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この物語の最後に僕は死にます  作者: 松浦
第1章「未開拓遺跡編」
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第1話「お金がなければ異世界も楽しくはない」 

ホテルで執筆なう

「お金がない……」


 喧騒に包まれた街を歩きながら、大きく溜め息をついてしまう。

 視界はいつもより下がり気味で、さっきから石畳で舗装された道路しか見えていない。

 きっとそれは体が疲れにより自然と丸くなってしまっているからだろう。

 ただその姿勢を直そうとも思えない。

 それだけ心の気力と体の体力が少ない。


 街がこれだけ賑やかであるというのに、なぜ俺にその元気が分け当てられていないのだ。


 この騒がしさに疲れ、逃げるように狭い路地裏に入り腰を下ろす。

 路地裏には太陽の光は僅かにしか差し込まず、じりじりと照らされていた大通りに比べたら幾分か涼しい風が吹き込んでいた。

 それによって少し体も休まり、一息つく。

 額に滲んだ汗が頬を伝い、小さな粒が一滴地面に落ちた音がぽつりと聞こえる。


 その汗が通った道を、冷たい空気が通り抜けた。

 汗のせいか肌寒く感じるぐらいには、この路地裏は過ごしやすい。

 先ほどまでの街とは雰囲気も異なり、その静穏さが心地よくなってしまい柄にもなく過去を振り返ってしまう。


「異世界か……」


 ゆっくりと瞼を閉じこの冷たく、安寧な雰囲気を体全体で感じるようにした。


 異世界転生。


 この言葉にどれほど希望を持ち、どれだけ地の底まで落とされたことか。


 俺がこの異世界に転生したのは、とある人物による気まぐれ。


 異世界転生した時にはすでに前世の記憶はほとんどなく、微かに残っているのはぼんやりとした記憶のみであった。


 全く持って不憫である。


 普通こういうのって、前世の記憶めっちゃ覚えててその知識使って薬屋開いたり、元の世界の既存の物作って異世界ではめちゃくちゃ儲けてスローライフするもんじゃないの?


 こういうしょうもないことだけは思い出せるのが、より辛い。


 おそらく俺は元薬剤師でもなければ超有名大学を出ているわけではないと思う。

 いや、もしかしたら出ているかも知れないけど。


 しかし、そういう重要な事は何一つ思い出せない。

 例えるなら、赤ん坊の頃の記憶を鮮明に思い出せないのと一緒である。


 ただし、この異世界においての赤ん坊の頃から今に至るまでの記憶は鮮明に思い出せる。


 そして自分を赤ん坊の頃から10年間育ててくれたものから名付けられたこの世界の名前がカナタ・アゼレア。


 留意すべきは名付け親の極悪非道な性格。

 地獄のような過去を語ることで避けて通れない人物だ。

 悪魔的、絶望的、地獄的、この世のありとあらゆるネガティブな言葉でも言い表せない性格。

 思い出したら震えてしまうほどの強烈な過去であった。


 5歳になるまでにこの世界の魔力についての説明やこの世界に蔓延る魔獣の説明を延々と受けながら地獄のような魔力の修行。

 5歳になったら、凶暴な魔獣がうろつくような区域に放り込まれ、そこで5年間暮らすことを強いる。

 助けが欲しいとき、死にそうになるとき、いくら叫んでも奴は来なかった。

 泣こうが喚こうが、おしっこを漏らそうが、奴は来なかったのだ。


 修業期間が天国に感じてしまうほど、危険区域での生活は地獄よりももっと深い深淵に放り込まれたような気分であった。


 今思えばだが、そのような日々を過ごしたおかげで今なんとか生きられているのかもしれない。


 だからこそ、その人物に対し心の底から煮えたぎるような怒りの感情を抱くことができないでいた。


 それを愛情と捉えることができれば、これほどない感謝だ。

 だが、本心を偽ることはできない。

 感謝1割、憎しみ9割。

 やっぱり憎しみ9.8割。


 そうは言っても、感謝をしてしまうのも事実であった。

 その理由はこの異世界で生き抜くための術を学ばせてもらったからか。

 この異世界で親の代わりだったからか。

 親に抱くような感情が心にあるのもまた事実であった。


 そして10歳になった時、そいつは突然と俺の元からいなくなった。


 ――もう君はこの世界で生きていけるから大丈夫。


 その言葉を最後に聞いてから6年もの月日が経ってしまった。


 色々な街を旅しながらその人物を探し続けた。

 異世界転生という響きに心を躍らせていたため、旅をすることに不安を感じるよりも楽しみのほうが勝っていた。

 そして何も知らない俺が外の世界に出てみれば、憧れていた異世界転生とは全くと言っていいほど違ったのだ。


 転生してチート能力が宿ったわけでもなければ、防御力に極振りすることもできなければ、スライムになることすらも叶わなかった俺だが、地獄にいた分かなりの期待感を外の世界に抱いてしまった。


 それが大きな誤算。


 魔力が少しある程度では異世界ではどうしようもできないのが現実なのだ。


 勇者になることも、ヒーローになることも叶わない。


 それもそうだ。運動能力だけで見たら平均以下、唯一あったのは中途半端な学力のみ。

 それだけではこの異世界では何もできない。

 英雄にはなれないのだ。


「だからと言って、こんなところで休んでいる暇はねえか」


 重たい瞼をゆっくりと開けて、空を見上げる。

 空に広がる真っ白な積雲がゆらゆらと風に吹かれていく様を眺める。

 自由に見えるが風が吹く方向にしか進むことはできない。

 今の自分の状況と重なるところがあるのかもしれない。

 自由な身であるのに、お金という制約により贅沢な暮らしはできない。

 できることは限られてしまうのだ。


 財布を見つめて現実に戻ってみても、その自由さえも奪われているかの如く厳しい現実が待っている。


「この路地裏の涼しさと、俺の財布の気温は一緒ぐらいだな……」


 自分の言葉を、自分の耳で聞いて情けなってしまった。

 日陰による心の安らぎは一瞬にして消えさり、代わりに現実に対する焦燥感が沸き上がる。


「それもそうだよな。住所不定、学歴なし、魔力も少ない、技能もない、特技もない、去年成人したとはいえまだ16歳。こんな俺にお金はないか……」


 またしても大きくため息をついてしまう。

 再度財布を隅から隅まで見つめても少ないお金しか見つからず、俺はひどく落胆していた。


「とりあえず、今日の昼飯代ぐらいはなんとかなるか」


 ぶつくさと呟き、重たい腰を上げゆっくりと立ちあがる。


 ふぅーと息を大きく吐き、決意を固め街へと歩を進めた。


 街の大通りへと向かい昼食を取るために。

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