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この物語の最後に僕は死にます  作者: 松浦
第1章「未開拓遺跡編」
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第2話「射的」

 街の賑やかさは絶頂を迎えている。

 今日はこの街の守護者である、大天使ミカエルの生誕記念祭らしい。


 元々この街は俺が知っているなかでは活気に溢れている方ではあったが、今日の祭りの雰囲気と人の流れはいつもの倍といっても過言ではない。


 とにかく腹が減ったため昼食を探すことにした。

 人混みをかき分けて進んでいく。

 大通りの両端には屋台がズラリと並び、様々な出店の香ばしい香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 その匂いが余計俺の空腹度を高め、ますます元気も奪われていた。


「う~ん、全然取れないなぁ」


 匂いに導かれるままに出店の前を食い入るように歩いていると、射的屋の目の前で白いローブを被った女性と思わしき人物がこれでもかというほど体を前に出し射的に取り組んでいた。


 俺が女性ととらえることができたのは、体を乗り出したときに机に豊満な二つのふっくらしたものが乗っていたから。


 そこに目を奪われてしまい、その射的を見守ってしまう。


「へっへっへ、お嬢ちゃん。もうちょっと頭を狙わないとそのぬいぐるみは落とせないよ」


「もう1回!」


 射的屋の店主が、ニッコリとした表情を浮かべて彼女の射的を見届けている。


 彼女も諦めることはなくしつこく射的に取り組んでいたが、一向に取れる気配がしない。


 ただし、彼女の腕前は傍から見ていてもとんでもなく下手というわけではなかった。

 彼女が放ったコルクは真っすぐ目当てのぬいぐるみの頭に綺麗に飛んでいたのだが、お目当てのぬいぐるみが落ちる気配が全くしていない。


 そしてぬいぐるみがピクリとも動く気配もなかった。

 

 さすがにおかしいな。

 あんなに真っすぐ頭に飛んでいるのに何も変化がないのがおかしい。

 何度も何度もチャレンジしているのにも関わらず。

 

