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この物語の最後に僕は死にます  作者: 松浦
第1章「未開拓遺跡編」
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第10話「飯」

 ヤマトさんが持ってきたのは、俺自身も馴染みのあるオムライスであった。

 ふわふわの卵が丸みを帯びており、皿と卵の隙間から見えるケチャップライスが俺の唾液の分泌量を倍増させる。


 見たらわかる絶対美味いやつやん。


 きっとこの卵は十年に一度のものではない。

 だがしかし、ヤマトさんの料理スキルがこの卵を希少なものに昇華させているのだ。


「どうぞ、召し上がれ」


「な……」


 そして先ほどから鼻腔をくすぐられ続けた料理がケチャップの匂いを纏い目の前に現れる。

 腹の減り具合もピークに達しており、口の中のよだれがこぼれそうになってしまうほど。


「いただきます」


 しっかりと手を合わせ、この食に関わったすべての生物に感謝する。

 口の中に放り込み、ゆっくりと噛みしめる。

 味を口の中で余すところなく感じるように、目をつぶり、深く、玄奥で味を楽しむ。


「うまい」


 一粒の雫が頬を伝いぽつっと机に落ちる音が聞こえた。


「泣くほど!?」


 ヤマトさんの前で泣くことは気が引けるが、この生理現象は止めることはできなかった。

 ありのままのこの気持ちが、この料理の美味しさが俺の涙を誘ったのだ。


「こんなにあったかくて、美味しい飯は久しぶりに食ったんすよ、涙の一つや二つ出るのも頷ける」


「ふふっ。やっぱり君は面白い。こんな若い子がアスファルトの上で寝てるのなんてダメだよ。ちゃんとあったかいご飯を食べて、ふかふかのお布団で寝ないと」


 ご飯を食べる手を緩めることはなく、ヤマトさんの話に耳を傾ける。


 俺ををじっと見つめたその目はまるで親が子供を見る目のようだった。

 その目はどこか悪戯で、儚げだが、温かく優しい目をしている。


 それに少し恥ずかしさを覚え、料理に目をやり黙々と食べ続けることしかできない。


「ところでヤマトさん。どうして彼をここに?」


「まあ、この時間だとご飯屋さんはどこも閉まってるし。それにこの子、寝顔がかわいかったから、ついね」


「ついって……」


 舌をペロッと出し、ヴィオラさんに対して少し申し訳なさそうな顔をしている。


「それにしても、どうして君はあの時助けてくれたの?」


 改めて今日あったことを振り返る。

 射的でこの人を助けて、変な奴に絡まれて、野宿していたらここに来た。


 なにかこの街では不思議なものに引っ張られてしまっている気がする。

 その運っていうのが、変な方向に行かないことを祈るのみだ。


「いや、特に理由はないっすけど、まあ強いて挙げるならヤマトさんが可愛かったからっすかね」


 オムライスを黙々と口に運び続けながら、特に目を合わせることはなく言葉を述べる。


「あんまり、お姉さんをからかうものじゃないよ」


 その言葉を耳にしたことで、ヤマトさんのほうに目をやってみる。

 照れるわけでもなく、恥ずかしがることもなく、顔を真っ赤にすることもない。

 変化があるとすれば口角が少し上がったことぐらいか。

 しかし、俺のこの気持ちは本心だった。自分で言った手前こちらが照れるわけにもいかないし、向こうもそれに関しては気にも留めていない。

 このレベルの美貌を持っていたら、そんなことも言われ慣れているだろう。


「それと、助けるなんて大層なことしてないっすよ。 わんちゃん、良い感じの関係になればいいってことぐらいで」


「それでも助かったのは事実だよ、あの女の子も喜んでたもん。でも君、お礼言う前にどっか行っちゃったからさ、道端で拾えてよかったよ」


「ヒーローは見返りを求めて助けたりしないんすよ」


「そのヒーローが下心を抱きまくってるていうのもどうかってところだけど」


 会話をする彼女の姿はなんとも楽しそうであった。

 おしとやかな大人のような一面を見せることもあれば、子供のように無邪気に笑うときもある。


 それに俺はなぜか親しみを感じてしまった。

 過去に出会った人物に、育ててくれた人物に重ねてしまっていた。


 まああいつと比べたら、天使のような存在だが。


「それにしても財布失くして、普通外で寝るかね」


 今にも捧腹絶倒しそうな勢いでヤマトさんが笑っている。


