第12話「良い人」
帰ろうとしたその時、受付嬢の彼女に大きな声で呼び止める。
「はい?」
俺はその言葉がする方向にゆっくりと振り向いた。
「お金に困っているようでしたら、簡単なもので報酬をすぐお渡しできるクエストもございます!」
受付嬢は俺の様子がおかしいことに気づいてくれたのか、必死に引き留めようしてくれる。
「ほんと?」
「ええ! この私、ロゼッタが保証致しましょう!」
胸を張っている彼女の鼻が伸びているようにも見えた。
そして力強く俺の返事に答える。
目に少し涙が溜まり、受付嬢ロゼッタさんの元へ歩み寄る。
そして彼女の手を力強く握り、羨望の眼差しでロゼッタを見つめる。
「あんたって人は!」
「は、はい?」
俺の態度にかなり引いた様子で、身を若干遠ざけている。
せめてもの俺の感謝の気持ちを伝えたかったため、しかし手を握る強さをより一層強くしてしまっていた。
「えっと、とりあえず手を放していただけますか?」
ハッとして掴んでいた手を放す。
お金がない俺からしてみれば、この誘いは喉から火が出るほど嬉しいものであった。
ロゼッタさんという受付嬢の鶴の一声が神様からのお告げに聞こえてしまう。
「では、冒険者様のクラスをお伺いしても?」
「ランク?」
「はい、冒険者クラスですね。冒険者カードに記載されている」
「冒険者カード?」
きょとんとした顔で俺を見つめてくる。
この人は何を言っているのだろうか。
そんな顔で見つめられても言っている言葉の意味がわからない。
少しの静寂が流れ、ロゼッタさんが口を開いた。
「もしかして、クエストを受注されるのは初めてでしょうか?」
「はい」
「なるほど、ご新規様でしたか! これは失礼致しました!」
その言葉を聞き、慌てた様子で書類を揃える。
ロゼッタさんが曇った表情から一転して、いつも通りのスマイルを装着し説明を始めた。
「では、まずこちらで冒険者登録をしていきましょう」
そして書類を揃えて、俺に必要事項に記入するように促す。
「冒険者登録していないってことは、今は別のお仕事をされているのですか?」
「いや、何もしてないっす」
俺は顔を見上げることもなく、書類に目を通している。
「ということは、学生かなんか?」
自然とロゼッタさんの口調も柔らかくなり、俺の素性を聞こうとしてきた。
「いや、学校には行ってないっす」
記入した書類手渡しながら、返事をする。
「まあ、人それぞれの人生だからね。親御さんからは何も言われないの?」
「いや、親はいないっす」
「え……」
その言葉を聞き、言葉を失ったのかロゼッタさんから声が聞こえてこない。
「大丈夫なの?」
短い言葉で端的にロゼッタさんから心配される。
その言葉の重みを軽んじることはなくしっかりと受け止めていた。
その言葉は聞き慣れた言葉である。
心配の声が真実であろうが、嘘であろうがどっちでも構わない。
心配してくれたという事実だけで有難いというものだ。
「心配には及びませんよ」
そんな不安を持っていても、爽やかなスマイルを作って見せてかっこつけてみる。
「でも、お金はないでしょ?」
「そこなんだよなぁ」
痛いところを突かれ、頭を抱えてしまう。
「今はどうやって生活しているの?」
ロゼッタさんは未だ心配している表情を浮かべている。
「う~ん、遺跡探索して適当に鉱石とか持って帰ってって感じで」
「え、でも冒険者登録してないのならどこでそれを売っているの?」
「ん? いや普通に防具屋とか宝石商とかっすけど」
ロゼッタさんの言葉に疑問を感じながら、これまでの稼ぎ方を伝える。
というか、それしか知らない。
「なんて可哀そうなの……」
「え、なんか俺おかしなことしてました?」
「おかしなことだよ! まず、集会所を通した遺跡探索だったら魔獣討伐のインセンティブも入っていたりするの。その他にも、クエストによっては緊急性が高いものが存在していて、そのクエストは報酬が高かったりするんだよ!」
ドンっと机を叩き、強烈な言葉で怒られる。
「そ、そんなぁ」
