第4話「必殺技」
俺のニコペコ戦法が失敗してしまったのは大誤算である。
この必殺技は向こうが正常な人間であることが条件とされていたことが、ことヤバい奴という一つの括りにおいて俺とこの男は同じ場所、同じ界隈、同じ種類として同居してしまっているからこの作戦は通用しないということか。
ここにきて俺の完璧な理論の元構築された必殺技は崩壊してしまった。
俺が今までの経験で培ったニコペコ戦法はことごとく弾かれ、嫌な汗がぶわっと噴き出してくるのがわかる。
「お、俺の必殺技が……」
これによって俺の心は茫然自失状態。
必殺技を喰らったイチルは怒りに満ち溢れ、表情を見ればそれもピークに達している。
「痛い目見ねえと、わからねえみてえだな!」
俺の必殺技に怒りを増幅させたのか、胸倉を勢いよく掴み怒号を飛ばす。
背が高い男に持ち上げられ、身体が少し浮く。
この状態から逃げようとするも、イチルの掴む力が強く引き離すこともできない。
さすがに怒らせすぎた。
喉元を締め付けられているせいか、呼吸が苦しい。
イチルが掴む手と反対の手を握りしめ、殴るための事前準備は完了。
だとすれば、もう一つの必殺技を使うしかないか。
殴ることの予備動作をした瞬間、俺はニヤリと笑ってみせる。
「残念だったな、俺にはまだとっておきがあるんだ」
はっとした表情を浮かべるイチル。
「出せるなら出してみろよ!」
殴りかけた拳は止まることはなく、俺の顔面目掛けて飛んでくる。
殴られる前に、大きく息を吸い目一杯空気を吐き出しながら声を震わせる。
できる限り大きく、大通りに向かって飛ばすように。
「誰かぁぁぁぁ! 助けてくださぁぁぁい!」
殴る動作に入っていたイチルも、驚きのあまりか俺の顔寸前のところで拳を止めた。
「え」
「えぇ~」
俺らに注目していた、ニチカとミチも驚きのあまりか言葉を失っている。
気持ちいい。
勝ったような優越感が俺の心を満たす。
ある状況下であれば俺の辞書からプライドという文字は消え去る。
元々人の目などあまり気にしてこなかった俺にとって大声で叫ぶことなどプライドという邪魔が入らずともできることではあるが。
その大声を聞きつけ、隣の大通りではざわざわと声が上がる。
それが伝染しみるみると喧騒は大きなものへと変わっていった。
「な、てめぇ!」
その騒ぎに一瞬躊躇するも、俺のほうに目をやり凄まじい剣幕で怒声を浴びせる。
「てめぇ、どこまで俺をおちょくれば気が済むんだ!」
胸倉を掴んでいる手にも力が入ってきており、俺の呼吸もそろそろ限界を迎えそうであった。
そんな状況でも笑う事はやめない。
負けず嫌いであることは生きる上で必要なことであると知っているから。
この異世界で非捕食者になれば、その時点でゲームオーバー。
自分がどれだけ弱いと自覚していても、頭で負け試合だと認めても、無理やりにでも自らを奮い立たせるしかない。
そうしなければ、死んでしまうから。
俺はどれだけプライドを捨てたことをやろうが、人から蔑まれようが、心では常に勝つ未来を描き続ける。
どんな方法を使ってでも、どんなやり方であっても、自分が勝ったと思えばそれでいい。
だからこそ、俺は笑い続ける。
どれだけ絶望的な状況であっても、辛すぎてむせ返るような出来事に出くわしても、それが死ぬかもしれない状況であっても。
しかし、少しばかりの時が経っても助けに入ってくる人がいない。
今の俺にとって少しばかりの時は、生死に関わる。
時間の経過とともに勝ちの喜びは薄れていき、今度は焦りという感情が内面に浮かび上がってきてしまう。
やっぱり、早く誰か助けてくれよう。
頭でわかっていてもできなかったりするのが、人間だったりもする。
「おい! なにをやってる!」
突如としてはっきりとした声が、路地から聞こえてきた。
現れたのは俺と同い年ぐらいに見える青年。
太陽の光を浴び、それがバックライトのようになり明々と輝いて見える。
逆光のせいで顔を見えないが、俺からすればヒーローが来たような感情。
まるで映画のワンシーンのように、アニメでヒーローが遅れてくるように。
この劇的な登場に感動すらも覚え、うっすらと涙が浮かび上がるのがわかる。
こちらに歩いてくる青年の顔が一歩ずつ近づくにつれ、徐々に顔も明らかになってきた。
眉間にしわを寄せた青年は、イチルよりも怒っているように見える。
「けっ。 正義のヒーロー登場ってわけか」
イチルはその声の向く方に振り返り、邪魔者に対し敵意を見せる。
「げほっ、げほっ」
掴まれていた手から解放され、反射的に嗚咽が漏れ出てきた。
危ねえ、負けたと思った~。