第27話「偽りの英雄」
「お前は……」
イチルが振り向いた先には見覚えのある人物がいた。
「財布を盗んだ罪は許さねえが、挽回のチャンスを与えてやる。今この場で倒れているやつらを全員連れて逃げろ」
「は?」
「聞こえなかったか。お前が唯一持っているその得意な逃げ足を使って逃げろって言ったんだ」
イチルのほうを見ることはなく、その人物、カナタはただ一点魔獣を見つめていた。
「なぜここに来た。お前が勝てる相手じゃねえ、お前がさっさと逃げろ」
「おい、バカチンピラ。もう一回だけ言うぞ、さっさとこいつら連れて逃げろ」
「誰がバカだ! それに俺はもう逃げねえって決めたんだよ!」
二人の口論は止まることを知らず、あちらが言えばこちらが反論する。
「ファ~ア~」
魔獣が欠伸をし、二人のやり取りを見ていた。
しかし、そろそろ痺れを切らしたのか爪をぶつけあい、金属音が擦れ合うような音を鳴らしている。
その動作を見たイチルが息を飲む。
「————勝てるのか?」
イチルが真剣に質問を投げかける。
「知らん」
ただイチルが見つめた先にあるカナタの表情は焦りや不安は感じられない。
「そうか。財布は盗んでねえが、俺がまだ生きていているのはお前のおかげだ、仕方ねえからそいつらを連れて帰ってやる」
「お前、まだ認めねえのか!」
イチルは立ち上がり、倒れているものの救助に向かおうとする。
「……死ぬんじゃねえぞ。まだお前に負けたまんまだ」
「俺は死なねえ」
「そうか、それならいい」
イチルは少し笑みを浮かべた。
彼を認めた。
この状況において、怯むことも、逃げることもしない。
この時点において、イチルはカナタに勝てないことを悟った。
元から勝つことはできなかったのだ。
タイヨウにもカナタにも。
いつもなら、いつものイチルなら悔しさを前面に出していた。
しかし、その悔しさは心にそっとしまっておく。
そしてその悔しさを糧に成長するために。
いつか必ず勝つ、その時まで。
* * *
イチルがタイヨウ達を運ぶ間、魔獣の動向を見続けていた。
イチルは一目散にアーノルド、ネロ、タイヨウを回収し離脱を図る。
四人を抱えるのは相当な力がいるはずで、かつ魔獣と戦い魔力も残っていないはずなのにイチルは気合で逃げていった。
「馬鹿力だな、あいつ」
複雑な恨みが存在するが、この状況で逃げなかったイチルを少しだけ認めた。
その勇気ある行動のおかげでタイヨウとネロの命が助かったのだ。
だからといって財布の恨みは消えないが。
「で、どうする? できればお前の後ろに刺さってる『古代武具』だけ回収して帰りたいんだが?」
人語が理解できているかわからないが、魔獣に蠱惑的に質問を投げかける。
その魔獣は笑い続けることをやめない。
魔獣の外見をかくにんするも、どこにも傷などは見当たらない。
タイヨウとネロでも傷一つつけられていないか。
「あ、そうだ。戦う前に一つだけ、お前に言いたいことがあった」
魔獣はそれを開戦の合図と受け取ったようだ。
魔力を開放し、指先から足先まで魔力を満たす。
魔獣はそれを見ると、口を大きく開け叫び声をあげる。
ただ、その違いに焦ることはしない。
あくまで冷静に、魔獣を待つ。
「お前の顔、気色悪いわ」
魔獣が大きく鋭い爪を立て、俺に向けて叩きつけてきた。
重く、おぞましい魔力を持った爪。
そして後方へと大きな血しぶきを上げ、扉の近くへと飛ばされる。
ポリポリと顔を掻き、不思議がっている魔獣が一瞬だが確認できた。
魔獣の反応にも頷けてしまう。
それもそうだ。
あんな啖呵切って、呆気なく負けている。
「ほんとに最悪だ……」
ぼそりと独り言を呟き、ゆっくりと起き上がる。
俺は異世界転生者。
魔力など、ほんのわずかにしかない。
魔力を高める努力はしたが、魔力総量というのは生まれ持ったもので努力を重ねようが格段に魔力総量が増えるわけではない。