「まあ、野宿は慣れてるんで」


「あはは。若いのに図太いんだね」


 目から零れ落ちた涙を拭いながら、いまだに笑い続けている。


「そういえば君、お母さんとかは?」


 ヴィオラさんがふとしたように質問する。

 笑い続けていたヤマトさんもぴたりと笑うことをやめて、その答えを待ちわびているようだった。


「……いないっすね」


 少しの間を置き、口を開く。

 その言葉によって刹那の静寂が訪れたが、予想していなかったのかヴィオラさんが質問を連投してきた。


「お父さんは?」


「いないっすね」


「お金は?」


「ない」


「ちょっとヤマトさん! そんなおちょけてる場合じゃないでしょ!」


 にやにや笑うヤマトさんをヴィオラさんが一喝し、俺の返答に驚きを隠せないでいた。


「君いくつ!?」


「最近十六になりました」


「そんな……」


 ヴィオラさんが驚き、ヤマトさんはニヤニヤしているのをやめない。


 俺はというとオムライスを口いっぱいに溜め込み頬張り続ける。


「でも、君にも赤ん坊のころはあったはずでしょ!?」


 ヴィオラさんの語気はどんどん強まり、早急に俺の返事を待ちわびているかのようだった。


 その彼女を尻目に、オムライスをつまみ食いしようとする者がいる。

 俺は皿を動かし、肘を張り必死になんとか彼女からオムライスを守るように抵抗していた。

 ぷくーっと頬を膨らまし、子供みたいな表情をするも取り合っている暇はない。

 大事な大事な俺のご飯を取られるわけにはいかないのだ。


「ちょっと、聞いてるの!」


 机をドンッと叩き、一気に場の空気が静まる。

 その怒りに満ちた表情に、しょぼんとするヤマトさんだったが俺はこの隙を見逃さずに必死に横取りされまいとオムライスを口にかきこむ。


「あなたに言ってるの!」


 ヴィオラさんの顔が近づき、答えを求められていた。


「ごほっ」


 そのあまりの気迫と、必死にかけ込んだオムライスのせいで喉に食べ物を詰まらせる。


「あーあー」


 ヤマトさんが水を差しだすも、咳は止まることはなく胸を叩きながら頂いた水を飲み込む。

 何とか喉に詰まったオムライスを食道の奥に流し込むことができたが、まだ食道に物があるのか咳き込んでしまう。


「あ、ごめんなさい……」


 申し訳なさそうにするヴィオラさんが、少し冷静さを取り戻し席に座る。


「あ、そういえば。君なんていう名前なの?」


 ヤマトさんは思い出したように、俺の名前を問うてくる。


 一呼吸置き、食べ物の詰まりを完全になくしたことを体で確認したのちに言葉を述べる。


「カナタ。カナタ・アゼレアです」


「それもっと早く聞くことでしょ……」


 一番最初に聞くべきであろう質問に心底呆れていたヴィオラさんが大きなため息をつく。


「でも、両親もいないのによく生きてるね」


 不敵な笑みを崩すことはなく、見透かしたような瞳で俺を見つめてくる。


「まあ、育ての親みたいなやつはいましたよ。そいつに生き方は教わったんで、何とかこの場にいるって感じですね」


「なるほどね……」


 ヤマトさんも俺の表情を見て何かを察したのか、これ以上は聞くことはしなかった。


「でも、心配なことには変わりないわ」


 ただし、ヴィオラさんは心配してくれている。

 こんな何も関係ない俺を。

 何もない俺を。


「そうね、今日のところは泊まっていきなよ」


 ヤマトさんもその言葉に続き、体を休めていくことを促してくれている。


「いや、大丈夫っす。飯もご馳走になって、これ以上の厚意は受け取れないんで」


 ただその厚意も受け取ることはできない。

 これ以上迷惑をかけるということはしたくなかったから。


 席を立ち、この場を立ち去ろうとする。

 するとヤマトさんが俺の手を掴み、去ろうとする俺を引き留めた。


 その行動に少し驚くも、ゆっくりとその手をほどき岐路につく。


「ほんとに世話になりました。この恩は絶対に忘れないし、絶対返す、これだけは約束さしてください」


 顔だけ少し振り返り微笑を浮かべ、片手をあげ別れを告げる。


「またいつでも来ていいからね!」


 ヤマトさんは今まで一番大きな声を出し、俺の背中に向けて言葉を投げる。

 その言葉をしっかりと耳に入れ、扉を閉め暗闇に包まれた外に歩いていった。

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