家の中でただ一人、泣くことしかできていなかった。
木造の家はすぐに燃え広がり、木々が倒れ逃げ道もない。
呼吸も苦しく、空気も火傷した時のように痛い。
誰も助けてくれない。
なんでこんなにも痛い思いをしているのに誰も助けてくれないのか。
お父さんとお母さんはどこに行ってしまったのか。
英雄なんてこの世界にはいないのだ。
お母さんが絵本で呼んでくれた、どこにでも駆けつけてくれる英雄なんていなかった。
だって英雄だったら今助けに来て来るから。
どんな時でも駆けつけてくれるから。
なにが英雄だ。
なにがヒーローだ。
誰が、英雄だ。
タイヨウができることは、存在しない英雄を恨むことだけ。
ただそれだけだった。
「————ヴァイヨォ~」
タイヨウが顔を上げた先にいたのは炎を纏った何か。
ただの炎でないことはわかる。
ぼんやりと人型に見えたから。
しかしタイヨウは逃げることはできない。
もう体力の限界だった。
地面に倒れ込み、動くことさえも、逃げることさえも許されない。
それでも意識が遠のいていく。
(英雄なんていなかったじゃないか、母さん)
「ウヴォー!」
炎の何かがタイヨウを襲う。
しかし火がタイヨウに当たることはなかった。
一瞬で何かに炎が掻き消されたから。
「よかった。まだ生きている子がいた」
誰かの声がした。
でももうタイヨウは目を開けることはできない。
英雄が来てくれたかもしれないのに。




