第42話「カナタの昔話」
ニードルデビルは尻尾からの攻撃が特徴的である。
尻尾には人間を動けなくさせるほどの猛毒を持っており、触れただけでもアウト。
ちなみに俺は十回動けなくなったことがあるし、一週間手先の感覚がなかったこともあった。
死ぬわけではない毒ではあるが、俺が住んでいたのは〈危険領域〉。
体になんらかの病気を持っているだけで死が近づくのだ。
そう考えるとあいつには世話になったな。
俺は〈危険領域〉に五年間放置されていたが、一人というわけではなかった。
もう一人いたのだ。
それはアザゼルがどこからか連れてきた奴隷の子供。
* * *
〈危険領域〉にあるどこかの森。
地獄の修行を五年間した俺は、これから五年間ここら辺に放置されることを聞き俺は心底嫌気がさしていた。
「で、誰この子?」
「カナタが一人だと死んじゃうかなって思って」
アザゼルはニッコリした笑顔を浮かべて、連れてきた女の子を前に出す。
女の子の顔は絶望に満ち溢れているように、暗く深刻な顔をしていた。
手足も震えており、この場にいることもわかっていない様子だ。
「この子名前ないみたいだから適当につけてあげてね」
「適当にって、名前はその人を現すものだぞ」
「へえ、でもここはカナタが元いた世界じゃないからそれは関係ないね」
「そう言われればそうか」
顎に手を当て、この子の名前を考えてみる。
でもやっぱり俺は名前には魂が宿ると信じている。
だから大切にしなければならないし、慎重に決めなければならない。
「よし、決めた。 ポチ」
「えぇ~センスないなぁ」
何か弱そうだし、人間というよりもペットに近い。
ここら辺に住んで、アザゼルと一緒にいたら魔獣も人間も同じに見えてしまう。
だから元居た世界で親しみを込めてペットに使っていた名前を名付けた。
「まあ長い付き合いになるんだ、ゆっくり考えるよ」
「あれ案外素直じゃない。 今からここに五年放置されるんだよ?」
「俺が今泣いて駄々こねたところでお前がいなくなって終わりだろ。だったら現実を受け入れるしか俺にはできん」
「五歳児とは思えない発言だねえ」
「まあ、天才五歳児ってことだな。 クレヨンカナタちゃんとでも呼んでくれ」
「はいはい。じゃあ私はほんとにいなくなるからね、また五年経ったら会いに行くよ」
「お前が言うと本気に聞こえるんだが」
「本気だよ」
ふざけることをせずにただただ真っすぐに俺を見つめてくる。
こいつはふざけているのか本気なのかがわからない。
表情や行動からも何一つヒントを出さないのが、このアザゼルというやつだ。
「でも、俺にこの子が付き添ってくれるってことはめっちゃ強かったりする?」
「全然」
「え、じゃあなんでこの子連れて行くの?」
「うーん、カナタが寂しがり屋だから?」
わからん、本当に。
真意は何一つとしてわからないが、だからといって反対したところでこいつはいなくなって終わり。
なんて理不尽なんだろうか。
「それじゃあね、カナタ。 あ、それと死ぬことだけはダメだから」
「俺は死なねえよ」
フフッと笑い一瞬にして消え去ったアザゼル。
最後の彼女の顔はいつも通りの悪魔的な笑みだった。
「で、ポチでよかったのか」
そこにポツリと残った女の子がコクっと頷いた。
とはいってもここからどうするかが問題だ。
アザゼルとここら辺で修行をしたことはあったが、あいつがいたから旅できていた。
「まずは飯か……」
改めてポチを見たらガリガリの女の子だった。
このぐらいの年の女の子にしては不健康な痩せ方をしている。
確かアザゼルはこの子を奴隷商から買ってきたんだっけか。
奴隷なんて聞き馴染みもないし、聞き慣れたくもない。
しかしこの世界にはそういう人物や仕事の形態が存在するのもまた事実。
「ポチ、魔力は使えるのか?」
ふるふると首を横に振る。
うーん、喋ってくれないとコミュニケーションもなかなか取れない。
いくら顔の表情に情報があると言っても、喋ってくれないとわからないことだってある。
彼女の生い立ちなんて知らないし、どういった経緯で奴隷になってアザゼルが買ってきたのかも知らない。