「ねえ、店主さん。これぬいぐるみと棚くっつけたりしてないよね?」


「お嬢ちゃん、いくら取れないからって店のせいにしてもらっちゃ困るね」


 やれやれといった表情を浮かべて店の店主がローブの女性の隣に立ち、射的用の銃を構え机に身を乗り出しぬいぐるみに狙いを定める。


「よっと!」


 店主の銃から放たれたコルクが真っすぐにぬいぐるみの頭めがけて放たれた。


 するとぬいぐるみはゆっくりと後ろに倒れ床に転がっていく。


「ほら、これで証明されただろ?」


 得意気な顔をした店主がローブの女性に向かって、ぬいぐるみを見せる。


 ただ俺にはその笑顔がその意味で、その通りになっていないことはわかってしまう。


 俺は10歳になって旅立つ前に、自分を育ててくれた人物と目を交換した。

 交換した目で捉える色や形は通常の左目となんら変わらない。

 唯一違う点は、魔力の流れが見えること。

 その目は魔力の流れを視認できるものであった。

 だからこの店主の笑みが、嘘だということもわかってしまう。

 魔力を使った能力によってぬいぐるみを操作していることがわかってしまうのだ。


「さあお嬢さん、取れるまでもうすぐだよ」


 不敵な笑みを浮かべた店主は簡易的な丸い椅子にどっしりと腰をかけて彼女の動向を見守る。


 まあ、だからといって俺ができることはない。

 能力を使った証拠を立証するのは至難の業だ。

 それにその道のプロでもなければ、俺はただの一般人。

 どうすることもできないのが現実だ。


「う~ん、なんで取れないんだろう」


 その言葉を聞いた瞬間、すこしローブの中の姿が確認できた。

 一瞬ではあったが、この街ですれ違った人の中でも一際可愛いらしい見た目。

 すれ違えば2度見してしまうほどの美貌であり、一瞬にしてそれが確認できてしまうほど。


 ローブを取れば人だかりができてしまうのではないかと思うほどに。


 それだけ俺の脳裏にくっきりとはっきりと焼き付けられた。

 そして、目を奪われてしまった。


「ちょっといいっすか」


「え?」


 ローブの女性と目が合い、驚いた表情を浮かべている。


「あのぬいぐるみ、取ればいいっすか?」


「え、うん……」


「お、あんちゃんもやるかい! 一回200ペイだよ」


「に、200ペイ……」


 お金を出すことにかなりの抵抗があるが、啖呵を切った以上もう払わないわけにはいかない。


 なんでこんなことをしてしまったのか。

 自分の中でも結論まで至っていない。

 この女性が美人であったから声を掛けたのか。

 この店主の悪行に腹が立ったからなのか。


 きっかけは何であれ、声を掛けてしまったからにはもう引き下がることはできなかった。


「はい、まいどね」


 隣の女性は未だに困惑したような表情を浮かべている。

 それもそうだ。

 急に知らない男に声を掛けられ、取ってあげると言われたらどんな女性でも絶対に引く。

 男の俺でもそんなことをされれば、さすがに何かを疑ってしまう。


 こんな性格じゃあないんだけどな。

 しかし、あの一瞬見えた表情がローブの中にあった彼女の顔がこの行動に導いたことは間違いなかった。


 困難に立ち向かう真っすぐとした目に、心を、体を乗っ取られてしまったかのような不思議な感覚だ。


「さあしっかり狙いを定めなよ!」


「ふぅ――」


 店主の憎たらしい声が聞こえたが、悪徳野郎の言葉なんて聞く耳を持つ気にもならない。


 息を大きく吸い呼吸を止め、棚に並んでいる景品を視界に捉える。


 もうこの能力のからくりはわかったつもりだ。

 簡単な話である。

 視線をずらせばいい、それだけだ。


「あ、手がすべったぁ~」


 わざとらしく、銃を地面に落とす。


「おいおい、なにをやってるんだい兄ちゃん」


 落ちていった銃を拾うため、店主が丸椅子から立ち上がって銃を拾い、目を離したその時俺は机の上にあったもうひとつの銃でぬいぐるみを打ち抜く。


 コルクが真っすぐぬいぐるみの頭めがけて飛び、当たった瞬間にぬいぐるみが後ろに落ちていった。

 ただ俺も射的なんてものはやったことがない。

 すこしだけ魔力を使わしてもらった。

 お互い様だからいいだろう。


「ほれ、次はしっかりと持つんだよ」


「あ~、すいません。もうぬいぐるみ落としました」


「え?」


 店主が後ろの棚を振り向きぬいぐるみの場所を確かめる。


 ただし、そこにあったはずのぬいぐるみはもうそこにはない。


「ぬぬぬっ……」


 店主は歯を食いしばり、こちらに敵意のような表情を見せつけてくる。


「こんなの無効だよ! 君が使う銃はこっちのはずだ!」


 店主が早口になってこのゲームを消化試合にしようとしているが、俺にとってその反論は想定内の出来事であった。


「いや、俺が使う銃は元々こっちっすよ。で、落とした銃がこちらの女性が使っていた銃なんで俺が最初に間違えただけっすね」


 銃を店主に見せつけるようにして、飄々と言葉を続けた。


「証拠は!? 証拠を出せ!」


 さっきまでの柔和な店主とは全く違うと言っていいほど、今のこいつは怒りに身を任せながら凄まじい剣幕で俺を問い詰めてくる。


「証拠はないですけど、証人ならいますよ。そうですよね?」


 俺の証人になってくれる人は近くにいるのだ。

 振り向いた先にいた隣の女性がコクっと頷く。 

 正面で見た彼女は、先ほどちらっと見えた顔よりも数倍可愛らしかった。


 もしかして、これが、恋?

 これが恋に落ちるってやつ?

 いや、冗談でもそんな事を思うのはやめよう。


「くそっ……」


 店主が悔しさを滲ませながら、ドタドタと音を立ててぬいぐるみを乱暴に取る。


「ほれ! とっとと去りな!」


 店主はぬいぐるみを雑に手渡し、手で俺らを追い払ってきた。

 

 客に向かってする態度じゃねえだろ。


 怒りの感情が表に出そうになるが、それを押さえつける。

 一般人に対し魔力を使って不正な商売をすることは癪に障る。

 だからといって俺はそれを咎める資格などは持っていない。

 そしてその道のプロでもない。

 でも、見てしまった以上見過ごすわけにもいかなかった。


 本当の理由はこちらの女性にかっこいいところ見せたかっただけだけど。

 このご尊顔に免じて今日のところは許してやるが、誰かに後でチクってやるからな。


「はい」


 受け取ったぬいぐるみをローブの女性に手渡す。

 ほんとはこの流れで仲良く出来ればいいのだが、結局一言しか発することができなかった。

 

 なんて俺はダサいのだろう。


「あ、ありがとう!」


 少し目に涙を浮かべ、満面の笑みでぬいぐるみを受け取る。


 眉目秀麗、容姿端麗。

 綺麗という言葉ではもったいないほど、この女性の素顔は美しい。


 ちょっと、実は俺めちゃくちゃ格好いいことしちゃったんじゃない?

 異世界で初めてヒーローになってしまったんじゃない!?


「はい、どうぞ」


「ありがとう! お姉ちゃん!」


「え?」


 するとローブ姿の女性は、俺とそっくりそのまま同じ言葉で近くにいた幼い女の子供に渡していた。


 あ、その子が欲しかったのね。


 格好つけた手前、少し恥ずかしい気持ちが込み上げてきたがそのぬいぐるみを子供はぎゅっとぬいぐるみを抱きかかえ嬉しそうにしている。


 ローブの女性は屈みながら女の子の頭を撫でていた。


 ま、いっか。


 少女の姿を見たら、小さいプライドなど消え去ってしまった。


 こんなに嬉しそうな子供の顔を見て自分をヒーローだと誇示するほど汚い人間ではない。


 これを見ただけで自分の行動が報われたようなものだ。

 

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