「宝石商とかが本当に欲しいものは集会所に依頼したり、直接ギルドに依頼したりするの。直接持って売ろうとすると、欲しいものでなかったり、もうクエストとして発注しているものはそこまで必要ではないから、そうすると直接持ってきたものは大体言い値で安く買い取られてしまうのよ」
その話を聞きながらどんどん体が小さくなっていき、ついには膝から崩れ落ちてしまった。
「俺は今まで何をしていたんだ……」
「一般常識としてあるから、特に是正されることもないけど、その一般常識を教わらない人がいるもんね……」
勢いに任せて言葉を発していたロゼッタさんも、可愛そうに思えたのか言葉の力もだんだんと弱くなっていく。
机に手をかけなんとか体を上げ、カウンターに突っ伏す。
「でも、もう大丈夫! 明日からは冒険者として活動できるから」
うつ伏せの俺の顔をそっと持ち上げ、しっかりと目線を合わせる。
「これも何かの縁だし、何か困ったことがあったらいつでも来てね」
ニッコリと微笑えむロゼッタさんをちらっと確認し、体を起こす。
ロゼッタも同時に俺の顔をそっと手放し、カナタが元通りになったことを確認すれば自然と顔に微笑が浮かぶ。
「じゃあ、今あるクエストって見れたりします?」
「ええ、そこの掲示板に張ってあるものは誰でも受けることができる比較的簡単なクエストよ」
ロゼッタさんが指をさした方向には、大きい掲示板があった。
そこには頑丈な鉄の鎧を身に着けている者や、大きな剣を担いでる者、多種多様な冒険者がちらほらとその掲示板を見つめていた。
「あれって、予約とかできないっすか」
「う~ん、ほんとはダメだけど、今回だけね」
顎に手を当て少し考える素振りを見せるが、ウインクをして片手でオッケーサインを作るロゼッタさん。
その小悪魔的態度に思わず少し可愛いと思ってしまったが、ここで女性にかまけている暇はなかった。
今はお金稼ぎのほうが先決だ。
「あざっす」
「君は冒険者だからね、お客様にはよくしとかないと」
「俺もお得意様になれるように頑張ります」
「ええ、君の人生を少しでもいいようにしてあげられるように私も頑張るわ」
ロゼッタさんは微笑み、それを見たらこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ早速、鉱石採取のクエストってあります?」
「ええ、もちろん。いくつかあるけど、何にする?」
「全部」
「わかった、全部ね。じゃあ、この鉱石採取のクエスト全部取り置きしておくわね……
って、全部!?」
「おお~」
ロゼッタさんが凄まじいノリツッコミを披露してくれたので、パチパチと拍手をしてそれを称賛する。
「大体一つのクエスト、難易度どうこうは置いといて鉱石十個ぐらいっすよね? 掲示板見た感じ鉱石採取のクエストは五つぐらいだったんで、全部で問題ないっす」
「ほ、ほんとに?」
「はい」
「できなかったら、私の信頼度下がっちゃうよ?」
「じゃあなおさら問題ないっす。ロゼッタさんは良い人っすから」
俺は笑って見せた。
信頼できると思った人は、例え裏切られてもとことん信用すると決めているから。
それにロゼッタさんは裏切るようなことはしないと思っている。
この少ない時間会話しただけでもそれはわかった。
この世界には足元を見てくる悪い輩など枚挙に暇がない。
そういう人物に何回も騙されてきたからこそ、ロゼッタさんが信頼に値する人物かどうか見分けるのは容易なことであった。
「もう! これで失敗したら次からはちゃんと一つずつ受けさせるからね!」
頬をぷくっと膨らませ怒った態度を取るも、言葉から優しさがにじみ出ていた。
「ありがとうございます。じゃあ、また明日よろしくお願いします」
俺は軽く会釈をし、別れの挨拶をする。
「ええ。というか大丈夫? ほんとにお金ないんだったら個人的にお金を貸しても……」
「いや、大丈夫っす。行く当てはついてるんで」
反射的にその誘いを断る。
お金の切れ目は縁の切れ目。
これからも仲良くしていきたい人物だからこそお金の貸し借りはしたくなかったのだ。
「そう、ならいいけど……」
心配を拭いきれていないロゼッタさんだったが、本人がそういうなら仕方がないといった様子だ。
俺は再度軽く会釈をして集会所を後にした。