俺が血の滲むような努力をしても、死にそうな毎日を送っても、生まれ持った才能には敵わないのだ。
そんな中で俺はある能力に出会った。
最悪で、最低で、使い勝手が悪く、発動するためには自身が痛手を負わなければならない。
ピンチの時にしか発動されない、そんな不都合で不条理下でしか発動できないそんな能力。
「ほんとは、使いたくないんだけどな……」
魔獣が大きな爪を振り下ろしてくる。
爪が地面にあたり、土煙が起こる。
「おせーよ」
「ア?」
その瞬間拳を魔獣の大きな体にぶつけ、人間よりも二回り大きい巨体が吹き飛ぶ。
そんなデカい図体じゃ、俺の動きを捉え切れんだろうが。
「『偽りの英雄』」
能力は運命である。
運命がそうであると言うならば、従うまで。
そしてその運命が導いた能力は、ピンチの時のみ自身の魔力量を格段に増幅させる。
「ほんと、偽りの力だよ」
「ゴォォォォォォォォォォ」
言葉を発すると、それに呼応するように魔獣も魔力が高まっていく。
俺の魔力が明らかに違ったのか、魔獣は笑うことをやめ、臨戦態勢に入っている。
「三十秒だけ、お前に付き合ってやるよ」
少し笑いながら魔獣に語りかけてみる。
この魔力量を見て自身の死に直結すると悟ったのか、魔獣は背中から大きな翼を生やす。
巨体を宙に浮かし、またしても正面から突撃してくる。
しかし、躱すことはしない。
こんな脳なしの雑魚相手に、躱すなんてしなくてもいい。
鋭い爪が魔獣の腕の動きと連動して放たれる。
ただそのスピードは見慣れていた。
この程度の魔獣は幾度となく戦闘してきたから。
魔獣にはそれぞれに個性がある。
昔は初見の魔獣はじっくりと観察し、どんな特徴があるのか、どの程度魔力があるのかをこれでもかというほどチェックしていた。
でも今はそれをやりすぎて、感覚で魔獣がどのような特徴でどの程度の実力なのかわかってしまう。
なんか、もっとカッコいい特技が欲しかったな。
目の前にいる魔獣は巨大な体と大きな爪と鋭い動きが特徴。
それだけ。
じゃあ、大したことはない。
そして時が経つごとにチェックも簡素なものになっていく。
ほんとに特技か、これ。
「なめんな」
俺は魔獣の後方へと瞬間的に移動し、魔力を足先に集中して頭に重たい蹴りを入れる。
蹴りを入れたのと同時に魔獣の巨大な体が軽々と吹き飛んでいった。
魔獣はおそらく俺を捉え切れていなかっただろう。
視認外からの一撃を受け、顔色を変えたようにも見える。
余裕のあった表情は消え、代わりに鋭い歯をギリギリと噛みしめていた。
俺は笑った。
笑う理由は楽しんでいるからではない。
あくまでも敵を煽って、自分の心の余裕を保つため。
自分の方が優位だと、優勢だと自分の頭に心に錯覚させるために。
それを地獄にいたときに学んだ。
それが癖となり今では戦闘時に常に笑ってしまう。
さっきの攻撃にキレたのか、背中から黒の翼をもう二つ生やした。
それと同時に魔力が一段階上がり、地面と壁が揺れる。
つまり、本気を出してきたということ。
あの一撃の蹴りで自分が本気を出さなければならない相手だと思われたのか。
今度は一瞬で俺の目の前まで突撃してくる。
「よかったよ、お前がバカで」
突撃してくる魔獣に向かって、言葉を吐き捨てた。
「死にそうになったこともない、苦痛を味わったこともない。ただ何かを殺すためだけに生きている」
拳を振りかぶり、魔力を溜める。
「まあ、お前に特別恨みがあるわけじゃないし、もしかしたらお前だって殺したくて殺しをしているわけじゃねかもだけど」
魔獣は自身を魔力で覆い、捨て身で突撃してきている。
「俺も生きないといけねえんだわ」
「アァァァァァァ!」
拳と魔獣が激突する。
しかし、魔獣は一回りも二回りも小さい俺に吹き飛ばされていった。
強力な魔力がぶつかり合い、周辺の壁や地面もその衝突により原型をとどめることができていない。
魔獣の形は黒色の灰となり、宙に舞っていった。




