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この物語の最後に僕は死にます  作者: 松浦
第2章「魔族侵攻編」
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第44話「カナタの昔話(三)」

 少しの間を置き背中に激痛が走る。


 腹部から熱を感じたので確認してみた。


 そこから溢れ出ていたのは、真っ赤な鮮血。


「ぐふぉっ」


 吐き気のようなもの熱いものが喉を伝ってきて、それを流れのまま吐き出してしまう。


 反射的に手で受け止めてその手を双眸で捉える。


 その手に付着していたのはさっきと違った、黒ずんだ液体。


 え、死ぬ。

 無理だ。

 逃げないと。

 だって死ぬ。

 このままだと人生が終わる。

 まだ生きたい。

 楽しいことだってしたいのに。

 死にたくない。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 ないないないないないないないない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 自分で気付いた時には全力で魔獣から逃げていた。


「はぁはぁはぁ」


 苦しい。

 もう走りたくない。

 でも、死にたくない。


 涙と鼻水が底知れず溢れ出してくる。

 鏡を見たら、自分の顔はぐしゃぐしゃであろう。

 でも今はどうでもいい。

 生きなければ。

 俺はまだ死にたくない。

 まだたった五年しか生きていないのだから。

 楽しみなんてなかった五年間。


 あったかいご飯を食べるのが夢なんだ。

 お皿一杯のご飯を食べてお腹一杯になって、昼まで寝るのが夢なんだ。

 だからこんなところで死ねない。

 死にたくない。


 嫌だ、もう何もかもを全て投げ出したい。

 楽になりたいのに、死にたくはない。


 だって、でも、やっぱり、もう。


 ――――お兄ちゃん。


「ポチ……」


 なぜか彼女の声が聞こえたような気がした。


 ポチは、ポチはどうするんだ。


 でも俺が戻ったところで、どうしようもできない。


 どうせ奴隷だったんだ。

 少し生きれただけでもいいだろ。

 どれだけ俺が苦労して養ってやったと思ってるんだ。

 どれだけ俺が辛かったか知っているのか。

 関係ないだろ。

 あいつといたのなんてたかが一ヶ月しか一緒にいなかったじゃないか。


 たかが?

 あいつなんて家族でもなんでもない、赤の他人ではないか。

 他人?


 走馬灯のように俺の脳内に映像が流れてきた。


 恐ろしい魔獣から必死に逃げ、食べたくもない雑草を口にいれ、ゆっくりと寝られない日なんて毎日だった。

 常に恐怖と隣り合わせ。死と隣り合わせ。


 でも隣には彼女がいてくれた。


 そのおかげでどんなに辛くても、悲しくても、絶望しても、耐えられたのではないのか。


「くそっ!」


 自分の頬を叩いた。

 怒りを全てぶつけるように。

 さっきまでの自分を忘れるために。

 それでも足の震えは止まらない。

 心臓の鼓動は落ち着くことはない。


 それでも一歩、また一歩、さらに一歩。

 そして走った。


 涙を拭い、走り続けた。


 もう魔力なんてない。

 体力も底を尽きている。


 それでも、走る。


 走るしかない。


 俺の大切な、この世界で唯一の家族のために。


 必死に、懸命に走った。


 そして辿り着いた。


 恐怖に負け、逃げだした魔獣の元へ。


 ワームウッドはポチの足を持ち上げ、大きな口を開けて食べようとしていた。


 いくら謝っても許してもらえなくていい。

 どれだけ自分を捧げてもいい。

 生きてさえいればそれでいい。


 全身が痛い。

 息も苦しい。

 帰りたい。

 逃げたい。


 それでも。

 心だけは、魂だけは燃えていた。

 家族を失うわけにはいかない。


 俺が今ここに立っている理由はただ一つ。

 ポチを助けるためだろうが。


「おい、その汚ねえ手を放せよ」


「ヴォ?」


 俺の存在に気付いたワームウッドがポチを食べようとした手を止めた。


 そしてニヤリと笑いポチを投げ捨てる。


 ポチはずさりと音を立て、地面に放り出された。


 それを見たら、なぜか足の震えが止まった。

 恐怖心がなくなった。


「俺は逃げ出した。家族を見捨てた。目の前に辛いこと嫌なことから逃げ出してしまった。だから俺はヒーローにはなれない。それでも、この一瞬だけでいい、偽りの力でもいい。

 たった一人の家族を救うために、こいつを倒す力をくれ」


 誰に言ったんだろうか。


 神など信じたことはない。


 でも今は、今だけは、神に頼むしか方法はない。


 目を瞑り、アザゼルの言っていた言葉を思い出す。


 * * *


「魔力には能力っていう機能があるの」


「能力?」


「うん。 それも世の中では考えられないほどのパワー」


 魔力なんてないに等しい俺には関係のない話か。


「へ~、じゃあ早く俺に教えてくれ」


「無理」


「は?」


 即答すぎて言葉が出ない。


 やっぱり魔力がないと何もできないだろ。


「能力を得るには、強烈な体験が必要なの」


「現在進行で強烈な体験をしているんだが」


「ははは。まだまだ、こんなのじゃ能力は発現しないよ」


 アザゼルは高笑いしながら白い歯を見せる。


「じゃあ、どうすればいいんだよ。今死ぬほどきついぞ」


 これを言ったところで修業はどうせ優しくはならないが、それでも吐きごとのように呟いた。


「いつか君にも来るさ。能力は選べないけど、きっと君はいい能力に出会えるよ」


 言葉の意味がわからない。


 矛盾したような言い回し。


 でも、心の底で少しの期待をしていた。


 * * *


 アザゼルの言葉の意味がわかった気がする。


 強烈な体験ってこういうことを指すのかもしれない。


 ワームウッドがゆっくりと迫ってきている。


 でもなぜか恐ろしいほど落ち着いている。


 それに伴って魔力も沸き上がってきていた。

 どこから来たのか、どうやって魔力が増加したかはわからない。

 でも今は、今だけはこれに頼ることしかできないのだ。


「英雄みたいに奇跡的でもなんでない。泥だらけで腐りきった偽物の俺にしか似合わない能力ってところか」


 ニヤッと笑って見せる。


 こんな状況だからこそ笑ってやる。


 絶望なんてしない。


 偽物は偽物らしく、ずるく、狡猾に、笑って生きてやるさ。


 でも今だけは、この一瞬だけはヒーローになってもいいよな。


「偽りの英雄か……」


 ワームウッドの大きな腕が俺の頭をめがけて放られる。


 その攻撃を避けるように地面を蹴って、ワームウッドの遥か上空に飛ぶ。


「さあ、殺し合いをしようぜ」


 自由落下しながら、ワームウッドの脳天に拳を振り抜いた。

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