ただこれから五年間も苦楽を共にすることになるのだ。
「まあ少しずつでいいよ、急に仲良くなれっていっても無理な話だ。 でもとりあえず、魔力の使い方はわかってもらわないと困る。 それだけは自分の命のためだと思って頑張ってくれ」
ポチは特に何も言う事はなく、俺の後をついてきた。
* * *
〈危険領域〉生活、一週間。
結果は最悪。
まず、飯が取れない。
水や雑草で何とか食いつないでいるが、それだけでは人間が満足しないことが痛いほど伝わった。
常に命の危険が隣り合わせの状況では、肉体的にも精神的にも参ってきてしまう。
休める場所さえあれば少しは心の落ち着きを取り戻すことができるが、この〈危険領域〉にそんな場所など存在しない。
地面を掘れば魔獣がいるし、洞穴を見つけても魔獣がいる。
命と隣り合わせという状況がここまできつく、辛いものだとは思わなかった。
アザゼルに魔力のことは教わったが、倒せる魔獣は限られてくる。
しかも、魔獣は不味い。
魔力を他のものに変換して、能力と呼ばれる特殊な技があるらしいがその事だけは詳しく教えてはくれなかった。
いや、今は過去を振り返る暇はないか。
「ポチ、魔力の扱い方は覚えて来たか?」
「……少し」
「そうか。申し訳ないができるだけ早く覚えてくれ、このままじゃ俺もお前も魔獣に食われるか、餓死して死ぬ」
「……うん、わかった」
さあとりあえず今日の飯だ。
* * *
〈危険領域〉生活、一ヶ月。
だんだんと日付の感覚もわからなくなってきた。
こういう時は木に刻んだり、地面に数字を書いていくがなんせ一つの場所にいることができないためそのような行為ができない。
そして日付なんて数える暇があるなら、飯の一つや二つを探す。
たった一年、たった一ヶ月、たった一日。
それが途方もなく感じてしまう。
暗い夜のほうが魔獣は活発であるため、ろくに休むことができずに体が悲鳴を上げている。
俺の体も限界に近いが、心配なのはポチの方だ。
顔色も悪く、呼吸も浅い。
こんな小さな子供にこの〈危険領域〉の生活は無茶にもほどがある。
さすがにアザゼルへの憤りが隠せないが、ここにいないあいつに怒りをぶつけたところで状況は好転しない。
「……大丈夫か、ポチ」
喋ることも極力したくなかった。
それだけエネルギーを外に出したくないという体からの救難信号なのだろうか。
しかし、ポチから返事が返ってくれることはなかった。
その場に倒れ込むポチ。
「おい、ポチ、どうした」
俺も疲労感が溜まっているせいか、普段なら飛びつくように駆けつけられるはずだが足取りがとんでもなく重たい。
ゆっくりとポチに近づき、その小さい体を抱きかかえる。
「熱か……」
逆にここまで体調不良になっていないだけ褒めたいところだ。
不味いことになってしまった。
一応薬草の知識はあるが、似たような草はいくらでもある。
万が一毒があっては取返しがつかない。
それに薬草を調合することなんて一回ぐらいしかやったことがない。
一刻も早く治療してあげたいが違った薬を飲ませて悪化してしまっても困る。
「こんなことならアザゼルの話をもっと真剣に聞いとけばよかったな……」
過去のことでいちいち悩みたくはないが、いざこういう状況に直面すると悔やんでも悔やみきれないものがある。
命の危険がなく平和だった修業期間。
でもその時に気づけなかった。
いや、気づいてはいたが本気にはなれなかった。
常に命の危険と隣り合わせ、動かなかったら死、この経験を現在しているからこそ修業期間が天国のようにも感じてしまう。
今のこの地獄が永遠に続いてしまうと思ってしまう。
隣にいるのは顔面蒼白で息も途切れ途切れ、心底辛そうにしている子供が一人。
つい一ヶ月前に出会った子でもあるが、この子の辛そうな顔を見れば逃げ出したくなる気持ちもグッとこらえられる。
「とりあえずは薬草からだな」
ここに置いていくわけにいかないので、おぶって一緒に行くことにする。
体が人間のものとは思えないほど熱い。
一刻も早く、薬草を取ってこなくては。




